第16話 ジョブのある世界

 今日も放課後、河川敷に向かって鍛錬に励む。テュルとの打ち合いは最低限で済ませて、早々に地べたへと腰を下ろした。

 吹き渡る風を感じながら瞑想に耽る。

 気配はもう直ぐそこまで来ていた。

 期待に逸る気持ちを抑えながら懸命にそれを手繰り寄せ、そして漸く手が届く。

 チャンネルが開いた。

 新たな精霊の存在、その情報が俺の中に流れ込んでくる。その存在を感じられる。


「ふはははは」


 その感触と達成感、何より新たに交信出来るようになった精霊の異質さに思わず笑い声が漏れた。

 これは面白い。

 新たな精霊の力に対する感想はそれに尽きる。

 この手の能力の精霊と交信したのはひょっとしたら俺が世界初ではないだろうか。そんな自惚れた考えまで頭をもたげてくる。異常な能力の精霊だった。

 早速その力を試してみたくなって、俺は瞑想を止めて目を開いた。


 精霊を呼び出す前に周囲の確認をしようと辺りを見回したら、後方にその人物を見つけた。

 制服姿のアザミが距離を取った位置からこちらを見ている。

 彼女は俺がその存在に気が付くと、こちらに近寄ってくる。

 何か用事だろうか。最近、一気に彼女と話す機会が増えたな。そんなことを思う。


「お疲れ様。隣、いい?」

「うん」


 アザミが俺の隣に座る。


「いつからいたの?」

「ちょっと前から。昨日、ここで修行してるヨツカ君を見たってムツオ君達から聞いて、今日もいるかなって様子を見に来てみたんだけど……邪魔したら悪いかなって遠巻きに眺めてたの。休憩中?」


 そういえば昨日、アザミ達とムツオ達が会っていたと篠岡が言っていたな。その際に俺のことが話題に上がったのだろう。


「いや、瞑想中だったんだ。新しい精霊と交信するためのね」

「そうなんだ。サモナー独自の修行だね」

「モンスターテイマーはどんな修行をするの?」

「…………そこは、ナイちゃん達にお任せで」


 ふと気になってモンスターテイマーはどんな修行をしているのだろうと尋ねてみたが、あまりテイマー自身が何かするジョブでもないだけあって、テイマー自身の鍛錬というものはないようだ。或いはアザミがサボっているだけかもしれないが。

 それから少しの間、日曜日に予定されているゲスト配信の詳細について話し合った。

 一通り話が纏まると、アザミは言葉を切って辺りを見渡す。


「この場所、懐かしいよね」

「俺はしょっちゅう来てるから、そういう感覚はあんまり」

「あ、そっか。わたしは……あれから寄り付かなくなっちゃったから」

「あの事件か。懐かしいな。もう十年前くらい?」

「そうだね。もうそんなになるんだ」


 アザミの言葉を受けて、俺の脳裏にはとある事件が蘇る。

 それは今から十一年前、俺達が小学一年生の時の出来事。

 当時、俺とアザミは同じクラスでまだ仲が良く、そこにクラスメイト何人かを加えてよくこの辺りで遊んでいて、その日も、学校帰り、何人かで集まって遊んでいた。十人くらいはいたと思う。何をしていたのだったか。サッカーだったか、ドッジボールだったか。ボールを使っていたのは覚えているのだが。確かアザミが結構強かったようにも記憶している。

 暫く遊んでいると、そのうちの一人が遊びの場を離れて別な集団と話しているのに気が付いた。その様子がどことなく不穏で心配になり、皆遊びを中断してそちらに集合していった。


 集団は上級生のグループだった。男子ばかり、十人弱。八人だったか。

 彼らが何を話していたかは単純で、遊び場所を変われと要求する上級生に仲間の一人が絡まれていたのだった。絡まれていた彼はやんわりと断っていたようだが、上級生達はそれに対して只管気色ばんでいた。

 全員がその場に集まったことで、口論は更に加熱した。

 変われ、変わらない、変われ、向こうも空いてるだろ、駄目だ。そんなやり取りが繰り返された。

 いつまでも続く高圧的な命令に、そのうち俺達の仲間の一人が耐えきれず怒った。


「いい加減にしろ!」

「黙れ」


 上級生のリーダーは自身に詰め寄って怒鳴る俺達の仲間を殴りつけた。殴られた仲間が尻もちをつく。

 それに対してこちらの仲間内で正義感の強かった奴が更に怒る。上級生に向かって掴みかかろうとした彼の顎を、真下から相手の拳が捉えた。小さな身体が宙を舞った。

 リーダーの少年は更に、殴られて地面に倒れた俺のクラスメイトに追撃を加えた。容赦なく。倒れた身体を蹴りつける。彼の仲間は得意な顔をしてその光景を見ていた。俺と同級生達は暫し、驚きと恐怖で動けなくなっていた。


 やがてその中で俺が最初に我に帰り、その上級生を止めようとした。蹴り回された同級生の呼吸音がおかしかった。

 結果、俺は見事に真正面から蹴り飛ばされた。鳩尾に攻撃が入って、宙を舞った感覚を覚えている。

 ジョブだ。クラスメイトに対する攻撃から薄々察していたことを確信した。今にして考えると、恐らく戦士か格闘士。


 蹴り飛ばされた先で苦痛に悶ながら視線を向けると、上級生はもうすっかり満足したのか、顎をしゃくって何事か言っていた。内容は耳に入らなかった。きっとその場を出ていくように促していたのだろう。

