元カードゲーマーの異世壊ぶらり旅

原純

プロローグ

第1話「神々の密約」

「──悪いな、『地球』の神よ。この度の生命体の大量譲渡、感謝する」


 何もないように見える、真っ白な空間。

 そこに浮かんでいる2つの人影があった。


「気にしないでよ、『ジオイド』の神。兄弟神のよしみだ。我の『地球』なんてどうせほんの5分前に生み出した、に過ぎないからね。新たな世界と呼ぶのも烏滸がましいくらいだ。その体表にへばりついている炭素生命を何万匹かそちらに譲渡したところで、大した痛手にはならないよ。いてもいなくても同じような者どもだし」


 地球の神と呼ばれた人影は、自らの力のほとんどすべてを費やして生み出した『超空洞ヴォイド』に、地球という巨大な珪素生命体を生み出したばかりだった。

 これからまだするべき作業が残っていたが、ジオイドの神に請われたため、予定を繰り上げて新世界の稼働を開始し、いくらかの生命体を地球からジオイドへと譲渡したのだ。


「我の見積りが少し甘かったようでな……。リソースが足りなくなってしまったのだ。地球の神に融通してもらえなければ、いくつかの種族をまるごと潰し魔素に還元せねばならないところだった。まったく、これだから知的生命体というのは厄介だ。進化して小賢しい知恵をつけてくると、必ずと言っていい確率でリソースを食い潰そうとする。

 一体何のために『龍』どもに世界の管理を任せていると思っているのか……。愚かな知的生命体に、自らの住む世界を破壊させんためだというのに……」


「まあ、ジオイドはもう創られて長いからね。それだけ長い間上手くやれてきているのだから、『龍』とやらを使って間接的に管理するやり方も間違ってはいないのだろうよ。知的生命体が驕り高ぶる点については……それこそ我らが一番よく知っている事実じゃないか。何しろ我らだって──」


「ふん。もう何兆年も前に済んだことだろう。少なくとも我は今は神としてよくやっている、つもりだ。まあ、ミスをしたばかりの我が言っても説得力がないやもしれんが……」


「そんなことはないさ。少なくとも我は先輩としてジオイドの神を尊敬しているよ。ただでさえ特殊なリソース──魔素なんてエネルギーもある世界だ。そんな特殊な環境で知恵をつけた生命体の考えることなんて、他のどの神にだって予測はできないさ」


「そう言ってもらえると救われる。リソースの融通の件もだがな。感謝している」


「なに、といっても送ったのは少し大きな羽虫程度のものだよ。知的生命体のように大きくて複雑な魂を持つ者は送っていない。そのぶん数は送ったけどね」


「うん? それにしては何やら大きなうねりがあったような……いや、いいか。気の所為だな。まあ、そう言ってくれるのならもう気にするのはやめにしよう。また今度、何か困ったことがあったら言ってくれ。我に出来る範囲で手を貸そう。そうだ、龍の設計図はいるか?」


「いや、こっちではそういう管理手法は使っていないから必要ないよ。知的生命体の文明レベルはロールアウトの時点でジオイドよりも高く設定してあるし。下手に龍みたいな上位存在を出しちゃうと反発が怖いかなあって。

 そうそう、エネルギーの回収も、龍とか神なんかの超常の者に対する『信仰』によるやり方は効果が薄いと思っててね。メインとしては別の形でリソースを回収するつもりなんだよ。まあ信仰も予備案として残してはあるけど」


「そうか、そういえば、地球にはすでに高度な知的生命体を準備してあるのだったな。大丈夫か? まだヒトの形さえ取っていなかった時代から育ててきたジオイドでも、ある程度育った奴らには手を焼かされているのだぞ。それをいきなり、しかも龍のような管理者もなしに……」


 神は直接自らの生み出した世界に干渉することはできない。

 例外は生み出してから正式稼働させるまでの僅かな時間、わかりやすく言うと世界へのアーリーアクセス中のデバッグ作業のときだけだ。

 それ以外で何らかの干渉を行うには、ジオイドの神が用意した『龍』のような、世界の内部に生み出した管理代行者を経由する必要がある。


 地球の神が生み出した地球という珪素生命体には、その瞬間から表面にすでに生態系を用意してあった。そしてその中にはかなり高度な知性を持つ生命もいる。思考能力の複雑さで言えば、ジオイドで進化してきたヒトと同等かそれ以上であろうか。

 地球の神はそのジオイドのヒトをベースに生態系に知的生命体を組み込み、文化レベルをギリギリ惑星脱出が出来るかどうかというラインまで引き上げた。

『超空洞』にはまだ地球しか存在しないが、地球から観測できるデータには無限に広がる大宇宙があたかも存在しているかのようなものを予め仕込んである。そこに住むヒトモドキ──ジオイドに住まうヒトに似せて造られた劣化版という意味──の記憶にも同様のデータが書き込まれている。もちろん、宇宙について関心を持っている個体にだけだが。


