チーク

しおとれもん

第1話ベビードール

。「チーク」


第1章

「ディスコで待つ女」


1988年夏ディスコ。

ミラーボールがきらびやかなマーブル模様のイルミネーションを壁に這わせていた。

すっかり暗闇と化したチークタイムにぎこちない2人がダンスホールから浮いていた。セーラー服とラフなTシャツ男

セーラー服を着た少女と駆け出しの遊び人風、若いサラリーマンだ。

「ホントのチークダンス、知ってる?」シャルウィダンス?とチークを誘ったチャーミングなJKに問い質された百戦錬磨、19歳の俺はうんと言ってイッチョ来いや!と構えていた

。子供とチークダンスなんてあり得ない!と高を括っていた。

ところが俺より背の低い彼女が背伸びして俺の頬と頬を然り気無く接触させた!これがチークダンス。よ?

耳許で囁く!彼女のふっくらとしたスベスベのチーク!

パルピテーションで発熱しそうだった!

とんだサプライズに息遣いが荒く耳元が熱くフワフワと浮いた気分になった。

こんな少女に手解きを受けるなんて考えただけで高揚がレベルアップした!hァハァと野獣並みのときめきを彼女に知られたら恥ずかしいので背中を起立させたが、後の祭りだった。

 こんな女子高生に19の俺がやり込められ焦る自分が一人、高揚してJKに振り回されてダンスが終わった後も放心していた。

時は流星の様に流れこの店も幾度となく改装していた。

 ディスコベビードールは新規オープンを繰り返して、VIPルームも過ごしやすい様に壁全面に孔開きの消音ボードを設えているから少しは静かで携帯電話で通話しても相手の声を聞き返す事無く、普通に聴く事が出来る様になった。

以前のVIPルームは暴走族御用達で、金髪リーゼントヘアの総長とやらが、3Pソファーでふんぞり返って顎でパシりの部下を使っていたから誰もVIPルームに近付かず、風評被害もあって、倒産していた。

それが今では経営者が刷新されて古い遣り方ではダメだという事で、VIPルームでは完全密閉されグラスをテーブルに置くノイズまで聴こえる。

照明も以前は薄暗く犯罪者の温床という雰囲気があったが今では皆無!ダンスホールとVIPルームの取り合いは防音防弾ガラス張り、壁に間接照明を施し、開閉ドアも防音防弾ガラスのお出座しだったがドアを開閉時にはダンスホールのアナーキーな騒音が慇懃無礼に侵入するが、お洒落な照明で、通路はランウェイを彷彿とさせる割りと今風のトレンディな女子が好みそうな佇まいだった。だからダンスホールのノイズも愛嬌があって逆に人気だった。喫煙サイトも有った。

第2章

「エースをねらえ!」


「ここ、空いてます?」あ?ああ、オレンジジュースをすすりながら声の女性を見上げた。

懐かしいここでの思い出を回帰していたところでウェルカムな俺は

「どうぞ。」と言ったが女が座らず余所見していた。何十年ぶりでここの前を通ったから懐かしさに駆られて衝動的に入店していた。

俺が気付けばここのVIPルームのソファーに座っていた。そんな話だ。

店内のダンスホールにはガチャガチャな音楽がガンガン響いている。が、この部屋はバッハの組曲が流れる。

客は勝手に躍っていた。

八束孝(やつかたかし)も手を降り腰を振り適当に上下肢も振っていた。

所謂ディスコミュージックだ。

躍り疲れてVIPルームに入り腰を落ち着けて

オレンジジュースを飲んだタイミングで声を掛けられた。

女性はまだ立ったままで俺のリアクションを待っていたように思えて、手を拡声器の様に頬に当てて、「どうぞー!」と言ったが彼女はガラス越しに躍っている若い男性客を観ていたから気付かずに立ったままだったから俺も立ち上がり、どうぞという手招きをして空席に彼女を招いた。

