七村紅緒と王子様

生徒会室と着くと志安さんは私と家族の悩みをぺらぺらと黄路さんに話し出した。慌てて止めたけれど、志安さんは私が先程まで悩んでたことを終わりまで一切淀みなく話し尽くした。

私は彼女が話し終わる頃にはただただ呆然としていた。そういえば、志安さんは私と彼のことも黄路さんとマジェンタに話していたな、と思い出す。

つい数分前、彼女の言葉で感動していた自分を叩きたい気分にさえなった。今、貴女は拡声器にむかって話してるわよ! もっと危機感を持ちなさい! そう大声で過去の自分に警告したい。

「まあ、子どもはお金かかるわよね。そんなことで悩んでたら、私には紅緒さんや志安、マジェンタを足し合わせた額よりお金かかってるわよ。たぶん」

「……でしょうね」

「でも、子どもがそういう危機感を持つのはいいことなんじゃない? 私は気にしないけど」

「あぁ、はい。そうですね」

私の悩みへの黄路さんの感想を聞きながら、もう二度と志安さんに大事な相談はしないと誓った。

そういえば、黄路さんは志安さんとマジェンタの三人の間には秘密はないと以前言っていた。

昨日の夜の話をマジェンタは喋らないわよね?

不安が胸をよぎる。帰ったら口止めしなければ。

私たちはご飯を食べ終わると黄路さんの提案で、中等部時代のビデオを見た。純白先輩が王子様役を務めた劇のビデオだ。私は見ることができないが、黄路さんのスマートフォンに耳を傾ける。

「ねえ! ねええ! ヤマブキ! ビデオ! ビデオとってよ!」

「はい、はい。撮ってますよ」

「ビデオ!」

「撮ってますって」

ビデオの始まり二人の主従の声が入り込んでいる。

「へえ。黄路さんってこんな感じだったんですね」

「な、何よ? 子どもってみんなこんな感じでしょ?」

「ええ、まあそうですね。私は違いましたけど」

こっそりと声をひそめ、黄路さんが志安さんに囁くのが聞こえた。黄路さんはきっと視覚障害者は音を拾うのが得意だということをまだよくわかっていない。

「紅緒さん今日機嫌悪くないかしら?」

「珍しいよね。さっきまではそんなことなかったのにな」

「あんた、なんかしたんじゃないでしょうね?」

「してないよ?」

「え?」

思わず志安さんの声に反応していたことで二人の会話が途切れた。きっと二人とも私のことを凝視している。

「あんたやっぱりなんかしたでしょ?」

「えぇ……。本当にしてないけど……」

その言葉を最後に生徒会室を沈黙が満たした。生徒会室には、幼い少女の元気な声と執事の困り声がしばらくの間響いていた。

「ちょっと、お嬢様。登らないでください。登るのをやめてください! ビデオが取れないでしょ? ちょっとお嬢様!」

「……ヤマブキは、登りやすかったのよ」

大きくなった黄路さんが、ぼそりと言い訳じみたことを言った。

それからしばらくして劇が始まった。導入に簡単なナレーションがあり、舞台設定を語る。そこから王子様が登場した。

「お嬢様方。僕がこの国の王子!」

そう舞台から呼びかける声を聞いた。舞台内容やセリフはもう私を突き抜けて、その声以外のことは何も考えられなかった。

「ちょっと止めてください。今のところ、今の王子のセリフをもう一度!」

「どうしたの? 純白先輩は出ずっぱりだから、戻さなくたって聞けるよ」

「純白先輩? 今のは純白先輩の声なの!?」

「そうだよ」

そう話している間も王子のセリフが続いていた。

「そんな。そんなはずない」

「どうしたの? 急に?」

「純白先輩の声のはずないわ!」

「いや、純白先輩だよ。主役は純白先輩だって言ったでしょ?」

「そんなはずない! だってこの声は彼だわ! 純白先輩のはずがない!」

聞き間違いなんてないはずだ。耳に馴染む。もう一度聞きたかったこの声を今更聞き違えない。

「これが、彼の声なの……?」

志安さんがゆっくりと聞いた。

「えぇ……! ええ!」

「間違いないんだね?」

「間違いない。彼の声よ」

「そう。なら彼の正体がわかったね。紅緒。このセリフを話しているのは、純白さんだ。画面には純白さんが写っているよ」

私は言葉を失った。

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