初出勤です

 保護活動から数日後、お店のことをやっと覚えられたので初出勤することになった。


 "チリンチリン"



「おはようございます!いらっしゃいませ!何名様ですか?」


「お、おう?おはよう。ワシひとりじゃ」


「ありがとうございます。1名様ですね。当店のご利用は初めてですか?」


「いんや。何度も来ておるぞ」


「あ、ごめんなさい。私、はじめてなので」


「おう。そうかそうか。頑張ってな」


「ありがとうございます。ご案内しますね」


「あー大丈夫じゃよ。ワシはモーニングしかたのまんからの」


 この方は近くの加工場で木工関係のお仕事をしている常連のヤリさんという方で、夜勤の帰りにいつも寄ってくださっているみたい。


「そうか。若いのに大変だな。色々とあるだろうがいつでもみんなを頼るんじゃよ。どれワシがひとつこの店の顔なじみを教えてやろう」


 ヤリさんが教えてくれたのは、


 ティリさん。この方は初めてこの国に来たときに出会ったエルフさん。


 マリーさん。王妃のカイリ様と姉妹で世界中を飛び回っている方。


 ハルさん。ハーピーという手のかわりに翼が生えている方。


 他にも何人か常連さんを教えてくれた。


「噂をすれば。ほれ」


 ドアを開けて入ってきたのはドアの幅ギリギリいっぱいな体の持ち主。獣人族のライオンタイプの……たしか名前は今教えてもらった……そう。リコさん。


「さ、さ。案内案内」


 ヤリさんに背中を押されリコさんの目の前に飛び出してしまった。


 間近で見るととても大きい。壁のような体。大木のような手足。フサフサのたてがみ。そして私の指より太い牙。


 その瞬間大きな体が私を押し倒した。


 倒れる直前にハチさんが支えてくれた。


「ん?おおおお!?ごめんなさい!大丈夫ですか!?全く見えていませんでした」


「ハチさんありがとう。いえ私がぼーっと見てしまったのでぶつかってしまいました。ごめんなさい」


「ふたりともすまんの。ワシがいらんことをしてしまったようだ」


「いえいえ。大丈夫です。すみません。あ、えっと。いらっしゃいませ。リコさんですね。どうぞご案内します」


「あれ?はじめましてですよね?どうして私の名前を……」


「はい。ヤリさんが教えてくださいました」


「なるほど。そうでしたか。改めて『リカルド』と申します。気軽に『リコ』と呼んでください」


「あ、ありがとうございます。私は三谷ミホといいます。よろしくお願いします」


 リコさんは注文したモーニングをあっという間に食べきってお仕事へと向かっていった。


 この時間に来店する方はモーニングのために寄ることが多いみたい。


 ただそれほど連続してお客様が来るわけではないので無理なく接客ができるからちょうどいい。


 あちらの世界では人と話すことが好きじゃなかった。


 家庭環境が家庭環境だけに人に心を開くなんて思ってもみなかった。


 東京に出たのもおばさんたちから離れたかったという他に東京は他人に無関心な人が多いらしいという話をどこかで聞いたから。


 適当にお金を稼いで独りで好きなこと(といってもなにもなかったけど)やってのんびり暮らしたいと思ってた。


 いっそのことなにか起きてしまってラノベのような展開にでもなってしまえばいいのに。なんて思っていた。実際に起きるとは思わなかったけど。死んでいないし。たぶん。


 でも、実際にこの世界へ来てしまった私はナニかが今までと違う。


 紬さんのように面白いように良い方向へ事が進んでいる人にしてみると全然だけど私なりに今が楽しくなってきている。


 やはりラノベ効果なのかな。


 別に紬さんをねたむわけではない。助けてくれている恩もあるし住む所働く所他にも色々良くしてくれている。恩義の方が大きい。


 と、余計なことを考えてはいけない。


 仕事に集中しないと。


 "ゴッ"


 集中しないと。と思った瞬間つまづいてそのままの勢いでテーブルに!


 が、ハチさんが受け止めてくれていた。


「ボーットしてからウゴクとアブナイ」


 よく見ている。


「あ、ありがとうございます」


「ミホちゃん。まだ初日だから無理しないでね」


 紬さんはやはり良い人だ。ハチさんは……なんだかいい匂いしてとても温かく感じた。


「ミホ。ちょっとこっちへ来い」


 急に厨房のジェフさんに呼ばれた。もしかして怒られるのかも……。仕事中にボーっとしてテーブルにぶつかっていたかもしれないから仕方ないのかも……。恐る恐る厨房へと入る。


 入った瞬間。デザートを手渡された。


「少し疲れただろう。甘いものでも食べていけ」


 そういうとジェフさんはまた調理を再開する。


「ありがとうございます!」


 受け取ったもののお仕事中に食べていいのかな……。


 持ったままホールへと戻ると


「カウンター使っていいわよ」


 と紬さんに勧められた。


「あ、でもお仕事中ですし……」


「いいのいいの。さ、座って」


 そういうと飲み物を出してくれた。


「これ、コーヒーなんだけどとっても飲みやすいから飲んでみて。ダメなら変えるから」


「あ、ありがとうございます。コーヒー飲めるかな……」


「カフェインアレルギーとかじゃないわよね?」


「あ、はい。たぶんないと思います」


「よかった。熱いから気をつけてね」


 ゆっくりとコーヒーを口へと運ぶ。


 熱いけど飲める熱さ。少しだけ口に含むとコーヒーの苦さや酸味をほとんど感じない。コーヒー独特の風味はあるけどとてもスッキリしている。


「あれ!?苦くない。とても飲みやすいです!」


「そう。よかったわ。私も元々はコーヒーが苦手だったの。特に缶コーヒーが飲めなかったの。でもある時にハワイのコナコーヒーというのを飲んだの。それはもうスッキリで雑味がなくて。アメリカンコーヒーみたいな薄さだけど水っぽさがなくてちゃんとコーヒーの風味が残っててハマってしまってたの」


 紬さんもコーヒーを一口飲む。


「そうそう。コナコーヒーはね。とても高級なのよ。ハワイのハワイ島西部にあるコナ地区でしか栽培されていない希少なコーヒーなの。こっちの世界にはハワイがないから飲めないんだけどコーヒーの木に似た植物があってコーヒーとして飲まれていたの。コーヒーはこの世界にもあったから、ハワイに似た風土の産地を探して手に入れた豆でコーヒーを淹れているの。それでね」


「オイ。ツムギ。ミホがかたまってイルゾ」


「ツムギはコーヒーのはなしになると、とまらないカラナ」


「ミホちゃんごめんね。つい話しすぎちゃった」


「あ、いえ、大丈夫です。コーヒーお好きなんですね」


「ミホちゃんも好きになってくれると嬉しいけど無理はしないでね」


「今日のは美味しかったので少しずつ慣れますね」


「ごめんね。せっかくのスイーツだったのに。食べて食べて」


「はい。いただきます」


 ジェフさんが作ってくれたスイーツはパンケーキにフルーツが乗っていてはちみつとヨーグルト?がかかっている。


 一口食べる。うん。ヨーグルトだ。パンケーキもフワフワ。


 異世界でもごはんやスイーツが美味しくてよかった。


 それにしても紬さんのコーヒー愛は半端なかったなぁ。


 飲ませてもらったコーヒーは本当に美味しくて紬さんがいつも飲んでいる気持ちがよくわかった。


 ★登場人物

 *リコ:ライオン系の獣人。本名リカルド。


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