⑨
襲撃の音は、正太郎と幹人の居る書庫にも響いていた。
ずん!と重い地響きが床を揺らし、パラパラと頭上から星屑のような埃が零れ落ちる。
本棚こそ倒れないものの、中身の本がばらばら!と落下し、床に落ちたいくつかは、慌ててばさばさと宙に浮いて飛び回っている。
幹人は群がる本たちに「落ち着きなさい」と宥め賺し、背表紙を撫で回しては本棚に収めていく。
「今の音って……!?」
「只の地震ではありませんね。外で何かあったのでしょうか」
「外にはしゅうちゃんや真尾ちゃんが……!」
幹人が頷き、「扉を出してください!」と壁に呼びかけ、インテリアの壁画に手をかける。
すると、幹人が手をついた壁画の中から、突如、せりだすように扉が現れた。
金のドアノブをすかさず回すと、見慣れた廊下が現れる。
正太郎も後に続いて出ると、タイミングよく、「お父さん!」というかけ声が二つ、幹人の足元に飛び込んできた。しゅうと真尾だ。
「良かった、二人とも無事でしたか!」
「あのね、あのね、お空から真っ赤でおっきい変なのが落ちてきたの!」
「中庭がメチャクチャなのっ!」
また轟音が響き、家全体が揺れる。飛鳥の悲鳴が聞こえる。
階段の手すりから階下を覗き込むと、縁側のガラスが吹き飛び、破壊された家具の下で飛鳥が下敷きになっていた。
「飛鳥さん!」と声を張り上げると、横倒しになったソファの下で、飛鳥の上半身だけが見える。
生きてこそいるが、傷を負った彼女に、いつ新たな攻撃が襲ってくるか分からない。
二人が怯えて父親にしがみつくさまを横目に、正太郎は一階へ駆け下りようと階段へ向かう。
だがそれより早く、階段から浮上してきたシンと鉢合わせた。
「シン!外で何が起きてるの!?」
『吉備津山だ!今、天道が相手しているが、いつまでもつか分からん!』
「はあ?なんで天道までここに居るのさ!」
『暴走した
「うんッ!飛鳥おばさんを助けなきゃ!魂の証よ、心を燃やせッ!」
走って階段を降りる暇などない。
手すりから身を躍らせ、無我夢中で点火器をつける。
火柱が宙で輪を描き、正太郎が火の輪を通過すれば、その姿はいつもの武者姿に変貌していた。
だが今度は子供の姿ではない。なんとその背丈は、十代後半の青年に変貌している。
大人の正太郎はくるりと宙返りし、飛鳥のすぐ傍に降り立った。
「うわっ、視界が高くなったッ!?」
『おお、いつになく我が魂が正太郎に馴染む!
どうやら己の精神とおぬしの精神がこれまで以上に同調しておるようじゃ!』
「じゃあこれ、シンの背丈なんだ……じゃなくて!飛鳥おばさん、大丈夫!?」
急いで飛鳥に駆け寄る。
ガラスで額を切ったのか、激しく出血し、顔じゅうが血まみれだ。
目もまともに開けられないらしく、よたよたと手を伸ばす。
「今どかすね!」と声をかけ、正太郎はソファに手をかける。
小学生の腕力なら、イスですら一苦労だというのに、重たい革製の四人掛けソファを片手で持ち上げることが出来た。
気分はスーパーマンだが、感慨にふける暇などない。
退けたぽいっと脇にソファを置き、飛鳥を抱き起こす。
「正太郎、さん?正太郎さん、無事ですか……!?」
「僕は大丈夫!それよりおばさん、血が……!」
「私は、大丈夫。額の血は派手なだけ、致命傷じゃないです……。
それより、貴方が無事でよかった……」
「自分の心配をしてよ!幹人おじさんたちと一緒に逃げて!」
三度、重たい衝撃音。視線を向けて、正太郎は一瞬言葉をのんだ。
中庭の蔵に、見覚えのない黒のプリウスが激突し、蔵の壁に鮮烈な血の華が咲き荒れている。
数秒後、ティッシュのようにひしゃげた車両の残骸が、スーパーボールよろしく、軽々と吹き飛ぶ。
血染めの壁から、ずるりと何かが這い出てきた。……吉備津山ムツだ。
突き出た腕がミンチ肉と化し、砕けた白い骨と黒い筋繊維が絡み合ってグロテスクな様と化している。
相対する天道は、スーツを着た男二人と共に、中庭から退散しようとしている。
ひしゃげた頭蓋骨から、灰色の脳味噌をぼとり、と零しながらも、無理くり半ば潰れはみ出た目玉が、三人をとらえていた。
滴る大量の血が巨大な鉈めいた武器に変異し、天道たちを叩き潰そうと振り下ろされる!