ニコリと俺の右隣に座った彼女は俺の座高と同じくらい高く俺の顎が彼女の左肩と同じ高さだ。

スタッフに何か頼んでいた様だ。

「こんな派手な場所におじ様一人なんて、お洒落ですね。」髪の毛が肩より短く細い首筋と分厚い耳たぶが露出していた。

ガールではなくレディだ。ショート?いやショートボブ。

不意に彼女から話し掛けられる。

「今どきディスコなんて呼ばないんでしょう?」少し顎を上げて彼女寄りにいったが、誰かがVIPルームの開けっ放しのドアを閉めたから通常の会話で凌げた。

「あー、クラブの事?」にこやかな彼女の笑顔に絆され、「うんそうそう。なに部?」ボケてみた。

「テニス部!」そう声高に俺を見詰めて言いながらルームのドアを開けてホールに出た。

ウワン!と騒音が入ったかと思うと静寂が騒音を制して隣の会話が分かる。

ホールにはスポーティーな曲が掛かっていた。

ホールの全面の壁には全て鏡張りで何処に身体を向けて踊るか分かりやすい様にミラーが設えてあったから、VIPルームでも彼女の顔や胸の膨らみや腰の括れやらが、見えて、背中とヒップもこちらから拝める。

女の背中は、男の背中よりもフェロモンとオーラが放出されていて、幾人かの優男がツーショットのダンスを申し込んでいたが、全部断られていた。

両手を上げて3回転したあと派手めに両手でバツを作りペコリと頭を下げる。

そんな可愛い断り方をされたら、憤りなんて残らないんだろう。

断られた男は、みんなニコニコ顔でイイヨ!と言う風に手を振りホールから退出していた。

多分イイ女に見えるんだろう若い青年が好きに為りそうな顔面と身体つきだから俺なんかは

話している時に見え隠れする彼女の本質を見極めて良いか悪いか決めてしまう質だから若い人は苦手な分類に入る。

しかし、不思議な出逢いをしたよな・・・。

ホールのミラーを観ると彼女が右手でラケットを持ちサーブをしていた。こういうダンスもありだな。

テニスコートを想像出来る。

ハイクオリティなダンス。

次にレシーブ!

右手首を立てて左手をラケットに添え強烈なボールを打ち返していた。

バックハンドだった。

それからラリーが続き結局彼女がエースを取った様だ。

第3章

「彼女の情熱」


ダンスを終えてVIPルームに戻る。

「スゴいね、テニスを真似たダンス。

良く来るのここに?」

「うん!まいにち。」言ったあとピンクの3Dマスクを外して肩をすぼめ小首を傾げてスタッフが運んできたモスコミュールをひと口飲みスティックチーズを噛った。

眉毛が流線型に細くカットされていてエクステか、と思わせるナチュラルな睫毛が良く手入れされていた。

前髪が同じ長さにカットされていて口元の口角が切れ長で真紅のルージュが映える。

そうかあ、毎日。

じゃああの時の夜も次の日にも来たんだな。

おぼろ気に脳裏に浮かんだ考えを巡らせようとしたとき、「あのときは銀縁メガネだったでしょ?」含み笑いの人差し指は俺を指していた。えっ!

あのとき?

「もしかして、30年ぐらい来てるの?」

うんと含み笑いのまま無言で頷き残りのスティックチーズを頬張った。

「もう35年ぐらいかなあ~。」両手を広げてどれくらいの年月を待ちわびたか、表していたが、そうとは知らず、スタッフにコークとフライドポテト盛りを注文した。

第4章

「カミングアウト」


「ねえ、ちゃんと話ししない?」あ、ごめんと言いながら彼女と対峙するために正面の椅子に座り直した。

「と、言う事は貴女が52歳と言う事かな?あのときは17歳って言ってたから僕が54歳だからね。」

「ヨーク覚えてるね!良く出来ました。」

俺が幼児みたいにテーブル越しに白い腕を延ばし頭を撫でて、「私に興味無いって思ってたわ?」

私は毎日来てたのに。

と、怨み言を聞かされて「貴方が誘ってくれたならホテルまで行くつもりだったわ!

