空を切り、ステップを踏んで

石動 朔

プロローグ 私は今日も

 澄んだ寒空の果ての、煌びやかに屹立する都会のビルの明かりと、それに照らされて光を帯びるまだら雲の流れに目を奪われるのは、きっと私だけではないと思う。


 肌を滑る風はどこか心地よく、背中の中に入り込むそれはどこか罪悪感を含んだもののように思える。


 夜中に外出していることはもちろんいけない事なのだけど、もう一つ私は罪を犯し続けている。

 それはきっと誰のためにもならない。独りよがりで、自分勝手なこと。それがいけないことだというのもわかっていた。それは社会的に見てとか、そういうわけではなく。もっとプライベートな、約束みたいな。ルールは守るためにあるものだ、なんて真面目さんは言うかもしれないけど私はそんなこと思えない。というか思えなくなってしまっていて、約束を守れずにいる。


 だからこそ、一般的に見て普通ではないのだ。まぁ、これが普通になりかけてるって、それだけなんだけど。


 私は、夜中でしか味わえない空気をいっぱいに吸い込む。

 今になって委縮するようなことはない。自分の弱さを、過ちさえも溶かしてくれるような優しい風が体を包み込んでくれるからだ。そんな感覚のせいで、私は夜の踏切に留まらされている。良い意味でも、悪い意味でも。


カンカンカンカン


 いつものように“それ”は鳴り出す。

 初めて鳴り出した時は何が起きたのか理解できず、驚きを超えてそこに立ち呆けてしまった。


 なんというか、人間の意識から外れたよくわからないなにかがその光景に私を引き込み、動けなくさせてしまっているようだった。

 時刻は1時半、と私は思って言った。終電はとっくに過ぎている。少し待っても遮断機は降りないし、何かが通過するわけでもない、ただ音だけがなっているだけ。いつも朝に私を急かしてくる警報音とは少し違うものだ。


 ただ、この透き通った空気を颯爽と翔けるように、玲瓏とした和音が私の耳を通じて脳に響き続けているんだ。


 踏切の中に入ると、噛み合ってないような渋い電動の音と共に遮断機が降りてく

る。


カランカランカランカランカランカラン


 私は今日も、踏切の中に閉じこもっている。あの人が来るかもしれないと、そんな期待を持って。

 踏切の中にある、いかにも腰を掛けてくださいと言わんばかりのちょうどよく出っ張ったところに膝を抱えて座っていると、遠くからぎゅっぎゅっと何かが軋む音と共に人影がうっすらと見え始める。その音はこの神聖な空間にとても似つかわしくないほど鬱陶しいものだった。


 だけど、そんな事よりも、自分以外にこの真夜中の世界で人間が存在していたんだと思うと少し心が弾んだ。目を凝らし、私が待っているあの人ではないとわかる。それでも、私はこれから彼に話しかけようと決める。


 何故だかわからないけど、これから有意義な夜中になるに違いないと思っている自分がいた。



 

 




 

 

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