⑥
◆
『ひぃ、ふう、みい、よ、いつ、むう、なあ……。
……はあ、なぜ己がかくれんぼなぞの鬼に……』
「シンは幽霊じゃん。隠れられたら最後、絶対見つけられっこないって」
『霊差別じゃろ……』
「はいはい、ちゃんと隠れてね。僕の気配を追うとか……」
『心を読むのは禁止、じゃろ。分かっておるわい』
シンはぶつくさと一人ごちつつ、中庭のナナカマドの木に顔をうずめ、数を数える。
生真面目に鬼に徹するシンの背中を見て、苦笑ひとつ零し、正太郎も隠れる場所を探して駆ける。
ユビキタスは、外観にそぐわず、内装がそこそこ広い。
整然と管理された中庭の広さも相まって、身を隠す場所は沢山ある。
真尾としゅうは既に家の中。身を潜める場所を探していることだろう。
幹人は巨躯のせいで体がはみ出てしまい、すぐ見つかってしまうため不参加。
先程から姿を見かけないが、どこかの部屋で寛いでいるのだろう。
「(さ~て、どこに隠れようかな?)」
隠れるための時間は約一分。
この家に越してきてまだ二週間程度だが、実は全ての部屋を見ているわけではない。
別段、入ることを禁じられているわけではない。単純に広すぎるのだ。
ユビキタスの「おかしな」ところは、まさにその家屋の広さだ。
外見こそ少し大きめの一軒家程度に見えるが、夜にだけ時折見覚えのない扉が現れたり、やけに廊下が長く感じたり、見知ったはずの扉の模様が変化していたりする。
二階建てにも関わらず、三階に繋がる階段がさも当然のように廊下の突き当たりに鎮座していたこともあった。
そんな時に限って、大抵は公太郎や飛鳥が現れては、「こっちにおいで」とそれとなくリビングや自室、行きたい部屋に誘導してくれる。
そして次に見かけたときは、部屋の構造は元通りになっているのだ。
公太郎曰く、
「この家はちょっと気難しい家でね。余所者にはあまり優しくないんだ。
正太郎くんのことが嫌いってわけじゃないと思うから、安心していいよ」
とのことだったが。
「(よくよく考えたら、魔術師の家だもんなあ。
そりゃあこの家も不思議だらけなわけで……しゅうちゃんと真尾ちゃん、迷ったりしないかな)」
とはいえ、今鵺一家はこの家に来た時から、揃って勝手知ったるといった振る舞いだった。
それを考えると、家は少なくとも今鵺親子を嫌っていることはなさそうなので、心配は無用だろうか。
二階に上がり、さてどこに隠れようか、と見回してみる。
不意に物置部屋のひとつから、くすくす笑い声が聞こえた。……双子の笑い声だ。
この分だと二人はあまり、かくれんぼが得意なわけではないらしい。
別の部屋を探そうかな……。正太郎は改めてドアの一つに手をかける。
「ん?」
奇妙な感覚が掌に伝わった。
ドアノブを回しても、前後に揺らしてみても、鍵がかかっている感触はない。
隙間という隙間がセメントで溶接されたように、ドアがぴったりと閉まっているのである。
何故、と訝しんだ矢先、やにわに空気が重く、息苦しい感覚と耳鳴りに襲われる。
直後、掌がジュワッ、と鉄板を押し蹴られたような熱と痛みに襲われたではないか!
「うわちっ!?焦げ臭ッ!」
手をはらいのけると、掌が僅かに赤く腫れていた。
ドアノブが熱されたように……否、本当に熱されて、真っ赤に発光している。
まさか、と思いぱっと顔をあげると、「書斎」と書かれている。公太郎の部屋だ。
途端に、扉が己の意思で「絶対開けないぞ」と踏ん張るさまが想起された。
「ご、ごめん、悪かったよ。おじさんの部屋っての忘れてたんだ」
咄嗟に謝ってしまった。
ドアノブは放熱し白い煙を放ちながら、徐々に元のドアノブの色に戻る。
締めつけるような空気がふっと軽くなり、耳鳴りも止んだ。
今の現象は、この家が起こしたことなのだろうか?