そんなの俺がまだ未成年だったし、君のチーク指南で放心していたなんて口が割けても言えなかった。

チークの後、私に見向きもしないから直ぐ帰った!」と聞くと自宅は?と聞いたらディスコベビーフェイスの裏側の巨大なマンションに住んでいて、徒歩1分でここへ来られたそうだ。

彼女はVIP会員で入場料千円で入れて飲食は無料だそうで、高校生の時に卒業まで毎日来られたんだと理解した。

35年前のセンセーショナルなチークの出逢いから35年隔てて太平洋でハエとハエがぶつかった奇跡にモスコミュールとバイオレットフィズで乾杯した。

第5章

「ジェンダーレスに乾杯」

クスリみたいなこの味が昔を彷彿とさせていた。

「チークダンスしよ!?」彼女の提案で席を立った。

名前は?何丘美玲(なにおかみれい)

俺は、八束孝(やつかたかし)。

頬と頬をくっ付け太股を股間に入れる。

正式なチークダンスのフォームだ。

あれ?股間が無い!良く観ると美玲の腰が引けてる!

「嫌なら止めても良いよ?」耳打ちをしたが、彼女の身長が180センチあるのでチークをくっ付け易い様に腰を引いているんだと、聴いた。

そして成人に為る前に急成長して身長が180センチに為ったとも。

成る程並んだら違和感が有る!

良く気付かなかったもんだ。

ずっと座りぱなしだったからだろう。

彼女のミニスカートの裾が股スレスレで椅子に座ったらパンツが見えるんじゃないか?と思えるくらいセクシーでインパクトがあった。

その昔、ディスコベビーフェイスは神戸三ノ宮にあった。

ワシントンホテルの北側に君臨する生田警察署の裏道を100メートル南下した交差点の西角の地下一階にあった。

未成年の深夜徘徊・屯・飲酒・喫煙が無いか、取り締まりの格好の標的だったから客入りは疎らで、やがて忘れた頃に店を閉じてしまった。

20代前半の俺は衝撃的な強いあの出逢いを忘れられないでいた。

やがて結婚をし、子供をもうけたが、自発的に離婚をした。

新しいひと幕を開ける為に。

たくさん出逢い、恋愛をしてきたが、彼女の様なタイプの女性は人生初めてと言える。

女子高生の子供が19の俺を手玉に取り余韻を残して去って行った。

しかし、その彼女も俺にときめきを感じ、出逢った時間と場所に毎日35年間通い続けた訳だ。

こんな奇跡が有って良いものか!?真っ直ぐ美玲を観る。

美玲もこちらを見詰めている。熱い眼差し。

「私・・・。」うん?

「黙ってないで何とか言えよ!?」こちらも為口になった。

一度、眼を臥せた。

もう話さないんだと思って、席を立とうとした刹那、「ちょっと、おじ様!」

痛切な叫びだった!

「おじ様をどう呼べばま?」また、腰を下ろして美玲と対峙する。

「八束おじさんでいいよ?」とだけ答えて優しい眼差しを美玲に向けた。

一度か2度、VIPルームのガラスドアが開いて、それが合図だと思えたのか「八束のおじ様、私高校生の時、・・・安室奈美恵ちゃんのファンだったの。」それで?

会話のプロトコルは間違っていなかった。

「それで放課後、・・・教室の隅で歌いながら躍っていたの!」紅潮した顔面を俺に真っ直ぐ向けて叫ぶように告白した。

「突然、同級生の埴輪喜久男(はにわきくお)と2人の取り巻きの計3人が入って来たわ!」乱入と言った方が相応しいらしいが、涙目から涙が落ちるインターバルが速かった!「レイプされたの。」ハァーと深いため息を突いた所で美玲の顔面は、随分と落ち着いた血色になっていた。一呼吸置いた。

「レイプ?」復唱したが、普通に高校の教室でレイプされるか?

と思いが過った。

が、警察に届けたか?の問いに彼女は首を横に振った。

「そんなこと、言える筈無いじゃない!」残りのモスコミュールを飲み干す。

「だって、ヤられたのはお、し、り、なの・・・。」

彼女が小さく見えた。

え?何か言おうとしたが言葉に詰まる。

「何でお尻?」疑問をぶつけてみたが、明確な返答は得られなかった。

「なんで尻なんだろう・・・・。」

言葉に出たが、美玲が意を決したかの様に、「あの時は、実はね。」

一度、唾を飲み込んで一気に告白し出した!