「そこは大丈夫。ジオイドでずいぶんと長い事観察させてもらったからね。これまで何度か、ジオイドの滅亡した文明を見てきたけど、ヒトって種族は高度に社会性が発達すると信仰心が薄れる傾向にあるみたいなんだよね。個体レベルではまた違うからもちろん信仰ルートも予備案として用意してあるけど。やっぱり大多数の個体や民族は、文化レベルが上がって生活に余裕が出てくると、信仰心よりも娯楽を求める心の方が強くなってくるんだ。そっちの人間が龍を討伐しようとか言い出してるのも、たぶん集団として娯楽に餓えてる側面もあるからじゃないかな」


 当事者であり、龍に指示を直接出しているジオイドの神では見えなかった事実だ。傍から見ていた地球の神にはヒトらの心の動きがよく見えていたのだろう。


「……気が付かなかった。なるほどな。それで豊かなミドルプレートに住むヒトどもは龍に楯突き、過酷なアンダープレートに住むヒトどもは信仰心が篤いのか。そういうことなら、龍に命じてミドルプレートに異常気象でも起こさせて……まあ、それはまた今度だな。

 しかし信仰なくして多くの知的生命体の感情を特定の何かに向けさせることなど、本当にできるのか?」


「簡単なことだよ。文明が発達し、情報社会となっている我が地球でならね。

 流行りのコンテンツを作ってやればいいんだよ。それも、簡単に生産・複製ができて、かつ入手にはそれなりのコストが必要で、多くの数を集めなければならないような、そんなコンテンツをね」


 大量にばらまくことができ、それでいて、そのひとつひとつにそれなり程度の思い入れを与えてやれば、その感情の総量は唯一神への信仰にすら匹敵する精神エネルギーとなる。地球の神はそう考えていた。はじめから自分や自分の代行者に対する信仰心になど期待していなかった。


「そういえば、そっちには『宇宙空間』とやらも作るのだろう? すでに設定してある歴史や観測データに合わせる形で。まだまだやるべきことは沢山あるだろうに、悪かったな」


「そうだった。それが残っていたね。ジオイドには宇宙は無いのだったっけ」


「うむ。平面世界だからな。ミドルプレート──大地の下にはアンダープレートが、空の上にはアッパープレートがある。ヒトどもはそれぞれ魔界、天界などと呼んでおるがな。それより下と上には何も無い。魔素の総量と循環にさえ気を付けていれば楽なものさ。だというのに、リソース不足で詰みかけるというのは甚だ情けない限りだが……。しかしそれも地球の神のおかげで何とかなりそうだ。もらった生命体はかなりの数がいたからな。えっと、何と言ったか、コク、ゴック……?」


「ああ、コックローチだね。ゴキブリとも言うけど。生み出してはみたものの、我もちょっと、あまり好きにはなれなくてね……。そんな我の感情に引きずられてか、地球に生み出したヒトモドキの記憶にもほとんど負の感情しか植え付けられていない。今回はひとまず、日本という列島の屋内に生息している個体のみという条件で転移させた。生命力だけは高いから、そっちの、魔素を含有した強力な生命体の餌になったとしても、たぶん簡単には絶滅しないと思うよ。勝手に増えてくしね。魂も単純で小さなものだし、この程度の魂ならそっちの魔素と反応して【特殊能力スキル】を獲得することも無かろうし」


「ああ、ゴキブリだ。そうそう、そんな名前の虫だった。下手に複雑な魂を持つ生命体を異世界間でやり取りすると、たまにとんでもない能力を獲得して神にすら牙を剥くような奴が生まれたりするからな……」


「別の世界で、確か、管理不行き届きのカドで罰を受けて主神に滅ぼされた神もいたよね。我々はそうならないよう気を付けないと。地球も生み出したばかりとはいえ、我にとっては大事な世界だ。慎重に、ミスのないように……」


 地球の神は、地球上からコックローチと名の付く全ての生物をジオイドへと転移させ──るとどんな不具合が起きるかわからなかったので、加減して『日本列島』の『屋内』に存在していた分だけを、派生種含め全てジオイドへと転移させていた。数にして、およそ100万匹弱といったところだろうか。


「ああ。我のジオイドもリソース不足以外では今のところはミスはないが、いつどんな不具合が現れるかわからんからな……」


 ジオイドの神がそう締めくくり、白き空間での神々の話し合いは幕を下ろした。


 そして、神と比べれば取るに足りない小さな小さな生命体の、新しい物語が幕を開ける。





 ★ ★ ★


主人公不在の第一話です。

世界五分前仮説と地球珪素生命体説とインテリジェント・デザイン論の欲張りセット。


おとこのひとって属性マシマシなのがすきなんでしょ……?

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