第38話 気さくさん《ロナ》

「綺麗な人だったね」


 帰り道、何となく、アマネの感想をそう口にする。


「そうね。それよりも、ごめん、ロナちゃん、ヨツカさんのこと、勝手に引き受けちゃって」

「……うん。流石に、びっくりしちゃったかな。てっきり誰か、もっとちゃんとした人に引き渡すものだと思ってたから」

「本当はその方が良かったのかもしれないけどね。ヨツカさんがダンジョンに潜りたがってるの見て、思いついちゃったの。ここでこの人を引き込めたら注目を集められるなって」

「ああ、だから」


 納得が行く。あの場でさえも、彼女は配信者としてものを考えていたらしい。ロナには全くそうした視点がなかった。


「ヨツカさんもごめんなさい、そんな理由で誘ってしまって」


 背後を歩いていたヨツカにもテルラは謝罪するが、相手は首を横に振った。気にするなということだろう。


「それと、ヨツカさんの住まいなんだけど、ロナちゃんの家、大丈夫そう? 無理そうなら、ちょっと狭いけど、アタシの部屋で預かるよ?」

「大丈夫……だと思う。お母さんも、最初はびっくりするだろうけど。食費とかも、全然かからないだろうし…………かかりませんよね?」


 後ろを向いて確認すると、骸骨の頭部が前後する。


「そっか。やっぱり無理ってなったらいつでも言ってね」

「そうする。それよりこの後はどうしよっか」

「早速だけど、ヨツカさんも交えて配信したいな」

「向こうの視聴者さんにも、報告するって約束してるしね」

「ああでも、その前にどこかで何か食べよ。流石にお腹空いた」


 テルラのその提案によって、目に着いた飲食店へと三人で足を向ける。ヨツカの入店を断られないかと心配だったし、実際彼の姿を見た店員はぎょっとしていたが、テルラが我先にと先導し、有無を言わさず席に陣取ってしまった。

 ヨツカがその対面に座り、ロナはテルラの隣に座る。

 店員は接客の際、始終おっかなびっくりとした対応だったが、ヨツカについて言及することはしなかった。店にいた他の客達からは盛大に注目を集めていた。ロナは居心地が悪かったが、テルラは気にしたふうでもなかった。


 食事の間、ヨツカは微動だにせず座っていた。最早物を食べられない彼はどのような心境で自分達を見ているだろうか。ロナはその点も気になっていた。退屈だろうか。羨望だろうか。

 店を出ると、そのままテルラの家に向かう。

 家に上がると、丁度リビングから出てきたその母親に出くわした。

 彼女の家族と対面するのは、ロナは初めてだった。


「あ、お邪魔します」


 ヨツカを見て固まっているテルラの母へ、ロナは軽く頭を下げる。


「何、それ」

「……友達」


 それに構わず、彼女は自身の娘へとヨツカについて問いかけた。テルラは極短い返答。


「そう。ごゆっくり」


 それだけ言うと、彼女はロナ達の脇をすり抜けてどこかへ出かけていってしまう。

 え、それでいいの?

 ロナはその反応に驚く。騒がれても困るのだが、それにしたって動く人骨に無感動だった。


「何に対しても興味の薄い人なの。父もあんな感じ」

「……そうなんだ」


 反応に困りつつ、二階へと上がってテルラの部屋へ。


「着替えるね」


 荷物を下ろし、彼女はそう言って自身の服に手をかける。

 手早く下着姿になったのを見て、ロナはいっそ感心した。

 この場にはヨツカもいるのに、彼女はそれを気にしていないらしい。普段からビキニアーマー姿を晒しているテルラからしたら、下着姿くらい気にする程のものではないということか。

 それにしても大胆な。

 と思ったら、彼女は衣装選びの途中で手を止めて、ぎょっとしたようにヨツカを見た。


「後ろ、後ろ向いて下さい!」


 どうやら単にその存在を失念していただけのようだ。或いは男性であることを失念していたのか。顔を赤くしているテルラが新鮮で可愛い。


「平然と着替えてるから、びっくりしちゃった」

「男の人がいるって忘れてたの。見た目完全に骸骨だもの」


 言いながら、いつも通り露出の高い衣装を身に纏う。


「先にシャウターで告知だけしておくね」

「うん、お願い」


 ロナはスマホを取り出してSNSを開いた。


「あ、一気にフォロワーさん増えてる」

「ヨツカさん効果だね。このままアタシ達のリスナーとして取り込めると良いんだけど」


 お話纏まりました。これから配信でお知らせします。そう告知シャウトする。リシャウトといいねが瞬く間に増えていった。リプライも寄せられる。


「凄い反応だよ」

「史上初の事例だからね。この短時間でも結構拡散されて注目集めたんでしょ」

「ほんとだ。トレンドに載ってる」


 話しながらテルラが机の前に着席し、デスクトップパソコンを起動して操作する。ロナもその隣に腰を下ろした。


「あ、ヨツカさん、もう大丈夫ですよ。アタシ達の後ろに立っててもらえますか?」


 テルラの呼びかけで、ヨツカが背後に陣取った。


「良し、登録者数も増えてる」


 言いつつ、手早い操作で配信が開始される。


『こんテロ』

『初見』

『はじめまして』

『さっきの配信見ました。ヨツカ君、どうなりましたか』


 これまでの比でないスピードでコメントが寄せられる。今日初めて視聴した人が多いようだった。当たり前か。


「皆さん、こんテロ」

「こんテロです」

『何か偉い落差のあるコンビだな』

『セクシー系と地味っ子』

『どっちも可愛い』


 ロナ達に対する感想も書き込まれる。


『後ろに立ってるのは?』


 カメラの角度の都合上、ヨツカの姿は衣服の部分しか見えない。白骨化している手もロナとテルラの影だ。

 そのコメントに、ヨツカが中腰になってカメラを覗き込んだ。


『!』

『マジで骸骨が動いてる』

『どうなってるの』

『そこテルラちゃんの部屋だよね。ということは……?』

「はい。結論から言いますと、ご遺族の方とも協議した結果、ヨツカさんはアタシ達で引き取ることになりました」


 それから、テルラはそこに至るまでの経緯を説明していく。主にヨツカに生前の意識があるらしいことと、その希望について。


「というわけで、ヨツカさんはロナちゃんにテイムされたまま、アタシ達と一緒にダンジョン探索してくれるそうです」

『そっかぁ。死んでも探索者か。筋金入りだな』

『またあの光景が見れるのかな?』

『ヨツカ君、今でも召喚って出来ますか?』

「ヨツカさん、どうですか? 精霊、呼べそうですか?」


 ロナがコメントを代弁して尋ねたところ、彼は首を横に振った。召喚はもう無理らしい。だからこそ亡き父親の剣を求めたのか。


『残念』

『それでも見続けます。ヨツカ君の行末が気になるので』

『最後の戦いで使っていた精霊の名前だけでも教えてもらえませんか?』

「精霊のお名前……」

「ええと、紙、それとペン」


 テルラが急いでそれらを用意すると、ヨツカはテーブルで文字を書き綴る。ロナがそれを受け取って読み上げた。


「オーディンとグレートマザーだそうです」

『やっぱりオーディンか』

『グレートマザー?』

『後者は神話でも聞いたことないな』

『ありがとうございます! 自分も呼べるように精進します!』


 彼と同じサモナーからのコメントにヨツカは親指を立てていた。その仕草がちょっと気さくに見えた。

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