第35話 冬休みそして新しい年へ
学校から帰って来た。今日はクリスマス。学校の最寄り駅やこのマンションの最寄り駅の周りではクリスマスケーキを店頭で店員さんがサンタの恰好で売っていた。本当は、楽しく過ごせたはずなのに。
部屋に入ると何も手につかずにリビングのソファに横になった。まだ、お昼過ぎたばかりだ。
お腹は減っているけど食べる気力もない。そのまま眠ってしまった。
気が付くと窓の外は暗くなっている。時計を見るともう午後五時過ぎ。部屋で作る気にもならず、駅の中華屋で夕飯を摂る事にした。
制服から普段着に着替えて外に出ると結構寒い。厚手のパーカーのフードを頭にかぶりポケットに手を入れて、そのまま駅の近くまで行くとケーキ屋さんが大きな声でケーキを売っていた。今日売れ残るとどうしようも無いからな。
中華屋で中華丼と餃子を食べると店を出た。午後六時半だ。少し歩いているとポケットに入れてあるスマホが鳴った。誰だ?
スマホをポケットから取り出すと美月からだ。今更何だって言うんだ。俺はそのまま切ろうとしたけど、何の気は無しに、電話に出た。
「もしもし、美月」
「渡辺さん、どういうつもりで連絡して来たのか知らないけど、もう電話しないで。さよなら」
なんだよ、まったく。
部屋に戻るとまたスマホが鳴った。また美月かと思うと心菜だ。ふざけるな。電話をキャンセルすると美月と心菜の連絡先をブロックした。なんでこんな時にあの二人が掛けてくるんだ。
風呂に入る気も無いが、一応シャワーを浴びて石鹸だけは当てておいた。明日は稽古に行ってこの気分を晴らしたい。
私、渡辺美月。今日学校の帰り道、祐樹の後姿を見かけたけど、声を掛ける事が出来なかった。でもあの姿は気になってしまった。
家に帰って夕飯を食べた後、自分の部屋に戻ってから祐樹に連絡を取った。通じる、まだブロックされていない。
でも何回かのコールの後、出てくれたけど声を掛けただけで切られた。やっぱり駄目かなと思ってもブロックされていないならともう一度掛けたけど今度はブロックされていた。
また判断を誤った。せめて明日にすれば話せたかも知れない。あんな後姿が気になって急いで掛けてしまった。
でもこんな時、彼を裏切った私が掛けても嫌な気持ちになるだけだよね。これで祐樹とは連絡が取れなくなってしまった。
私、橋本心菜。祐樹にバレてしまった。好きだったのに。でも私が悪い。だからもう一度チャンスを貰えないかなと思って連絡したけど出なくてその後ブロックされた。
もう駄目なのかな。三学期入ったらもう一度謝ってみよう。祐樹は優しいから許してくれるかもしれない。
後、本当に耕三とは別れよう。少し位ならという気持ちが今回の事を招いた。だからそれを断ち切らないと、戻る気持ちも中途半端になる。
翌朝、
昨日は午後九時過ぎには寝た為、眠気だけはすっきりと飛んでいた。初めて迎えた一人暮らしの年末だ。
午前中は稽古に行って、午後は大掃除だ。二日あれば終わるだろう。そうしたら冬休みの宿題を終わらせる。三十一日に実家に帰るからそれまでは自由だ。
午前中に道場に行くと稽古の終わった後に師範から皆に正月元旦に稽古始め(初稽古)を行うと言われた。毎年行われている事だ。
来年はいい年にしたい。来年も参加するかと帰り際に事務のお姉さんに参加の意思を伝えて外に出ると
「「あっ!」」
「工藤君」
「門倉さん」
「朝から稽古偉いわね」
別に午前中の稽古ってだけだけど。
「偉くなんかないですよ。みんなやっている事です」
「ねえ、この後少し話さない?」
「すみません。俺この後、部屋の掃除をしないと行けないので」
「そうか、残念だな。じゃあまたね」
門倉さんは、それだけ言うと簡単に歩いて行った。決してしつこくなく、俺のプライベートゾーンには入ってこない。俺は選択を間違っただろうか?
