あなたはイカを信じますか?

和田正雪

奇妙な祭壇

 ゴールデンウィーク明け――私が所属するサークルの部室に何やら祭壇のようなものが鎮座していた。


「なに、これ? 気色わる」


 と独り言ちてみるものの、オカルト研究会なんて大学から認められていることがオカルト現象みたいなサークルの部室なのでそこまで驚くこともでもなかった。正体不明の動物の骨やミイラなんかも置いてある。

 ちなみに公認を受けられたのはサークルOBが直木賞の候補となったことが評価されたからだという。だが、在学生にはあまり知られていないし、作家志望者が何かの間違いで訪れてもすぐに本来いるべき文芸サークルやミステリー研究会、SF研究会へと去っていく。

 残るのは純粋な怪談作家やホラー小説家志望者、私のようなオカルト大好き人間やホラー映画マニアのような人種だ。

 私は部室の出窓を占拠する祭壇のようなものをまじまじと眺める。中心の大きな貝殻が手書きのお札や古銭、雑草などで不気味で武骨に飾りつけられており、手前に海老煎餅やスルメ、乾燥ホタテが供えられている。貝殻の左右には溶けた蝋燭の跡が残っていた。


 ――これちゃんと火消してから出ていったのかな。火事になってなくてよかったけど。


 誰がこんなものを作ったのかはわからない。

サークル員の全員、私を含めて誰がこんなものを作っていてもおかしくない。心当たりがありすぎて容疑者を絞り込むことなどできない。

全員が容疑者である。


 ――あれ? 私じゃないよね?


 一瞬、不安になったが勿論私ではない。寝ぼけて作ったとしても私ならもっとカッコいい祭壇を作る。


 そもそも何を祀っているのかもわからない。


 ――貝? わかんない。


 大学側も無念であろう。活動費と部室を提供して、こんなものを作られるとは。

 この祭壇を作った犯人はどうせ現場に戻ってくる。私は考えるのをやめた。

 非日常の事件というより、むしろ日常茶飯事だ。

私はすぐに思考を切り替えて、いつも陣取っている席に座ってスマホを取り出し、メンズアイドル育成アプリゲームを始める。

 私は実話怪談やホラー映画が好きでこのサークルにいるのだが、メンズ地下アイドル――通称メン地下――も好きなのだ。

 アイドル研究会も見学に行ったのだが、サークルのマジョリティがジャニーズや坂道といったメジャーアイドル好きばかりで私が異端ぶりを遺憾なく発揮してしまったため、いたたまれなくなって入会しなかった。

 私の一押しはイケメンが歌って踊って怪談をやるというニッチなアイドルユニット【百鬼夜行】だ。グループ全員イケメンといっても、そこらへんにいる大学生よりはちょっとカッコいいくらいの――言ってしまえばそこそこのレベルだ。

だが怪談には真剣に取り組んでおり、クオリティも高いのでしっかりオカルトとアイドルという二つの趣味を堪能できる。

 私は自分の推しの鵺君に似せて鵺と名付けたキャラクターに体力ゲージが回復する栄養ドリンクアイテムを投与し、人間の限界を超えたレッスンを強要しながら他のサークル員がやってくるのを待った。

 ゲーム内の鵺君は「まだまだいけるぜ!」と言っているので、さらに栄養ドリンクを飲ませる。


 ――リアルでこんだけやったら死んじゃうよ、鵺君。ま、歌とダンスはイマイチだからそのくらいレッスン頑張ってほしいけど。


     *


 私はゲーム内で一日にやっておくべきノルマを消化し終わり、部室がある学生会館ビル地下のコンビニにでも行こうかと思っているとようやくサークル員が現れた。


「おつかれー」

「おつかれー」


 やってきたのは金髪ショートに丸眼鏡の同期、まるちゃん――本名は土屋さくら――だ。

 ちなみに私が黒髪ボブなので、まるちゃんが金の方、私が黒い方と呼ばれることもある。

 私がいつも黒い服ばかり着ているので、派手な服を好む彼女と並ぶとカラーとモノクロのようだなといつも思う。


「なにこれ?」

「まるちゃんも知らんの?」

「知らない」

「趣味悪いよね」

「うん」


 まるちゃんは関与していないらしい。私たちはひとしきり祭壇のセンスについて悪しざまに言った後は、それぞれスマホに目を落とす。

三限終わりの午後三時はまだ人が来るには早い時間だが、数人は集まるだろう。

学生会館まで一番近い文学部キャンパスのまるちゃんが今到着したということは法学部や経済学部の連中もぼちぼちやって来そうな気もする。



「お疲れ」


 次に部室に入ってきたのは既に大学在籍が六年目に突入している苫野先輩だった。この人は授業などもうないのだから、単純に寂しくなったとかそんなところだろう。

 相変わらず服はダサいし、眼鏡の指紋が気になる。

 大学在学中に作家デビューしたいからという理由で既に書き上げた卒論を提出せずに大学に居座っている変な人だ。

 とはいえ、ろくに通わない大学の学費が支給されるのは今年が最後だと両親から宣告されたため、就職はともかく今年は卒業するつもりらしい。


「お疲れさまです」


 私とまるちゃんがパラパラと挨拶を返す。


「苫野さん、これ何かわかります?」


 とりあえず当たりが出るまで来た人全員に同じ質問を繰り返す所存である。


「あぁ、それね。イカ……のような何かを祀ってる」


 私とまるちゃんが顔を見合わせる。


「イカ?」


 私は改めて窓際の祭壇を観察する。大きな貝殻を取り囲むような飾りつけ、そして魚介類のお供え、蝋燭。


「スルメありますけど、共食いさせるんですか? え? なんかの呪い? 蟲毒みたいな儀式やってんですか?」

「共食い。ヤバいっすね。発案者、苫野さんなんすか?」まるちゃんが鼻で笑いながら言う。

「ってか、そもそもなんでイカ?」


 私たちは苫野先輩に喋らせる間もなく立て続けに質問を浴びせかける。

 彼は一旦私たちを無視して、椅子に座ると腕を組んで天井を見上げた。


「えーっと、発案者の一人は僕。イカっていうか……なんだろ。僕はタコかなとか思ったんだけど、とりあえずイカってことになった。置いてあるスルメとかはなんとなくのノリで置いてあるだけだから別に共食いとかそういう意図はないね」