「ッ危ない!!」
枠しかない窓から中庭に飛び出し、腰に差していた刀を振う。
天道も咄嗟に刀を鉈へと放り投げる。
二つの刀が鉈に直撃した直後、力強い火柱となって、一瞬で鉈を飲み込み燃やし尽くす。鮮やかな赤と青の花火が空を覆う。
鉈を燃やした刀は回転しながら、それぞれ主らの手に収まる。
砕けた体を引きずって、徐々に再生させつつ、ムツは二人に相対した。
初めて会った時の飄々とした笑みは変わらないが、纏う空気が一変している。
そして唐突に現れた正太郎を見て、「銃刀法違反が増えた」と呟く三好。
隣で神楽は家屋内に視線を向け、後輩を軽く小突いた。
「三好くん、中に一般人がいる!彼らを非難させないと」
「でもこの二人は……」
「今の状況、冷静に見れば俺たちが足手まといだ。
俺たちに出来ることをしよう。武器がない今は、な」
言うや神楽は家屋に飛び込み、負傷した飛鳥を担ぐ。
三好は手負いの天道を一瞥した後、「頼むから本当に危ない時は逃げてくれよ!」と叫んで、家屋へと身を翻した。
顔に滴る血を親指で拭い、ムツは己の顔に血化粧を塗りたくる。
只でさえ青白く凶悪な人相が、血によって艶やかに彩られ、ぎらつく目の輝きに気圧されそうになる。
「よぉボウズどもォ。挨拶代わりの一発を受けた感想は?」
「花火師みてぇな真似させやがって、しゃらくせえ。
だが、只の雑魚吸血鬼だと見誤ったのは認めてやる。
牛鬼の姿も本性じゃあるめえ。暴いてやるぜ、手前の正体!」
「ひひひ、威勢ええねえ。お前も旨そうや、後で手足もいでじっくり首から吸い尽くしたるからなあ、覚悟しぃやあ」
「抜かせ
「だから命令すんな!僕はお前の手下じゃないぞ!」
再びムツが巨大な鎌を一対、足元に拡げた血の海から出現させる。
振われた鎌が挟み撃ちにせんとし、二人は跳んで避ける。
待ってましたとばかりにムツは口を顎が外れるほど開け、喉奥から大量の毒虫が霧の如く二人に襲いかかる!
『もうその動きは読んだ!正太郎、刀を構えろ!』
「こ、こう!?」
『少し手を借りるぞ!』
シンの声が告げた途端、両手から自らの意思が失われる、奇妙な感覚に陥った。
手の筋肉や神経がまるで、己の中にいるシンのものと全て入れ替わってしまったようだ。
刀を構える手を変え、目に見えぬ何かをなぞるように、両手が不思議な刀の運びを紡ぐ。
『
刹那、刃が再び炎となって、桜の花片を思わせるかのように無数に散る。
そしてムツが吐き出した毒虫たちに炎の花弁がまとわりついた途端、全ての花片が炸裂し、無数の火の玉が咲き誇る!
その様は満開の桜にも負けぬ華やかさでありながら、じゅうじゅうと血と虫の肉が蒸発するような悪臭が辺りに散っていく。
鎌が燃えるとムツも絶叫し、彼の背中から黒煙がぶすぶすと立ち上る。
「ガキィ……!けったいな術使いおって!陽に焼けるようやわ……!」
「どんなもんだい!(……シン、今の技なに!?)」
『ぬしに見せるのは初めてだな、正太郎。
鍛えればぬしとて、これしきの技も使いこなせるようになるわい!』
今の一撃が癪と見えたか、完全にムツの意識は正太郎に向けられた。
血の海から無数の虫たちがズブズブ浮上すると、今度は
空を裂き肉薄する飛輪を、シンの意思が最小限の動きのみで全て叩き落としていく。
叩き落とされた円月輪はしつこく宙に再び浮かび、背後から狙う。
だがそれも、正太郎の腕がひとりでに、輝く太刀筋のみを残して、全て粉微塵に砕いていた。
「『どうした若造、その程度か?この間の己とは訳が違うぞ、本気で来い!』」
「ッククク……ええねえ、ええねえぇえ!血が滾るわ、ジブン!
この体になってから調子ええねん!
胸がかつてなくときめき、筋肉が高揚し足が踊る!生娘の恋心みたいになぁ!
ジブンの血ぃ飲んだら、どないなってまうんやろなあ!?
もっと、もっとジブンの太刀筋、喰わせぇ!」
◆
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