【49】伯爵の息子

 食卓に並べられたご馳走の数々を、平らげるのにそう時間はかからなかった。

 なかなかの分量であり、俺とソラスだけで食いきれるものかと思っていたのだが――さすがは貴族の晩餐。今までに食べたものとは比べ物にならないくらいのその芳醇な味わいに、俺もソラスも当初の緊張感すら忘れてもりもりと食べていた。


 そうしてひとまず目の前の皿が綺麗になり、俺もソラスも丁度腹八分くらいのところで胃袋を満たしたあたりで――口元をナプキンで拭きながら、伯爵が口を開いた。


「……さて。腹も膨れたところで、ウォーレス殿の武勇伝でもお聞かせ願いたいところだな」


「武勇伝って。俺はそんな、大したことはしていませんよ」


 首を横に振る俺に、けれど伯爵は大笑する。


「いや、いや。謙遜はいらん。ウォーレス殿の勇名は私もよく聞き及んでいる。レギンブルク周辺にたむろしていたたちの悪い野盗どもの捕縛、そしてあの遺跡の再封印。聞くところによればあの【十天】の生き残りをたった一人で倒したと言うじゃあないか。いや、実に見事と言うものよ――まるで勇者ミザリの再来と言っても過言ではあるまい」


「勇者って。……勇者なら、今でもいますよ」


「ああ、あの【紅蓮剣】か。聞くところによれば魔王の復活を止めるために旅をしているとは言うが――ああそうか。貴公はそう言えば、最初は【紅蓮剣】の旅にも同行していたのだったか」


 何気ないその言葉に、俺はわずかに、肩を震わせて固まる。

 そんな俺の様子を知ってか知らずか、伯爵は俺に向かってこう問うた。


「……奇妙なものだな。私なら、貴公ほどの人材が抜けようとしたら引き止めるものだが」


 そんな伯爵の言葉に、俺は苦笑いして「そうですか」と呟く。

 ……追放されたとか、余計な話をしても変にこじれるだけだろう。

 そんな俺の内心に勘づく様子もなく、伯爵は上機嫌にグラスを回しながら続ける。


「貴公の武勇は、まっこと大したものだ。一体どうやってそこまでに鍛え上げたのか……その強さの秘訣、私も武人の端くれとしては興味のあるところだ。よければ教えてはもらえんかな」


「……別段、大したことじゃないですよ。バカみたいにひたすら低レベルのモンスターを倒して回って、レベルを上げ続けた。それだけです」


 そうはぐらかす俺に、けれどガードリー伯爵は「ほう」と髭を撫で付けて呟く。


「それだけで、これほどまでの功績を残せるものだろうか。もっと、何かあるのではないか? 例えば……そうだな、特殊な装備であるとか、護符だとか、そういったものとか」


「それは――」


 妙に鋭いその言に、口ごもる俺。そんな俺の答えを、伯爵は心待ちにする様子でじっと俺を見つめていて――けれど、そんな時だった。


「お話中、失礼いたします。キース様をお連れしました」


 淡々と告げながら部屋に入ってくるメイド。その後ろを見ると、二人のメイドに両脇を固められて、一人の若い男が入ってくるのが見えた。

 ぼさぼさとした頭を後ろで無造作に縛って、やや猫背の姿勢で入ってきたその男の目は暗く、淀んでいて。

 ゆえに俺は――その人物こそがガードリー伯爵の息子、キースとやらであることに、しばらく気付けていなかった。


 メイドたちに押されるようにして席につくと、彼は聞こえるように舌打ちをして、どっかりと食卓に足を乗せる。

 そんな彼の態度を見て、伯爵は顔をしかめながら口を開いた。


「おい、キース。客人の前で……行儀が悪いぞ」


「うるせえよ、クソが。じゃあ呼ぶな」


「……貴様もゆくゆくは私の跡目を継ぐのだ。だからこそこうして――」


「あー、うるせぇうるせぇ」


 苛立ちを隠そうともせずにそう喚くと、キースは俺たちの方をじろりと睨んで不機嫌そうに続けた。


「てめぇらが、例の。……バカな奴らだ、このクソ親父に媚び売っておこぼれに与ろうとでも思ったか?」


「おい、貴様ッ……!」


 せせら笑うキースに、伯爵は激高してその手のグラスを握りつぶすと、その場で立ち上がる。

 そんな彼の様子を見て取ってか、キースは「はっ」と鼻で笑うと席を立ち上がり、近くの扉を開けて出ていこうとして――その間際に一度振り向くと、もう一度唇の端を釣り上げ嗤う。


「せいぜいよろしくやってろよ、“英雄”サン。……挨拶は済んだだろ、通せ」


 外に控えていたメイドにそう威圧すると、ポケットに手を突っ込んだまま肩を揺らして出ていくキース。

 伯爵はその背中を、拳を握りしめてわなわなと震わせながら睨みつけ――やがて忌々しげに舌打ちをこぼすと、その場で座り直して俺たちに向き直った。


「……すまんな。食事時に、不愉快なものを見せてしまった」


「いや……そんな」


 なんと言っていいか分からずそれだけ返すと、伯爵は沈んだ面持ちで続ける。


「親としての贔屓目はあるが、せがれは武術や学もそこそこのものでな……ただあの調子で、内面がそれに伴っておらん。私の育て方が悪かったのか、何なのか……ともあれ本当に、失礼をしたな。詫びさせてくれ」


「気にしないで下さい、本当に」


 そんな俺の言葉に苦々しい様子で頷くと、伯爵はため息をこぼした後で続けた。


「……本当に、すまん。部屋を用意させてある、せめて今日のところは、ゆっくりと休んでくれ」


 そう言って後ろのメイドたちに指示する伯爵。

 彼に一礼すると、俺たちは案内のメイドについて部屋を出る。

 ……両手を組んでうなだれる伯爵の姿が、閉まり際の扉の隙間からのぞいていた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る