 ――何言ってんのか全然わかんない。


 苫野先輩は私たちの質問に回答はしている。だが、なにもわからない。

 私とまるちゃんは二人揃って、苫野先輩に対して『お前、やべーな』っていう視線を送り、先輩もそれを感じたのか眉間に深い皺を寄せて何かを言おうと口を開いては閉じてを繰り返す。


 ――そんなんだからいつまでもデビューできないんだよ。


 と思うものの、流石にそれを言えるほどの度胸はないので、先輩の次の言葉を待つ。


「説明が難しいんだ」

「いや、簡単でしょ。誰がどういう経緯でどういう目的で作って、こういう形状にした意図を言ってくれるだけじゃないですか」


 まるちゃんが先輩を責め立てる。

 とりあえず、イカ的サムシングを祀るために作って、ノリでスルメを置いたということはわかった。

 ということは何もわかってないということだ。


 ――イカのようでタコでもいいと思った〝何か〟ってなんだ?


 先輩の話は要領をえない。


「経緯のところの説明が難しいというか長くなるんだよ。その経緯を踏まえた上でこの祭壇を見てもらうとなんとなく意図も伝わると思うんだけど……」

「いいですよ。その経緯聞きますよ」


 今日はもう講義もバイトもないので、後は仲のいいサークル員と一緒に晩御飯を食べて、カラオケに行ったり飲みに行ったりしてから帰るだけだ。

 他のメンバーが来るまで先輩の長話に付き合う時間はある。


「いや、僕一人だとうまく説明できる自信がない」

「はぁ?」


 私は思わず四年も年上の先輩に対して失礼極まりない声を出してしまった。


「あー、いや、すみません。でも苫野さん、当事者なんですよね?」

「の、一人ね。大谷が来たらちゃんと説明するよ。最初からそういう話になってたんだ。みんなには大谷から話すって」

「大谷さんと苫野さん二人がやったんですか、これ?」

「あと岩崎」

「じゃあ……いや、了解です」


 危うく「じゃあ、最初から岩崎も言えよ」と剣突責め立てるところだったが寸でのところで踏みとどまった。

 どうにもこの苫野という先輩は私をイラつかせる。涼し気な顔はちょっと好みなのだが、いかんせんどんくさい。

 そしてふと隣を見るとまるちゃんが喜色を滲ませていた。

 彼女は他人が年下や目下の人間に苛められるのを見ると興奮するまぁまぁヤバい女なのだ。

 これ以上、まるちゃんを喜ばせるのも苫野先輩を苛めるのも気が進まなかった。



 そこはかとなく気まずい空気が流れかけたところで、部室の扉が開いた。

 お待ちかねの大谷先輩だ。


「待ってました!」


 まるちゃんが手をたたいて歓迎する。

 この場にいる三人全員が二つの意味で彼を待ちわびていた。


「俺を?」


 ちょっと嬉しそうにしている。大谷先輩は小太りでイケメンでもないのだが、愛嬌があるし面白いし、真面目なのでサークル内での信頼も厚い。それゆえ今年度から幹事長を務めている。


「あれですよ。あれが何か訊きたくて」


 私は窓際の祭壇を指さす。


「あー、はいはい。もちろん、ちゃんと説明する。でも先に苫野さんから聞いてるんじゃないの?」


 ――聞いたけど、要領を得なくてよくわかんなかったんですよ。


 と口にしないだけの分別はある。

 まるちゃんは私にそう言ってほしそうな期待に満ちた顔をこちらに向けてくるが、その期待には応えてあげられない。


「岩崎は?」


 荷物を置いて、椅子を引く大谷先輩に苫野先輩が尋ねる。


「公認会計士の予備校だって。今日は欠席。ゴールデンウィーク明けだし、今日はあんまり人来ないだろ」


 岩崎は私とまるちゃんの同期だ。

 公認会計士を目指していて、勉強が忙しいためサークルの出席頻度はさほど高くはないが、うまく溶け込んでいる。

 幽霊部員というやつだが、見た目も青白くて幽霊みたいだ。

 テーブルの端で、まるちゃんが隣の苫野先輩に「公認会計士と税理士って何が違うんですか?」などとアホな質問をしている。

 苫野先輩が知っているわけがない。聞く相手を間違えている。

 ちなみに私も知らない。


「で、先輩たちは何でこんなもの作ったんですか?」


 ようやく本題に入ることができた。


「宗教をやろうと思って」

「はぁ?」

「宗教をやろうかと思って」

「もう一回言わなくてもいいですけど。聞こえてますけど」


 私はとりあえず話の続きを促す。

 大谷先輩は真面目に説明しようとしてるのにいつの間にか自分でも何を言っているのかわからなくなって要領を得ないことを話し続けてしまう苫野先輩のようなタイプではなく、筋道立てて説明ができる人だ。

 今回も最初にちょっとインパクトがあることを言って、注意を引こうという話術なのだろうということは想像に難くない。

 うっかりその術中に嵌まりかけてしまった。

 しかし、すぐに気づいたものの思わず反応してしまったがために、先輩は満足げに頷いたあとに話し始めた。


「連休中に俺たちが旅行に行った時のこと――」

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