第9話 ヨツカの探索風景《アザミ》

 アザミは自室のデスクトップパソコンでじっとヨツカの配信を見つめていた。

 今日のアザミ自身の予定は取り下げてある。本来なら二日連続でダンジョンに潜っているはずだったのだが、昨日あのようなことがあった後ということもあって、到底そのような気になれなかった。

 代わりに、SNSで特定されたヨツカのチャンネルが目に入ったので、その視聴である。


 ヨツカはアザミを助けたことで注目されているようで、アザミの視聴者やそれ以外にも、SNSにアップされた事件の動画を見て興味を持った視聴者が押しかけていた。ヨツカがアザミを助けた一件は話題性のある事件としてSNSでも取り沙汰されていた。

 変に騒ぎに巻き込んでしまったことも謝っておかないと。あまり注目される気がなかったと見受けられるヨツカのチャンネル内容を思い返し、アザミはそう考えた。

 画面の向こうには、今まさに探索中のヨツカの姿。現在は中層を移動中である。


『ヤバすぎ』

『オレの知ってるダンジョン探索と違う』

『いっそ退屈だわw』

『最初のコメントにもあったけど、正にダンジョンの王者』


 画面脇にはそのようなコメントが流れていた。

 実際、普段アザミが自分で行ったり、或いは配信で見かけたりするダンジョン探索とそれは明らかに異なっていた。

 トラップの確認やモンスターとの戦闘のために足を止めるということがない。

 ヨツカ本人はダンジョンの奥を目指し、フェアリーの先導に従ってただ歩くだけ。

 トラップがあればフェアリーが先んじてそれを探知し、ヨツカに知らせ踏み抜くことなく回避、モンスターが行く手を塞いでも、ヨツカ自身が何をすることもなく勝手に精霊が現れて一瞬で排除してしまう。精霊が全て道程を整えて、ヨツカはそこを歩くだけ。


『サモナーってこんな強力なジョブだったの?』


 アザミの感想を代弁するようなコメントが目に入った。


『いや、この人がおかしい。普通名前を呼ばないと精霊は召喚出来ないし、歩きながらイフリートの召喚も無理。足を止めて集中する必要がある。あんな一瞬で出てこない。ましてフェアリー出しっぱなしにしたままとか』

『通常のサモナーとは戦い方が違うってことか』

『ていうかここまでフェアリー出しっぱなしにしておいて回復要らずなのもヤバイ。オレなら魔力回復薬飲みながらぐったりしてるね』

『中層程度なら余裕ってことか。下層に入ったらどうなるんだろうな』

『リンネアちゃんこっち向いて~』


 一切危なげのない探索を見守っているうちに、舞台は下層へと移り変わる。

 本当に下層探索者なんだ。

 アザミはヨツカが下層に足を踏み入れて心配の念を抱くのと同時、幼馴染がいつの間にかそこまでの力を付けていたことに感嘆する。

 下層でも、ヨツカは圧倒的だった。


『相変わらず本人何もしてない』

『まさか剥ぎ取りすら精霊任せとは』

『下層でも一切足を止めないのね』


 コメントの通り、下層に至ってモンスターの強さが上がり、更に素材の剥ぎ取りの手間が生じてもヨツカの足取りに変化はなかった。

 フェアリーがモンスターの存在を告げる、遭遇する、精霊、多くの場合剣を持った精霊が現れてたちまちのうちにモンスターを切り刻む、切り刻まれた死骸の中からフェアリーが素材を取り出して、口の開けっ放しになったヨツカのバッグに放り込む。その繰り返しだ。苦戦というものが一切なく、悠々と歩き続ける。そしてモンスターの亡骸とすれ違い様、イフリートが召喚されて死骸を消し炭にしていく。最後のは多分、他のモンスターの餌にされないためだろう。


『何なんだあの精霊』

『テュルな。モンスターの撃破と解体を同時にこなしてくれるのか。オレも欲しい…………。サモナーじゃないけど』

『サモナーでも早々呼べないらしいよ』

『というかいつまで魔力続くんだ。ここまで一回も回復してないぞ』

『何かテュル呼ばずにいきなりイフリートで焼き尽くすようになったな』

『バッグ一杯になったからだろ。リンネアちゃんがチャック閉めてたし。これ以上素材持ち帰れないからだと思う』

『成程』

『昨日ヒカリちゃん運んでた精霊は何だったんだろう。ここまで出番なし』

『あれ気になるよな』

『このまま深層まで行ったりするんだろうか』


 コメントが流れていく横では、昨日アザミが遭遇したモンスター、ミノタウルスがテュルによって、正面から真っ二つにされていた。


『そこはテュルなんだ』

『敵に突進力のある場合や投擲の可能性がある場合は物理的に倒す傾向が強いですね』

『あ、古参視聴者ニキ』

『推しが日の目浴びて嬉しい?』

『嬉しいです』

『こんだけ実力あるのによく埋もれ……いやあの配信タイトルじゃ仕方ないか』


 やがて不意にヨツカの足が止まると、ポケットからスマホを取り出した。

 アザミもコメントを打ち込んでみようかなと思って、周りが騒ぐ可能性を懸念し、結局止めておいた。


「あ、結構残ってるんですね。ていうか増えてる」

『残ってるよー』

『主さん強いですね』

『攻略風景が異常過ぎて笑った』

『正にダンジョンの王』

「そんなに変ですかね。まあ、確かにサモナーとしてはそこそこ自信ありますけど」


 ヨツカがコメントと会話を始める。


『昨日使ってた精霊が見たいです』


 そんな要望が書き込まれた。


「昨日……イアンガですかね。ヒカリさんを運ぶのに使ってた」

『それです!』

『イアンガっていうのか』

『初耳』

「直接攻撃向きではないですからね。使い所が限られるんですよ」


 じゃあ次の戦闘でイアンガをお見せして、それから帰りますね。そう言って、ヨツカは移動を再開する。


「イアンガは引力と斥力の精霊です」


 モンスターと出会うと、ヨツカは説明をしながら精霊を呼び出す。女性型の精霊だ。

 イアンガがモンスターに手を向けると、モンスターは地面に這いつくばるような格好になる。


「こうして重力を強化して敵の行動を鈍らせることが出来ます。或いはこうやって手前に引き寄せたり、遠ざけたり」


 ヨツカの言葉に従ってモンスターの身体が前後した。


「ただ、見ての通り直接ダメージを与えられるような精霊ではありません。有効活用するには他の精霊と同時に用いる必要があります。……ソロの場合は、ですね」


 イフリートが呼び出され、重たい身体でヨツカへと向かおうとしていたモンスターを焼き尽くす。


「俺の場合は、この辺りのモンスターなら精霊一体で撃破出来るので、今の所イアンガを呼び出す機会はあまり多くありません。……こんなところですね。では、疲れてきたので地上へ戻ろうと思います」


 そう言って、ヨツカは踵を返した。


「ヨツカ君強いね」


 その姿を見ながら、アザミは椅子に座ったまま抱きかかえていたスライムに話しかける。

 スライムはぐねぐねとうねって返事を返した。

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