第37話 意志《ロナ》
モンスター化した死体をテイムした。地上に戻り配信を終えたロナ達はギルドにそう報告した。背後に歩く骸骨を引き連れて。
初めての事態にギルド側も対処に困ったようだった。暫く待たされて、別室に通される。
テルラの着替えを挟んで移動した先には一人の壮年の男性が待っていた。挨拶をされ、ギルド長であることを知る。
「先程、ご遺族の方に連絡したから、申し訳ないけど少し待ってもらうよ」
「はい。その後はどうなりますか?」
テルラがギルド長に尋ねた。
「それは何とも。前例のない事態だからねえ。死体のモンスター化か」
ロナ達はソファに座らせられ、ヨツカは自然とその背後に控えるように立っていた。ギルド長はそちらに歩み寄り、観察する。
「人間の死体として扱うべきなのか、モンスターとして扱うべきなのか、……或いはまだ生きている人間として、人権を尊重されるものなのか。まあ、遺族との話し合い次第だろうね」
そう言って、ギルド長も席に戻る。
「ヨツカ君のことは知っていたかい?」
「ネットで見て、少しだけ」
「私は、全然……」
「そうかい。彼は腕の良いサモナーでね、高校生にしてソロで下層探索をするくらいで、私も期待していたんだが……。父親が死んでまだそれ程経っていないのに。まさかこんなことになるとは。知ってるかい? 彼もこのギルドの所属だったんだよ。君達の先輩だね」
「知りませんでした」
「テルラさんは探索者を始めて半年程度なのにソロでも中層で戦えるそうだね。期待しているよ。ロナさんも」
腕の立つ冒険者の数は、足りているとは言い難い状況だから。ギルド長はそう続けた。
それから少しして、扉を叩く音。職員に伴われて、ヨツカの遺族が入ってくる。
それはロナ達と歳の変わらない少女に見えた。美しく、儚げな印象だった。
「この度は兄がご迷惑をおかけしました」
少女が頭を下げる。その姿にロナはいたたまれないものを感じた。
「母親は?」
ギルド長が一緒に入室してきた職員に問う。
「心労が嵩んで、来られる状態ではなかったそうです」
「そうか」
ギルド長の視線がロナ達に向けられた。
「謝る必要はないですよ。あれは死体がモンスター化したもので、貴方のお兄さんがやったことではないんですから」
「こちらこそ、お兄さんを勝手にテイムしてしまって……頭を上げて下さい」
「取り敢えずソファにかけて下さい。今後の彼の扱いについて話しましょう」
姿勢を戻した少女が兄の亡骸を一瞥し、着席する。
「最初に断っておきますが、我々としてはご遺族の意向を第一に優先したいと思っています」
「……ありがとうございます」
「ええと、失礼ですが、お名前は」
「赤羽アマネと申します」
「アマネさん、ヨツカさんの扱いについてご希望はありますか?」
「希望……」
「例えば、ただの遺体に戻して家族で弔うとか」
ギルド長に言われ、少女、アマネの視線がヨツカに向いた。
少女が黙考する。
「そうしたい気持ちはありますが、そのために兄をもう一度殺すのには、抵抗があります」
「そうでしょうね。そうなると、残る選択肢としては大まかに、テイムされたモンスターとして暮らすか、非常に稀有な事例で生じたモンスターとして、研究施設に送るか」
「施設は止めて下さい」
アマネがギルド長の言葉に間髪入れず答える。
「当然、そうでしょう。となるとモンスターとしての生活になりますが……例えば暫くテイマーの下に預けて、人との暮らしに馴染んでからお宅で引き取るなどは、希望されますか?」
「それは」
少女は答えに詰まって、再びヨツカを見上げた。
難しい問題だろうな。話を聞いていて、ロナはそう考える。兄のそれとはいえ、動く人骨との生活となると気持ちの良いものではないはずだ。
「そうでないとすると、このままロナさんのテイムモンスターとして生活するのは。勿論、ロナさんがそれを拒んだ場合、また別なテイマーの下で、ということになりますが」
ロナ自身も、それは嫌だなと思う。家に人骨モンスターでは落ち着かない。
アマネは中々答えを見つけられないようで、沈黙が訪れようとした。
それを背後の足音が破る。ヨツカが動き出した。全員がその動きに注目する。
彼は近くにあった机まで歩いていくと、そこにあった紙とペンを手に取った。そして何事か書き始める。
「何か命じたかね」
「いえ」
ギルド長の確認の問いに、彼の主となっているロナは首を横に振った。完全にヨツカの自発的な行動だ。
全員が立ち上がりその手元を覗き込む。
親父の剣。大きく歪な文字でそう書かれていた。
その場の全員が息を飲む。
「意識が、あるのかね」
一番早くその衝撃から立ち直ったのはギルド長だった。その問いかけにヨツカが頷く。
「生前の、ヨツカ君の意識が?」
