∞37【『阿修羅の木刀』を振る理由】

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 ──エミルとの『お相撲スモウ』に後。


 丘の上の大きな樹の下で、アゾロはいつものように『阿修羅あしゅら』という漢字が彫り込まれた自作の木刀を無心に振っている。エミルの涙と洟水ハナミズで濡れた衣服はすでに着替えているが、今度はアゾロ自身がかいた汗によって衣服が濡れ始めていた。


 現役の騎士である父とは違って、アゾロはもとより『真剣の振り方』などは知らない。


 そのため木刀を振るうのにも決まったかたなどはなく、自分アゾロ自身の身体の自然な働きに従って木刀を振っている。なおかつ自分が振るう木刀の剣先の働きに従って、自分の身体を連動させ続けている。


 木刀を振るいながらも、その場に居着くことなく自由自在に動き回り、両手だけではなく片手でも木刀を振るい、たまに拳足による『突き・蹴り』や『体当たり』も繰り出しながら、くうに向かってひたすら『攻撃を当てる』動作を繰り返す。

 つまり、刃物を模した『』を使っているのに、『剣で斬る』動作ではなく『』動作の反復を繰り返している。


 アゾロは『真剣』を実際に使ったことはないので、この行動的な差異はむしろ当然のことと言えよう。




 アゾロが毎日『阿修羅の木刀』で素振りをしている理由は、剣の稽古というよりも『心の整理作業』に近い。

 無心に没我的に一つの作業に没頭することで、『《スキル》を持っている』だとか『伯爵家の娘である』だとかの他者ひとと少し違う自分、あるいは『普通フツーじゃない自分』を一時いっときの間だけ忘れることができる。それと同時に、木刀を振るうことで自分の全身のスジに滞る『ムダな緊張』をほぐしている。


 これはアゾロの無意識的な行動なので、アゾロ自身は『木刀を振る理由』をうまく言語化できない。もし他者ひとから「なぜ毎日木刀を振るのか?」と質問されたら、おそらくアゾロは「単なる!」とでも応えるだろう。

 しかし、《弾幕》や《無限チュートリアル》という強力なスキルを持ちながらも、アゾロが『普通の生活』を継続することができている大きな理由には、この木刀を振るという『没我的ぼつがてきな時間』を毎日設けていることも関係している。


『我を忘れることで、初めて“じぶんわく”から解き放たれる』

『我の枠から解き放たれることで、“今の我にできること”に囚われずに、ありのまま自由でいられる』


 アゾロは無意識的にそう思考イメージし、無意識のままに実行している。


 このアゾロの思考的特徴は、ディオアンブラ村の大自然で“野生児”として生まれ育つうちにアゾロが備えるに至った『』であるとも言えよう。




 アゾロは全身で木刀を振るいながらも、心の中で無意識的に思考を継続する。

 『普通フツーじゃないアゾロじぶん』の枠を取り外してみると、“アゾロじぶん以外のこと”もよく観えてくる様な気がする。


 たとえば、『アゾロの父』のこと。


 『19歳』で『伯爵はくしゃく』にまでなった英雄。

 『握力』で『鉄球テッキュウ』を少しだけ凹ませる武人。

 『素手』で『クマ』を捕獲する猛者。

 『数々の武勲』に彩られた『名誉ある』騎士。


 『あの父』の今日こんにちの立場は、父の持つ『武才ひとつ』で構築されたものである。

 というか、むしろ父には『武才しかない』。


 アゾロは木刀を振るいながら、心の中だけでさらに父についての考察を進める。


 『設計図なし』で『自分の家』を造る家長ちち

 『領主』なのに『税の取り立て』をサボる伯爵ちち

 『35歳』なのに『話し方』を改めない大人ちち

 『自分が分からないこと』は『母に任せる』ちち




「───!!」


 木刀を振るいながら父について思考すること半刻。

 突如、アゾロの頭の中に

【『父』−『武才』≒『母がいないとダメな人』】

 という公式が稲妻イナズマのように閃いた。


「──そうか。……そういうことなのね」


 木刀の素振りの動きを止めたアゾロは、額の汗を拭い思わず独りごちる。身近にいる『常識外れな人間ちち』を心の中で引き合いに出すことで、15歳のアゾロは『世の中には、自らがる“常識”だけでは推し量れない物事が起こる』ということを悟った。


 アゾロは心のなかで思案を続けながら、木刀の素振りを再開する。そして、心の中だけでこう思った。


(……この世界には、自分の“常識”では推し量れないような物事が起こる!)

(……だから、『5歳の弟エミル』に相撲で負かされたことも『別におかしなこと』!)


 アゾロは『5歳の弟エミルに負かされた現実』への納得、あるいは自分なりのを見つけ出した。

 自分なりに“納得”したなら、アゾロはもう悩まない。



 そして、アゾロは木刀を振るいながら『腰の後ろにしがみつく相手』に対する研鑽を始めた。木刀を振るうアゾロの動きから先程までの“闇雲さ”がなくなり、真剣な表情でアゾロは独闘シャドーを開始する。

 ついさっき、エミルとのお相撲のなかで体感したことへのの検討を始める。


『腰の後ろにしがみつかれた場合、体重が自分の半分の相手にさえ“自分の身体のコントロール”を

 ──これは貴重な情報けいけんである。


 自分の中の情報を前向きに活用するために、悩みかんがえ、そして無心に没我的に思考イメージする。

 アゾロはたまに悩みもするが、それは同時に『自分を前向きに戻すための撥条バネ』でもある。



「……よし!始めますか! 今日も今日とて!」


 木刀の素振りによっていい汗かいて自分の心を落ち着かせたアゾロは、先程のエミルとの相撲を《無限チュートリアル》上に再現することを決定した。行動に移す前に、まずは『自分の心を落ち着かせること』をアゾロは何よりも優先する。思考はその後から勝手に着いてくる、とアゾロは考えている。


 ──そのための“木刀の素振り”。


 アゾロは『阿修羅の木刀』を小脇に抱え、自分の右手の指をニギニギして指の動きを確かめたあと、右手を真っ直ぐ前に突きだしながら唱えた。



「メニューオープン!」




To Be Continued.

⇒Next Episode.

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