∞26【相手に当てたきゃ前に出ろ】

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『……ハイ終わり』


 娘を背中から地面に叩きつけた父はそう言いながら、倒れた娘の喉元に木剣の剣先を突きつけてそこで動きを止めた。このまま父との『手合わせ』を続けるか否かは、アゾロからの返答次第となる。


 父は、なんの感情も読み取れない無表情のままで地面に倒れた自分の娘を見下ろしている。


「……くっ」


 背中を下にして倒れたままアゾロは動けないでいる。まだ呼吸が回復していないのと、木剣の剣先で喉元の急所を軽く抑えられているのと両方の理由で。

 浅い呼吸を数回繰り返した後で、アゾロは声を絞り出すように父に言った。


「………ま゛ぃ、…まいり…ました」


 すっ…と娘の喉元から父は木剣の剣先を外した。

 やりすぎた、とはこの父は思わない。


 『左手のハンデ』を解除しなければ反対に父がやられていただろう。事実、『棒切れ二本』に武器を持ち替えてからのアゾロの動きは、この父をして目を見張らせるほどのものだった。

 

 アゾロが負けを認めた後も、父は油断なく倒れた娘の様子を観察する。そして、娘からの反撃がないのを確認してから父は木剣を自分の肩に担いだ。

 父は仰向けに地面に倒れたままのアゾロに言った。


「……出来ることも多いがムダも多い。どんだけ出来ること多くても相手に狙いがバレてたら意味ないぞ。……ま、『基本からやり直せ』だな。オレの総括は」


 木剣で自分の右肩をトントンと叩きながら、父はこの手合わせの総括を述べる。父は息すら切らしてない。


『複雑な動きができるけど使いこなせてない娘』

          VS

『複雑な動きを使いこなした上でおちょくる父』


 久しぶりの父娘の手合わせは、父の圧倒的な勝利で幕を下ろした。



 まぶたに映る父の体捌きの残像と、突然手首を襲った謎の激痛の残滓ざんしと、父から言われた言葉の一つ一つが、地面に寝っ転がったままのアゾロの頭の中をぐるぐると駆け回っている。


 ヌクトリア地方のみならず、神聖アレクシス帝国全土において『指折りの騎士』である父との手合わせ。ほんの10数分間の手合わせではあるが、情報量が多すぎてアゾロは少し混乱していた。


「……内容濃いぃって。……あと、なんで戦いながらしゃべるの?」


 手で喉を抑えて激しく咳き込みながら、アゾロが父に訊ねる。まだアゾロは寝っ転がったまま起き上がることができない。


 アゾロからの問いかけに対して、父は右手に持つ木剣で自分の右肩をトントンと叩き、顎の先に左手の親指をつけながらしばらく考える。数瞬の間を置いて、父はアゾロの問いかけに応えた。

 

「……『余裕』……だから?」


 実戦なみの激しい手合わせの直後だというのに、この父は息も切らしていない。アゾロは今日はもう無理だが、父はあと2・3本の手合わせくらい余裕だろう。現役騎士であり、『ディオアンブラ伯爵領最強の捕食者』である父には、アゾロとの手合わせくらい息を切らせる程でもないらしい。


 父のこの余裕の態度にアゾロの癇癪かんしゃく癖が爆発する。

 ムカつく!!

 体力マウント取りやがって!


 立ち上がれないままで、アゾロは父を睨みつける。

 そんな娘を見下ろしながら、父は冷静に言った。


「……コブシ…っていうか。『ワンパン』だけで言えばオレよりも強いかもな。……ま、もしオレに当てられたらだけど」



『達人じゃないんだから相手にてたきゃ前に出ろ』


 アゾロにそう言い残し、娘との手合わせを締めくくった父は、木剣を天秤てんびん棒のように肩の上に担いで、倒れたアゾロをその場に残したまま、丘の下の我が家へと帰っていった。




…To Be Continued.

⇒Next Episode.

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