再び頷く骸骨。ギルド長が天井を仰いだ。
意識、あったんだ。それまで一緒に行動していたロナも驚いた。てっきりただのモンスターと同じものくらいに捉えていた。
ヨツカは文字が書かれた紙をアマネに差し出す。
「お父さんの、剣? 欲しいってこと?」
また首肯。
「どうして?」
震える声でアマネが問う。
するとヨツカは差し出していた紙を引っ込めて、また何か書き出した。
ダンジョン。
ヨツカはそう書き記した。
「馬鹿じゃないの!」
途端、アマネが激昂する。ヨツカに詰め寄り、その胸ぐらを掴んで揺さぶった。
「ねえ、もう死んだんだよ!? 一回死んだの!! こんなになって、何でまだ潜ろうって思うわけ!? サモナーが剣持っても何も出来ないでしょ!? 何がそんなに楽しいの!??」
目に涙を浮かべて訴えるアマネ。それに対しヨツカは答えられない。胸ぐらを掴まれて紙面から遠ざけられてしまった。答えようがない。
暫くヨツカを見上げ、睨みつけていたアマネはやがてその手を離し、皆に背を向けて息を落ち着ける。
その間にまた、ヨツカは紙へとペンを走らせた。
ヴァルハラ。
三度目に書き示されたその文字は、一同にとって理解不能だった。少しして振り返り、ヨツカの手元を覗き込んだアマネも首を傾げている。
ギルド長が難しそうに考え込んでいた。
「どういうこと?」
アマネが尋ねると、天国という返答。
結局、ヨツカが沈黙してしまったので、それ以上のことは分からなかった。彼は何が言いたかったのだろう。ヴァルハラとは。
「ギルド長」
テルラが発言する。
「先程はご遺族の意向優先と仰ってましたが、この場合はどうなりますか? 本人の意志もあるようですが……」
「あ、ああ、難しくなってきたね。どうしたものか」
「……ヨツカさん、もしまだダンジョンに潜ろうというのでしたら、このままロナちゃんにテイムされて、アタシ達の仲間として、というのはどうでしょうか」
「え」
テルラの提案にロナが驚く。その可能性はあまり考えていなかった。モンスター化した死体、前例のない事案、自分の手には余る話であり、当たり前のようにヨツカの身柄はどこかの別な誰かに引き渡す前提で考えていた。
考える間を挟んで、ヨツカが頷く。それから許可を求めるように、ヨツカとテルラの視線がアマネに向けられた。
助けを求めるように、ロナも彼女を見る。
兄と見つめ合って暫し、彼女はため息を吐いた。どう見ても諦めのため息だった。
「分かった」
そう告げた彼女はとても疲れて見えた。
「剣、一緒に家まで取りに行く?」
骸骨は頷く。
「うん。じゃあ、そうしよっか。何にしてもまずは帰宅してもらわないとね。お手数ですが、同行してもらえますか?」
「分かりました」
テルラが返事をしてしまう。これでヨツカの加入が決まってしまった。
どうしよう。
自分が彼の身柄を引き取るのか。
白骨死体と暮らすことの抵抗と、骨になっているとはいえ男の人が家に来ることの抵抗、特に後者の方が大きいだろうか。それに母の反応も気になる。モンスターテイマーとしてのダンジョン探索に同意したくらいだし、モンスターを連れ帰って怒るということはないだろうが、今回の場合については分からない。
しかしながら、場の空気は決まってしまった。
ギルド長に挨拶し、ヨツカのバッグにあった素材を換金して、四人でギルドを出る。何か不足の事態が生じたらいつでもギルドを頼ってくれと去り際に言われた。
ヨツカとアマネの家への道を無言で歩く。
「こちらでお待ち下さい。お兄ちゃんも、ちょっと待ってて」
家に辿り着くとリビングに通されて、彼女は一人で別室へと向かっていった。
少しして、一振りの剣を手に戻ってくる。
「ごめんね。お母さん、今は会うの無理みたい」
どうやら母親の様子を見に行っていたようだ。
我が子がこのような姿になってしまった母親の胸中はどのようなものだろう。まして子が死んだと聞いて悲しんでいたところへ追い打ちのように生じた事態である。
「仕方ないさ」とでも言うように、ヨツカは首を横に振っていた。
ダンジョン探索時はテイムモンスターとして働いてもらって、普段は実家で生活。ロナはそういう展開に一縷の望みを託していたのだが、それも絶たれた。
「はい、お父さんの剣」
父親の形見をヨツカが受け取る。
両手の空いたアマネがヨツカを抱きしめた。骨の手が少女の身体を優しく抱きしめ返す。
その後、ロナとテルラはアマネと連絡先を交換し、ヨツカを伴って家を出た。去り際、ヨツカがただの骨に戻ることがあったら必ず返すと約束して。剣以外のヨツカの所持品はアマネに預けた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。