第一章 雨の街のアリス

-1- アリス邂逅

 雨の街に到着した俺は、宿を探すため街を歩いた。空は曇っているが雨は降っていない。湿気はかなり高いが、慣れれば過ごせる気候だ。


 駅を離れて街の中心に向かうと、そこには大きな森がそびえている。スーツケースをゴロゴロと引き連れながら、俺は森の足元に立ち尽くした。森の中には石畳の階段が続いており、上の方に西洋風の建物が見える。あんなところに建物? 不思議に思ったが、今はあそこに立ち入る必要はなさそうだ。


 見渡せば道はいくつかあるが、どれも細い小径ばかり。観光客用の看板なども見当たらない。困り果てた俺は、街の中心らしい噴水公園に立ち寄り、その東屋のベンチに座って一息ついた。


 しばらくぼんやりしていると、小ぶりな雨が降り始める。まずい、うかうかしてられない。


 俺は傘をさして東屋を出ようとした。すると、公園の向こうから誰かが歩いてくるのが見えた。どうやら東屋のあるこちら側に向かってきている。きっと雨の街の住人だろう。よし、あの人にいろいろ聴いてみよう。


 俺は東屋で待っていた。そしてその人が通り過ぎようとしたところで声をかけて、


「すみません、お尋ねしたいのですが……」


 と言いかけて、固まってしまった。


 その女性の姿には、見覚えがあったのだ。


 背丈は高く体つきはかなり細い。美しく整えられた長い金髪、瞳は吸い込まれそうなほど深いブルーで、唇は健康的なピンク色。肌の色も透けるように白い。着ているのはクリーム色のリネンシャツに紺色のデニムパンツ。シンプルな服装だが、目を引く容姿――。


「あ、あの、えっと」


 声をかけておいて戸惑う俺を、女性はポカンとした顔でじっと見つめる。そして口を開いて飛んできた言葉は、


「……ラオレ……」


 俺の名前だった。優しい声色で俺の名前を呼ぶ彼女は、声色とは裏腹に驚いた顔をしていた。


「あなた、ラオレ・アル博士よね」


 ラオレ・アル博士。

 研究所で呼ばれていた名前を言われ、嬉しくない懐かしさがこみ上げてくる。


「こんにちは……アリス・フランシェリアさん。お久しぶりです」


 頭を下げると、彼女――アリスは困ったように笑ってみせた。


「お、お久しぶり。それより、なんでこんなとこに」

「は、はは……なんででしょうね」

「研究は? あの後、どうなったの」

「……」


 数年前に出会った彼女の顔を見ていたら、言葉が出てこなくなった。彼女は俺が指揮をとっていたアンドロイド研究の協力者で、そして――。


 豊かな心を持ったアンドロイドだ。


「まあいいわ。行く宛は」

「探し中です」

「そ。それなら、うちにくる?」

「え」


 微笑む彼女の姿を見て、俺は手に持っていた傘を落としかけた。

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