「実は私はじょ⚪️う⚪️だったの!」

冒頭は大声からフェイドアウトして行った。

私は女装気味?

女装者?女装男?思い付く言葉を並べて彼女に言った。

しかし、ハズレだったのか、頷いてくれなかった。

「近いけど全部違うわ!分からないでしょうねえ~」歌う様に言う。

諦めたのか?半分当たり?聞いてみたが・・・・。

「バカ!全部違うわ!」突然怒りだした。

「私は女装子なのよ!」しんと静まり返ったVIPルームに美玲の大声がハウリングした!

「全員こっちを観てるぞ美玲!?」

いつの間にか美玲と呼び捨てにしていた。

「あ、ごめん為で名前呼んだ。」頭を掻きながら謝罪したがその方が私にピッタリと呼び捨てを肯定した何丘美玲。

真性のトランスジェンダーだった。

35年前にチークダンスの手解きを受けたあの少女は、幻の偶像だった。少なからずともあのトキメキは、真実だった筈。そしてノスタルジーと共に俺の目の前に居る女に男の本能を掻き立てられている。

なにしてんだ孝!

相手は歴とした男じゃないか!?

「もう手術をしたの?」コクりと頷いた。

「でもアリナシなの・・・。」

ということはイチモツは着いていて、睾丸だけ除去した訳だ。

男性ホルモンの基を絶った訳だ。

丸みを帯びた肢体にきめ細かい白い肌が、それを伺わせる。

しかし、美玲の女としての俺の興味が徐々に薄れて行った。

「トイレに入って立ちションとかするの?」明け透けに聞いたが、男同士の気安さがそう言わせたのだ。

「バカな事を言わないで!」そっぽを向いたその刹那、「ラストオーダーですので、ご文を頂いてから品が出て参りましたら30分後にクロスに為ります。」

スタッフが丁寧に退出勧告をしていた。

徐に腕時計を見たら午前4時半だった。

早朝なのに美玲はミックスピザを注文したようだが、「そんなの冷凍のピザを解凍しただけのクソ高いだけの一品だぜ!?」と教えたら、「冷凍食品が好きなのよご一緒しない?」

三ノ宮界隈の安物スナックのママが言いそうな発言を聞きご一緒する事にした俺は、ラストに生搾りグレープフルーツジュースを追加注文した。

俺はソフトドリンクしか好まない。

ここでアルコールを多量に飲んで酔っぱらうのは愚の骨頂!カッコ悪いおじさんの部類に入る。

多分そんなカッコ悪いおじさんになっていたら美玲も声を掛けていなかっただろう。

やがて、がなりたてる様なディスコミュージックもスローなブギになり、ブルースでフェイドアウトして行き終わった。

支払いを済ませ、店外へ出たら空は既に夏の青空で、日常の雑踏がそこに有った。午前5時半。

美玲を観ると外に出る前にメイクを直したのか綺麗に整っていた。

「おじ様、これから私のマンションに来る?」両手をジャケットのポケットに突っ込み誘っていた。

ムチムチのミニスカートに祖剃られるが、続きはやらない。

爛れた生活にピリオドを打つ為に国体道路に路駐してあったアルファロメオに乗り込み、歩道で立ちっぱなしの美玲に手を振った。

「まかはいリフォーム?」美玲がフロントドアに描いている社名と広告コピーを読んだ。

「そう!俺の経営するマカロニハイブリッド社の系列の会社だ。」

正確にはマカロニハイブリッドハウジングデザイナー事務所(株)と言う。

美玲と最後の会話を交わし、アクセルを踏んで加納町1丁目の陸橋の近くに住むクライアントの戸建てに向かった。

しかし、ディスコベビーフェイスと裏側のマンションが跡形もなく忽然と消えていたと知ったのは

リフォームの契約を終えて帰り道に国体道路を走りながら何気に右を観たときだった。

不意に脳裏に響く!「八束のおじ様!ス・テ・キ。」美玲がカミングアウトした様だった。(了)



















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チーク しおとれもん @siotoremmon

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