遊園地家族
@gfdjse569
第1話 遊園地家族
僕らは家族みんなで遊園地に行った。
そして、家族みんなで戦争をした。
このふたつの卵は同時に生まれ、同時に割れた。
片方の卵には、「Peace」と、片方の卵には「War」と書かれていた。
卵から孵った雛は、二羽の鳥となり、羽ばたいて空を自由に飛び回った。
一羽は
雲間から漏れる光の帯を、鳥の翼が遮るたび、地上が明るんだり翳ったりする。
「戦争」と鳴く鳥の翼からは燃える火と硫黄と瀝青が、「平和」と歌う鳥の翼からは花の種子とパンと蜜が降って来る。僕の目の前で、世界は炎と廃墟と、緑と豊穣が、死と滅びと再生と春が、寄せて砕ける怒涛のように衝突し、混ざり合って、解けては、また新しく終わったことを一から始めている。
僕らは家族みんなで遊園地に行った。
そして家族みんなで戦争をした。
この長くて短い物語を要約するなら、たった二行でも多過ぎるが、百万行を費やしても十分に語り尽くすことはできない。
「もし、生まれかわったら、もういちどみんなで家族になって、
もう一度この遊園地に遊びに行こうね。」
あの運命の日。そう父と母と妹と僕は約束した。
その約束を果たすために、今日まで闘い続けてきた。
この物語は、僕らが得たものと失った物の収支表になるだろう。
遊園地について語ろう。
それは、つまり僕たち一家を語ることに等しいのだから。
あの遊園地には、生まれる前から既に何十回と通っていた。
初めて訪れたのは、まだ母のお腹にいた時。母のふくらんだお腹に跪いて頬ずりをする父が笑いながらなみだを浮かべている写真を見たことがある。
僕は蝿を叩くように素早くアルバムを閉じた。二人とも冗談のように若くて、それがなぜだか眩しかった。しかし、なぜ胎児にスリルと興奮を味合わせようと思ったのだろう。あの遊園地には安産祈願の御利益でもあるのだろうか。
次は生後二ヶ月。僕は新聞紙を丸めたような、壜の中の猿のように顔を真っ赤にしている。一刻も早く遊園地で遊びたい夫婦の情熱が写真の向こうから灼熱の闘気となって伝わってくる。
続いて生まれて来た妹もまだお腹にいるうちから遊園地の洗礼を受けた。光の鳩が天から臨りてきて、水によって潔められる預言者のように、遊園地の宇宙船とコカコーラによって、僕ら兄妹は洗礼を受けた。
それから十七年の月日が過ぎたが、父と母は、僕と妹が小学校低学年くらいのままで成長を止め、夕ご飯の時間になるまで近所の公園の砂場で遊んでいるのだと思っているらしい。時代に取り残された、廃園間近と噂されている遊園地に行くことを喜ぶ高校生なんているはずがないのに。
我が家のアルバムは十二巻を数えるばかりになった。近場で安いからという理由で沙翁一家の寵愛を受け、御贔屓にあずかる遊園地。そこで撮影した写真の数々が、一度も開封されない愛の手紙のように溜まっていく。
僕らが成長するにつれ、写真に映る僕らの笑顔は少しずつ減っていく。遊園地も少しずつ色褪せていく。でも父と母は、少しずつ年をとった顔で、どの写真のなかでもほがらかに笑っている。
遊園地は、四つの異なる世界観と呼ばれる区劃に分けて構成されていた。
そのどのアトラクションでも、沙翁一家は写真を撮り尽くしていた。あらゆる画角と構図と、あらゆる季節の可能性を極め尽くしていた。
どの時代の、どの世界にも、僕たち家族はいた。
噴水広場を春の花を撒きながら行進するディオニソスとナイアードたちのかたわらに、僕らはいた。
満月のような眼をみひらいて化け猫が笑う魔女夜宴、巨神や魔法使いたちに囲まれて、僕らはいた。
初夏、新緑の粧も美しい樹々に覆われた古代遺跡に、僕らはいた。
海賊船から花火が挙がる夏の海に、僕らはいた。
降雪のあとの白い絨毯の上を走る蒸気機関車に、僕らはいた。
その膨大な写真記録は、ありとあらゆる時代と空想世界を股にかけて、行く先々を荒らし回る、傍迷惑な漂流家族を連想させた。
どの世界観もどのアトラクションも、自分の家の柱や庭の片隅のように馴染み深い。
どれも前時代的な、古色蒼然たる苔と錆におおわれた、廃墟
四色に色塗られた、四通りの物語世界。完璧に遊び尽くすには、毎日通っても数年がかかると言われている。それだけ通い詰めるには情熱と根気と忍耐が必要だった。そして何より、それら全てを合わせたものより、ずっと大きな愛が必要だった。好きという気持ちは、この世界で唯一実現可能な永久機関なのだ。
白状しよう。沙翁一家は、この遊園地を心から愛していた。
四人にはそれぞれ異世界という名の、別々の恋人がいた。
父は愛した、大航海時代の海賊たちが覇を競う世界を。
母は愛した、中世の魔法の御伽の国の世界を。
妹は愛した、武術と剣の支配する武侠世界を。
僕は愛した、電脳技術の進化した未来世界を。
家族四人は、それぞれの趣味の世界にお互いを巻き込んで園内をひきずりまわし、まるで四つの彗星のように光の尾を曳いてテーマパークを駆けめぐり、燃え尽きるまで遊びをやめなかった。噂では僕ら沙翁一家のために、大型連休に特別にスタッフが増員されているという。「いつもありがとうございます。本当に御免なさい。これからも沙翁一家をどうぞよろしくお願いします。」と言う他ない。
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