「(家って怒ったり、守ったりするんだ……)
えっと。僕たち、かくれんぼしてて、……良い隠れ場所、ないかなって」
数瞬ほどの間があった。
通路の奥から、パタンパタンと音が響く。
先程までなかったはずの扉が、ひとつ増えており、風もないのに開閉している。
【こっちに来い】。そう誘うかのようだ。
「ありがとう」と声をかけ、開閉するドアへと向かい、そっと扉を開ける。
「わ、……ここって!?」
ドアを開けた途端、ふわふわと柔らかな草を踏みしめていた。
今はまだ昼のはずなのに、中はすっかり暗く、足元には草原のカーペットが広がっている。
不思議と土の匂いがしない。床から直接、隙間無く芝に似た不思議な草が生えているのだ。
代わりに大小様々の、カラフルなキノコたちが、ソファや椅子の代わりとばかりに点在して生えている。
ドーム状の天井には星空が浮かび、はるか頭上に小さな天窓が一つ。
窓の外には、丸く輝く、様々な色の月がいくつも輝く。
丸い壁じゅうを大量の本棚がぐるりと取り囲み、鬱蒼と異界じみた雰囲気を醸し出す。
明らかに家の大きさとは不釣り合いな空間だ。どこからともなく、涼やかな風が吹いた。
「すごいや!こんなキラキラした不思議な部屋があるなんて……!!」
きょろきょろと目移りしてしまう。
薄暗い部屋だが、大きなキノコの一つにふれると、ぼんやりと灯りをともした。
「わっ」と驚きの声が漏れたが、ぽんぽん、とキノコを立て続けに叩くと、灯りが消えたり、より強くなったりするので、楽しくなってしまう。
背後で音もなく扉が閉まると、扉は壁の星空と同化してしまい、出入り口はつるりと消えてしまった。
だが正太郎はそんなことを気にしている暇もない。
そんなことより、眼前いっぱに並ぶ本を眺めることに夢中になってしまった。
本はどれも分厚くて、古めかしく、金や銀の刺繍で題名が記されていた。
どの字もアルファベットや見知った字とは違う、記号や絵に近いもの。
以前、射羽に見せてもらった魔導書「グリモワール」に近い雰囲気を感じるものの、使われている文字は本ごとに全く異なるようだ。
「すごい、こんな沢山の本、まるで図書館みたい!
でもタイトル全部読めないや。何語だろう、これ……」
正太郎が不満げに、ぽつりとぼやいた途端。
本に練り込まれた刺繍糸がきらり、と月の光を吸い込んで色めく。
ふとまばたきして、もう一度本を見ると──字が読めるようになっているではないか!
「あれっ!?よ、読める……!?
「見習い必見、炎と水のキソマジュツ」、「猫でも魔術が使える十の法則」?
「令和版・原生魔生物の生態」に、「西の十使徒回顧録」……。
「ブラックホルダーズ─黒魔術に墜ちた堕術師たち─」……色々あるなあ」
どれもこれも、意味こそ分からないが、心惹かれるタイトルばかり。
何故読めるようになったかなど、未知の本を前にして興奮しきりの正太郎には関係なかった。
何ならかくれんぼのことすら、頭からすっぽぬけていた。
どれから手をつけようか……と手が本の背表紙を次々撫ぜる。そんな時だ。
「おや、正太郎くん」
「っうわああああっ!?」
背後から降り注いだ声に、正太郎は己でも驚く程の大声を張り上げて跳び上がった。
当の声の主はというと、張り上げた声に微動だせず、「そんなに声を張り上げなくても……」と穏やかな声で返す。
「み、幹人おじさん!?ご、ごめんなさい。他に人がいるとは思わなくて」
「お気になさらず。ここに誰かが入り込むなんて、珍しいこともあるものです。
【ユビキタス】は、知識人と魔術の才能がある者をこの部屋に引き込むのですよ。
どうやら、君を歓迎しているようですね」
「ここが……?」
ぐるり、と部屋を見上げる。
幹人の言葉を肯定するように、キノコたちがチカチカと交互に柔らかく明滅する。
はらはらと白い綿雪のような花びらに近い何かが、天井から降り注ぐ。
季節外れの雪景色みたいだ。「家」なりの歓迎のつもりなのだろうか。
あらためて、幹人は正太郎を見やった。
「かくれんぼの最中ではなかったのですか?」
「そのつもりだったんだけど、その……家が、ここに案内してくれて」
「左様ですか。せっかくです、少しお話しませんか?」
「お話……?」
「ええ。先日、君を襲った吸血鬼について……ですよ」
今鵺幹人は、相変わらず眉ひとつ動かさず、柔和だが平坦な感情をそのまま表情にはりつけている。
手に持っていた本を本棚の空いたスペースに押し込むと、新たな本に手をかける。
本の背表紙には日本語で、こう記されていた。
「鬼神温羅伝承」。
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