【20】装備を整えよう
朝食の後、ソラスに引っ張られて訪れた先は、街の商店街だった。
午前中ながらすでに大いに賑わっているその中で、彼女が目指したのは一軒の店。
軒下に鎮座する立派な金属鎧が目を引くそこは、どうやら武具屋のようだった。
「へえ、結構立派な店だな」
「老舗ですよ。うちのお父さんも、現役の時から店主の方とはお知り合いだったみたいです」
「……ずっと突っ込まずにスルーしていたんだが、君のお父さんって何してた人なんだ?」
「え? 冒険者ですけど」
「そうなのか」
「10年前の戦争が終わるのと一緒に脱冒して、ここで宿屋を始めたそうです」
「待て、脱冒ってなんだその謎の単語は」
「決まってるじゃないですか。冒険者を足抜けして別の仕事を始めることです。戦争の後は、結構そういう方も多かったと聞きますよ」
「へぇ……」
そのあたりのことはさておいて。なるほど、彼女の父親が元冒険者だというのなら彼女に多少の心得があるのも頷けるというものだ。
そう納得している俺に、彼女は店を見ながら言葉を続けた。
「ともあれ、歴史ある名店というやつです。冒険者さん向けに各種前衛職用の装備を揃えていらっしゃるので、いい装備が見つかるかと」
そんな彼女の言葉に俺は首を傾げる。
「ん? 前衛職向け、って。それじゃあ君向きじゃないんじゃないか?」
俺がそう返すと、ソラスもまた不思議そうに首を傾げて、
「え、当たり前じゃないですか。私はこの装備で十分ですよ。この錫杖も、お父さんの冒険者時代のお仲間から譲り受けた良い品らしいですし」
そう言ってしゃらん、と錫杖を鳴らす彼女に、俺はますます分からなくなる。
「じゃあ何でここに来たんだ?」
「ですから、装備をみつくろうためですよ。ウォーレスさんの」
「俺の? どうして」
わけも分からず訊き返す俺に、ソラスは呆れ混じりの顔で続けた。
「だって今のウォーレスさん、軽装にもほどがあるじゃないですか。そのへん歩いてる行商人さんだってもう少し重装備ですよ」
彼女の指摘に俺は「ぐ」と唸る。【腕輪】と【剣】以外のマトモな装備品は全部エレンたちに持っていかれてしまったので、今の格好はくたびれた白シャツによれよれの革ズボンというなんとも簡単すぎるものだった。
「でも別に、これでも戦ったりする分には支障はないぜ。俺の今のステータスは、君も知っての通りだろ」
昨日の戦闘である程度分かってきたが、やはりこのステータスの数字通り、今の俺はとんでもなく丈夫だ。仮に全裸で歩いていても、そんじょそこらのフルプレートの騎士よりはるかに硬いだろう。
「だからってそんな格好のままじゃ見てて不安ですし、他の冒険者さんにウォーレスさんがナメられちゃうかもしれません。なんなら私がお金はお出ししますから、マシな装備を整えて下さい」
そう強硬に言われてしまっては反論もできない。まあ実際、いい加減な格好すぎる自覚はある。
観念して、俺はソラスに向かって頷いた。
「……分かったよ。でも流石に君に金出させるのはいくらなんでも人としてアレな気がするから、自分で買うさ。昨日のクエスト報酬でけっこう入ったしな」
あの野盗連中には近隣の住民や商人たちも悩まされていたようで、報酬は6000ギリンとそこそこの額であった。
安めの鋼鉄鎧がフルセットで3000ギリン程度なので、これくらいあればざっくり装備を整えてもお釣りが来るだろう。
そんな俺の返答に納得した様子で、ソラスは店の扉を開ける。
「ゲーニッツさん、いらっしゃいますか」
そうソラスが声を投げかけると、薄暗い店内。その奥のカウンターから、一人の老人がこちらを見て口を開く。
「おお、トライバルの娘御か。元気そうだな……何の用事だ、今日は」
「ええと、この人に装備を何か用意してほしくて」
「ほう? ……なんじゃい、この男は。お前さんのつがいにしちゃあ歳が行き過ぎておるし」
「パーティメンバーで、ついでに私の先生みたいな感じです。冒険者になったんです、私」
そうソラスが返すと、ゲーニッツと呼ばれた店主の老人はしわ深いその目を大きく見開いた。
「そうか、そうか。お前さんも冒険者に。血は争えないもんじゃの。……なるほど分かった、ならそちらの御仁の装備、わしが選んでやるとしよう。よろしくな、ここの店主をやっておる、ゲーニッツという」
「ウォーレスだ。よろしく頼む」
そう挨拶を交わすと、早速ゲーニッツ氏はこちらをじっと見つめながら口を開いた。
「それで、ウォーレス殿。お前さんの冒険者としての職は、何だ?」
「剣士をやってる」
「ふむ、基本職も基本職じゃな。その軽装からすると、戦い方としては回避重視かの。ならば……ちょっと待っておれ」
言いながら氏は店の奥に引っ込んで、数分ほどして一着のコートを片手に出てきた。
「着てみろ」
手渡されたそれを受け取ると、俺は早速袖を通してみる。
厚手で丈夫そうな生地の、濃紺色のコートだ。肩口や肘、背骨あたりを覆うようにして金属の補強が仕込まれているため少し重いが、しかし決して動きを阻害するわけではない。
「動きやすくて良さそうだ。これは?」
「ソルジャーコート。王立騎士団からの横流し品だ。1世代前の採用装備だから型落ちではあるが、いい品だろう?」
「へぇ、なかなかかっこいいじゃないですか。おじさんにも衣装です」
「一言余計だな、君は」
茶々を入れてくるソラスに苦言を呈しつつ、俺はゲーニッツ氏に向き直る。
「いくらなんだ?」
「トライバルの娘御の仲間だからな、大特価で1000ギリンで譲ってやる」
「そりゃあありがたいな……じゃあ、お言葉に甘えるとするよ」
財布から取り出した貨幣を手渡すと、「まいど」と渋い笑みを浮かべるゲーニッツ氏。とそこで、彼の視線が俺の左手――そこにはまった腕輪に移った。
「……ふむ、あんた珍しいもんを着けてるな。それは?」
「あー、この辺りの遺跡を探索した時に手に入れた物だが……何か?」
細かいことはぼかしてそう返すと、ゲーニッツ氏はその眉間にしわを寄せながらしばらく俺の腕輪を見つめた後――
「……いや、何でもない。悪いな、気にしないでくれ」
そう言って首を振ると、「また来いよ」と言ってこちらに背を向けカウンターへと戻っていく。
「……何だったんだ?」
なんとなく引っかかりを残しつつも、俺は先に外に出ていたソラスの後を追いかけることにした。
――。
ウォーレスたちが去った後の武具屋で、店主――ゲーニッツはしかめ面のまま、ぽつりと呟く。
「……あの腕輪。いや、まさかな」
その言葉を聞くものは、誰一人としてそこにはいなかった。
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