第54話 いたずら大成功!
堕ちた天使ビアンカの、攻撃魔法が止んだオレリアン邸。
そこには、崩れる瓦礫に押し潰され、或いは酸素を奪う黒い竜巻に巻き込まれて、命を喪う覚悟をしていた者達が呆然と立ち尽くしていた。
彼らを助けたのは、美しい翠の翼を持つ少年と、奇妙な羽根を持つ老婆、そして何の価値もないとして蔑んでいたはずのミリオンだ。
扉や壁が本来の用を成さなくなった屋敷の外で、何頭もの馬の嘶きや、ガチャガチャと云う鎧の立てる音、そして大勢の人間がざわめく声が聞こえて来る。先程までの屋敷が崩れるほどの騒ぎで、近隣の人々や町の守備兵らが集まってきたらしい。
日もとっぷりと暮れた深夜にもかかわらず、廃墟と化したオレリアン邸は、駆け付けた兵士らによる篝火で照らし出され、その異様な有り様を顕にしていた。
「ミリ、さっきの約束覚えてる?」
未だ、敷地の外から中の様子を窺う兵士らにざっと視線を走らせたリヴィオネッタが、ニッコリと――どこかわざとらしい笑みでミリオンに訊ねる。
約束と言われても、思い当たるものの無いミリオンは、キョトンと目を見開いて小首を傾げて思案する。こんなに尊いリヴィオネッタと交わした約束を、忘れるはずがないのに全く覚えがない。はっきり言うことも出来ずに恐る恐る表情を伺えば、いかにも悲しげな反応が返ってきた。
「僕はこう言ったよ? ミリ、一緒に行ってくれる? ……って」
「えっ・あ! うん、リヴィ! 覚えているわ。え? あれってあの時の話じゃなかったのね」
ミリオンは、てっきりビアンカを止めるために立ち向かった時の話かと思っていたのだ。申し訳なさが先に立って焦るミリオンだけれど、そもそもそれはリヴィオネッタがわざと分かりにくく言っていたのだ。
「ひどいな……僕はミリとずっと一緒に居たいって思ったから、そう聞いたのに。僕と一緒じゃ嫌?」
シュンと俯いて上目遣いに窺われると、良心がズキズキと痛むのと、愛しさが募ってキュンキュン胸が絞られる。ミリオンの庇護欲は、まんまと乗せられ急上昇し、その勢いのままドンと胸を叩いた。
「そんなこと無いわ! リヴィはわたしの推しだもの! どれだけでも喜んで一緒にいるわ!!」
「嬉しい! 約束だよっ!! これからもずうっと一緒だね!!!」
言いながらミリオンの両手をとったリヴィオネッタはさっと跪き、その指先を口元に持ってくると、恭しく口付けを落とした。
(あれ?)
と思ったときにはもう遅い。
「「「リヴィオネッタ様!!!」」」
カチャカチャと雅な軽装鎧姿の見目麗しい兵士ばかりが、こちらに向かって来た。
彼らは、見慣れた町の守備兵とは違って、血筋の良さを思わせる身のこなしと、上品な顔立ち、そしてやんごとなき紋章や勲章が色々付いた、特別感溢れる服装で……。ミリオンは嫌な予感に強ばった表情で、そろりとリヴィオネッタを窺えば、花がほころぶような全開の笑顔に行き当たる。
「僕もずっと一緒にって想うくらい、ミリが大好きだよ! 僕の求婚を受けてくれてありがとう」
わざとらしいほど大声で告げたリヴィオネッタは、片手でミリオンの両手を捉えたまま立ち上がると、もう片方の手で力強くミリオンの腰を引き寄せた。
「リヴィオネッタ王子、ようやく見付けましたよ! して、そのお方は……ご婚約者……と?」
「あぁ、たった今、僕からの申し入れを受けてくれてくれたんだよ」
(いや、待って?)
ミリオンは混乱と困惑の最中、笑顔で語り合うリヴィオネッタと、随分高貴そうな鎧姿の男を忙しく見比べ、状況を把握しようと頭をフル回転させる。何故かは解らないが、今正しく判断しなければとんでもないことになる! と本能が警鐘を鳴らしている気がするのだ。
(前回の婚約が白紙撤回されたわたしなのに、大好きな最推しと婚約なんて勿論嬉しいわ! けど聞き捨てならない言葉が聞こえたのよ、なんだっけ!? 一瞬過ぎて覚えてないけど、とんでもない言葉だったわ)
何とか落ち着いて、聞き取ったはずのとんでもない言葉を思い出そうと奮闘するミリオン。けれど、リヴィオネッタが腰を抱き寄せる手に力を籠め、身動きが取れないほどぴったりと密着してくれたお陰で、心身ともにフリーズする。
「僕たちの関係は説明不要だよね。勿論誰にも異存を唱えさせる気はないよ。そのために僕も覚醒したんだし」
「よくぞ、ご覚悟なさいました、王子。使徒であるお二人が結ばれることは、この国の者なら誰もが歓迎するところです。まぁ、第一第二王子あたりが何かしら嘴を突っ込んでくるかもしれませんが、我ら第三王子直属の魔道近衛騎士団は全面的にリヴィオネッタ王子を推して参りますので」
(そう! それよ! 王子っ……第三王子様ぁぁぁ―――――!??)
真っ赤になっていたミリオンの顔色は、みるみる真っ白になって行く。けれど、そんなミリオンの様子に気付いていながら、リヴィオネッタは蕩ける様な笑顔で「いたずら大成功だね!」と、心底楽しそうに告げたのだった。
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