雨の街のアリス

柏葉和海(カシワバワウ)

-0- プロローグ

――いやだ! しにたくない!


 あの日の叫び声が、頭の中でこだまする時がある。俺はあの日から、片時も忘れたことはない。それは自戒のようで、贖罪の気持ちのようなもの。


 大事にラボで育てたアンドロイドが死を確信して恐怖するあの表情――。俺は忘れたことがない。

 

 夏の日差しを浴びて煌々と輝く木々の葉が流れていく車窓を、ぼんやりと眺める。電車はただゆっくりと、そして確実に、俺を知らない場所へ連れていく。蒸し暑い夏の日の車内は、少し汗ばむ程度に熱を帯びている。


 夏というのはどうにも好きになれない季節だ。暑いから嫌いって単純な理由もあれば、もっと複雑な事情もある。夏は俺にとって、。特に数年前の夏、俺の人生は一変してしまった。


 アンドロイドとは、人間が作り出した擬似的な生命のことである。人間の脳に近い構造を持ちながら、機械によって制御された存在。人工知能を搭載したアンドロイドたちは、自ら考え行動することができる。自由な発想を持つアンドロイドが人間のためになるよう、俺は研究員として幾時も努力を重ねてきた。


 しかし、ある事件がきっかけで研究をやめた。アンドロイドたちには心を持つ者もいる。俺はその心の研究を専門分野としていた。その延長線上で、自身のエゴによってアンドロイドを破壊するという大罪を犯したのだ。


「……しにたくない、か」


 誰もいない静かな電車に揺られながら、そう呟く。


 豊かな心は、それに伴った器でないと形を保つことはできない。あの実験で、俺は痛烈に自分の浅はかさを実感した。アンドロイドは人間が造りだす存在ゆえ、神に創造された人間のようには上手くいかない。


 人は神にはなれないからな。


 電車は辺境の雨の街に向かっている。自然が豊かで静かな街として知られている街だ。


 「雨の街」とは言うけれど、ずっと一年中雨が続いている、なんていうことはないらしい。他の街と比べて雨の日が多いくらいのイメージなのだとか。加えて、過疎化が進んだ雨の街には型落ちした古いアンドロイドと高齢者しか住んでいないらしい。


 俺はこの街のことを気に入っていた。蒸し暑いのは苦手だけど、雨は嫌いじゃない。傷ついた心を癒すには打ってつけの場所だろう。


 ……あの人も、いるはずだし。


 とりあえず泊まれる場所を探そう。宿がないなら、駅舎で眠ればいいだけのことだ――。

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