今日は、十二月二十八日。今日から四日間、道場は休みになる。大掃除も終わった俺は冬休みの宿題を集中的にやって、十二月三十一日の午前中に何とか終わらすことが出来た。午前七時から午後十時まで、休憩を除くと全部宿題に当てたおかげだ。
次の日大晦日の午後、実家に帰る支度をして戸締りをチェックするとマンションを出た。実家のある駅まで四つ直ぐに着いた。
駅からの道をのんびり歩いていると見知った顔の人が歩いて来た。
「祐樹、お帰り」
「ただいま、兄さん。何処に行くの?」
「母さんに言われて買い物さ。一緒に来るか?」
「いや、止めておくよ」
「そうか」
それだけ言うと兄さんは駅の方へ歩いて行った。いつも優しく、何も気しなくて良い存在だ。
何を頼まれたんだろう?その事はそれっきりで実家に歩いた。車止めの門をくぐって玄関まで歩くと玄関の両脇に大きな門松が立っていた。いつもの事だ。俺は、玄関に入ると
「ただいま」
エプロン姿の母さんが玄関にやって来た。
「お帰り祐樹。待っていたわ。取敢えず荷物を自分の部屋に置いて手洗いうがいしなさい。おやつを用意しているわ」
「分かった」
母さんは俺がいつまで小さな子供だと思っているんだろうか。俺は二階の自分の部屋に入るとベッドに横になった。
はぁ、今年も終わるか。なんか色々有ったな。
家のしきたりだとか言われて一人暮らしさせられて
高校に入って直ぐに美月に振られて
二学期明けから付き合い始めた心菜に裏切られて
なんか、碌な事が無かった一年だな。来年はいい年にならないかな。はぁ。
大晦日の家族の夕飯は豪華だった。カップ麺と電子レンジでチンの生活している俺には全く違った世界に見えた。
父さんや、兄さんがお酒を飲んで楽しそうに話をしている。俺にも偶に話を振って来るが、適当に答えるだけだ。
俺はリビングで適当にテレビの年末番組を見ると風呂に入って自分の部屋に戻った。
翌朝、元旦は、朝六時に起きた。ちょっと早いけど午前八時から始まる稽古始めに行くからだ。
午前七時に家族で挨拶をした後、正月のお節を食べてから俺は道場に向かった。隣駅なのですぐだ。
道場に着くともう三十人以上の人が集まっている。皆顔が上気しているのは気の所為だろうか。
初稽古は、普段の様な稽古はしない。
最初、全員が正座して神棚に向ってお祈りをした後、師範代がお神酒を捧げる。そしてこの道場伝来の作法(空手の型)を踊って、この道場の発展と安寧を祈願するのだ。
その後、準師範同士での模擬組手(型の延長のようなもの、とてもゆっくり)を行った後、全員で基本型を行って終わり。
俺も準師範見習いとして模擬組手に参加した。これだけでも気が引き締まる。
その後、道場から未成年以下は簡単なお年玉ならぬ、お菓子を皆に配られて終わり、成人の人は多分お酒が入っているんだろう小さな箱を貰う。
こんな簡単な稽古始めだけど、それでも十分に気分が洗われる感じだ。
稽古始めが終わって外に出ると大分寒かったが、稽古のお陰で体が温まっている所為か、大分楽だった。
初稽古は元旦だけ。次の稽古は八日からだ。まあ、そうだよね。
実家に帰り、自分の部屋でのんびりしている。一階の和室へは父さんへ年始の挨拶に来る人がいるからあまり下には降りない。
初詣という手もあるが、どうせ混んでいるだろうと思って行かない事にしている。
二日目は父さんからお年玉をもらった。何と言っても俺は高校生だ。中身は諭吉さんが十枚。中学の時は五枚だから二倍に増えたことになる。これが多いのか少ないのかは、他の人と比較した事無いから分からないけど、中学の時の友達がめちゃくちゃ多いと言っていた。
朝食を食べ終わってリビングでゴロゴロしていると父さんが俺に話かけて来た。
「初詣に行かないのか?」
「うーん、どうせ混んでいるし」
「行ってきたらどうだ。心の悩みもすっきりするぞ」
どういう意味だ。まるで俺の去年の事が分かっているようだけど。そこに兄さんが
「俺と一緒に行くか?」
「いや、止めておくよ。兄さんはどうせ彼女と一緒でしょ」
「そうだが、構わないぞ」
「いやいや、それはないから」
父さんと兄さんと話をしている内に行っても良いかなという気分になった。
「じゃあ、一人で行って来るよ」
俺は外出の支度をして玄関を出た。家の前の通りを右に行く。少し行って坂道を下って地下に潜った隣駅の上を歩いて行くと大きな川の傍に小高い丘が在る。
そこがこの辺では有名な浅間神社だ。何年も前に日本でも有名な怪獣映画の司令部ロケ地にもなったとかいう事で、今でもカップルや観光客が多いらしい。
ここは階段が有って境内があるんだけど、階段の前から並んでいる。一人でスマホを弄りながら並んでいると視線を感じた。顔を上げると
「工藤君、明けましておめでとう」
「門倉さん?!」
そこには白いファーを首に巻き、ピンクを基調とした綺麗な着物を着た門倉さんが立っていた。
髪をまとめ簪をしてしっかりお化粧した彼女はとても綺麗に見える。一緒に居る女性が誰だか分からないけど。
「なに不思議そうな顔をしているの。ここの神社はこの辺の人は皆来るのよ。でも工藤君と会えるなんて今年はついているかな?」
「野乃花、この人は?」
「あっ、お姉さん。クラスメイトの工藤君」
「工藤…?」
「お姉さん、何か?」
「何でもないわ」
まさかね。
門倉さんは、姉という人とそのまま帰りそうになったので
「あっ、門倉さん、明けましておめでとうございます」
「うん、今年も宜しくね。工藤君」
「野乃花、あの工藤って子この辺に住んでいるの?」
「うん、隣町だよ」
「家に行った事ある?」
「ある訳無いでしょ。どうかしたの?」
「何でもないわ」
―――――
ふむ?
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