ファンまじ☆ 〜マリーと夢見る王子様〜

三屋城衣智子

第一話 突然の転移

 ワシ、悲しいんじゃ……


 夢の中、誰かがなげいている声が少女の耳に聞こえてきた。


(誰?)


「ワシワシ、ワシじゃ」


 ど定番のオレオレ詐欺さぎ芸と共にあらわれたのはハゲていて、白いあごひげが長く、鼻下の髭が左右にくるるんピンと伸びた、白い衣装のおじいさんだ。


「突然じゃけどお前さんには異世界へ行ってもらいたくてな、ええかのぅ?」


 その人物は突然、初対面しょたいめんの少女に頼み事をしてきた。


「は?」

「うんうん『はい』って言いたいんじゃのー、わかるわかる」


 ちょーわかる、と言いながらもそのおじいさんは上も下もない真っ白な夢の世界の中で、地面方向の白い面に手にしたステッキのようなものを使い、スラスラスラーっと、何事か記号や文字のような物をびっしりと描いている。

 少女には読めず、漫画とかファンタジーでいうところの魔法陣まほうじんのようだ。


「何してるの」

「ん? いやこういうのって雰囲気ふんいき大事じゃろ。下準備じゃよ、必要ないけど」


 言い終わりと同時に描き終わったらしく、外側の円の線は綺麗に閉じられた。それと同時に少女の体は宙を浮く。


「ちょ、やっ、おろして!!」


 白い世界なので、浮いたというのも絵面ではわからないだろうが、少女は目を白黒させつつも怒り心頭しんとうといった表情で、両手両足をバタバタさせながらその空間に浮いている。


 少女はそのまま宙を移動し魔法陣の中央に下ろされ、おじいさんが手持ちの棒で陣をついた。

 光る魔法陣、飲み込まれる少女。


 かくして彼女は強制的に送り込まれてしまったのだった。


 異世界、というものに。




 ※




 異なる世界。

 そこは単純に『少女がいたところでは無いところ』である。

 彼女、こと池田いけだ万里まりは日本に住む中学一年生。中学デビューとは思っていないが、お姉さんらしく髪をロングにして入学式を楽しんだのは、ほんの三日前のこと。

 学校のオリエンテーリングが今日で終わり、いよいよ本格的な中学校生活が明日から始まるはずで。勉強ついていけるかなとか、友達できるかなーとか、もしかしたら初めての恋しちゃうかも?! などとその生活にとても期待をしていて。けれど急転直下きゅうてんちょっか、彼女は今薄暗うすぐらく木の生い茂り少しじめっとした場所に、うずくまっている。


『ほんと、すまん。けどワシどうしても異世界に魔法少女を広めたくてのぅ』

「そんなことより家に帰してっ! 明日はめく学の発売日だったのに!!」


 そして明日は、彼女がとても楽しみにしていた漫画家行川ゆきかわ先生の三年ぶりの最新刊が出るのを買うはずでもあった。あんまりである。


(そもそもあんた誰)


 万里はこの状況を飲み込めないでいた。

 頭には謎の言葉が響きけれどその姿は見えず、寝ていたはずの体はひんやりとした外気をまとっている。


『ワシ? ワシ、神様。創造神そうぞうしんってやつかのぅ。よろ!』

「かるっ」

『突然じゃけど、ワシが気になっとる異世界が一つあってのぅ。改革するのに魔法少女の力を普及ふきゅうしたかったんじゃが、こっちの女子に理解してもらえんかってな。だからこう、ちょちょっとお前さん、よろ』

「『よろ』って気に入ってるでしょ……。気安く言えばホイホイ引き受けてもらえると思わないでよね! てかなんで私の頭の中に話しかけられるわけ? キモい」

『ひどい……ワシ、繊細せんさいなのに』

「繊細な人は自分で繊細って言わないのよクソジジイ」


「誰か、いるのか!」


 ぎゃひっ! という色気も何もない悲鳴は口の中に飲み込まれた。頭の中で応答していたはずだが、どうやら万里は自分の口にも出していたようだ。

 声のした方をこっそりのぞくと、彼女がよく公園で見かける東屋あずまやに似ている場所や、噴水、快晴の空のような水色の薔薇の植えられた花壇がある。その中に、見回りをしていたのか、まるで昔のお話に出てくるような腰に剣をたずさえた騎士がいるのが見えた。彼は不審者を見つけようと辺りをくまなく探し回っている。その眼光は鋭い。


 (どうしよう。どうするのが正解?)


 取るべき行動に迷っていると、後からトン、と人の手のようなものが万里の背中を押した。よろけた彼女は物の見事に茂みに突っ込み飛びころげ出てしまう。


『応援ぢゃ!』


(そんなのいらない!)


 心の叫びもむなしく、彼女は騎士のような人の目の前だ。


(どうしよう?!)


「いたな不届き者! ここを王城と知っての狼藉ろうぜきか!!」


 騎士は剣を腰のさやから抜くと構えながら、正面にいる万里の方へと近づいてくる。


(切られて死んでしまう!!)


 地面に這いつくばった形の彼女が、なんともしようがないと思って目をつぶった瞬間、どこからか別の声が響いた。


「待ちなさい!」


 その声にうっすらと目を開けると、万里の右斜め前に、いわゆる王子様のような格好をした男子がいた。左腕を剣の前に出している。どうやら騎士の動きを止めてくれたようだ。


「あ……」

「やっぱりいましたね。間に合ってよかった」

「マルク殿下! 危のうございます!!」

「いい。どうやら迷い込んだようだ、私が引き取る。ご苦労だった、かわらず見回りをしてくれ」

「はっ!」


 指示を出され、騎士は目上の命令だったからか素直に一礼するとその場を去っていく。万里がホッとしていると、マルク殿下とやらに声をかけられた。


「……君、変わった服を着ているね。それに泥だらけだ。こっちにおいで」

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