 対して俺の頭は怒りでいっぱいだった。痛みの分だけ頭に血が上った。上級生に復讐する力を欲した時、何かが繋がったのが分かった。生まれて初めて精霊とのチャンネルが開けた瞬間だった。


「サモン、サラマンダー!」


 叫んだのを覚えている。

 召喚された精霊、つまり俺にまだ楯突く意思があるのを見て、上級生のリーダーは再び怒気を顕にした。肩を怒らせ、ずんずんと俺の方に歩いてきた。

 ずんずんと歩いてきたのだ。

 慌てて走るでもなく。

 こいつ馬鹿だろ。そう思ったのを鮮明に覚えている。

 同時に、このまま捕まったら殺されるなと薄っすら感じた。

 勿論、呑気に歩いている馬鹿相手にそんな遅れは取らないのだが。


 炎のトカゲは少年を火達磨にした。今なら苦しめずに一瞬で消し炭にしてやれるのだが、当時召喚出来たサラマンダーの火力ではそうはいかなかった。サラマンダーの中でも下位の個体だった。

 絶叫が響き渡る。

 それを見て上級生の仲間の何人かが俺に向かってきた。俺を止めようとしたのだろう。俺はそれをリーダーへの加勢、俺への攻撃の意志があるものと見做した。


 更に数名の火達磨が出来上がった。増える絶叫。

 残りの上級生に目を向けると、一人がこちらに向けて手を伸ばしていた。

 今にして思えば彼はメイジか何かで、ひょっとしたら魔法で仲間の火を消そうとしていただけだったのかもしれない。分からない。今となっては知りようもない。当時の俺は何かが来るという直感に従って行動した。実際、攻撃魔法が飛んできていた可能性も高いので今でも正しい判断だと思う。


 サラマンダーが残りの上級生を纏めて火達磨にした。

 炎に包まれた少年達の悲鳴が消え去るまで、長かったのか、短かったのか。これ以上脅威が降りかからないかと気を張っていた俺にとっては長く感じられた。でもその間誰も大人は駆けつけていなかったように覚えているので、そんなに長くはかからなかったのかもしれない。

 上級生達は誰一人助からなかった。


 真っ黒になって倒れ伏す彼らを確認し、俺が気を緩めサラマンダーの召喚を解いた頃、大人達が集まってきた。

 その頃になってやっと、他のクラスメイト達の存在が意識に戻ってきた。

 彼らは俺を恐れるような視線を向けていた。

 アザミもそうだった。


 死体と、その視線を見て、俺は自分のしたことが不味いことだと、やり過ぎたのではと考えた。

 それから先は到着した警察にそれぞれ引き離されて経緯を聞かれた。皆がどのように説明したのかは分からない。

 結果として、俺は表彰された。

 表彰だ。

 子供心に逮捕も覚悟したのだが、待っていたのは表彰台だった。


 勇気を出して上級生達に立ち向かい、殺されそうになっていたクラスメイトを救った。当時の担任はそう言ってクラスメイト達の前で俺を褒め称えた。上級生から執拗に蹴飛ばされていたクラスメイトは顎を始めあちこちを骨折していた。

 今度同じような目に遭っても絶対に手加減するな。親父は俺にそう教えた。ジョブを利用した戦いは命のやり取りで、命のやり取りで手加減するということは自分が殺されてもよいと認めることだ。そう言っていた。

 それから、絶対にジョブの力を使って人を襲ってはいけないと担任も親父も強調した。


 あの事件は俺達にとって、ジョブを喧嘩に使うのがどういうことなのかの教訓となった。

 火達磨になって黒焦げにされても、誰にも同情さえしてもらえない。

 大きくなった今なら分かる。ジョブの力があれば子供でも容易に人を殺せてしまう。格闘士や戦士の少年にとって同い年の非近接ジョブを殴り殺すくらい簡単なことだろう。幼いメイジがその力をいたずらに振るえば事態はもっと深刻だ。


 実際、俺が経験したような事件は毎年起こっている。加害者側が返り討ちというのは少ないようだが。特に小学校低学年以下で、ジョブの力による少年少女の殺人事件が割合として多い。

 ジョブを持つ以上、幼い子供相手でも侮れたものではないのだ。

 稀に俺のような返り討ち事例に対して、殺すまでやるなんてというような非難の声が上がることもあるのだが、そういうのは未だにジョブの恐ろしさを知らない無知な輩だと逆に批判の的となる。

 ジョブが現れる以前の時代の子供は安全だったというが。


「あの時ね」


 アザミの言葉で、子供時代の追憶から戻る。


「ヨツカ君のこと、ちょっと怖くなっちゃったの。ごめんね」

「無理もないよ」


 かなり容赦なくやったなとは自分でも思う。それに焼死体は見た目の衝撃も強い。幼い少女だったアザミがその光景を作り出した俺を恐れるのは仕方ないことだろう。


「でも、ヨツカ君も怖かったよね」

「……まあね」


 怒りによる闘争本能剥き出しで殺しまくったというのが正確なところで、あまり恐怖はなかったのだが、そこは言わずに頷いておいた。


「だから、今更になっちゃったけど、一人で立ち向かったヨツカ君は凄いね」


 褒められた。

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