7-2

 怜はそう言ってペプシを半分飲んだ。もう一本買ってくるべきだったのかもしれないけれど、そんなに必要になるとは思わなかったんだ。


「彼女の部屋で俺は相槌を打っていた。そのうち、彼女は俺に意見を求めるようになった。俺はもちろん前置きをしてから自分の意見を言った。正直、その時の俺は学校でうまくいかなくなっている状況で、両親との関係も悪くなりつつある時だったから、彼女のその話をそんなに真剣になっていなかったんだ。そのとき、俺が何を言ったのかのは覚えていない。覚えていないっていうのも変な話だけれど、そのくらいその時は何気ない一言しか言わなかったんだ。というか、そう言う時に出る言葉というのは冗談ではなく、本心であることの方が多い。少なくとも、俺の数少ない人間関係においてはそうだった。だから多分、その時もそうだったんだろう。彼女はそれを聞いて少しだけ、驚いた顔をした。俺がそんなことを言うとは思ってなかったみたいなんだ。俺だって別にそれが言いたかったわけじゃない。でも、どうしてか口から溢れてしまったんだ」


 その先は言わなかった。その時、その彼女は俺の回答に呆れて失笑したんだ。それが怖くて、女の笑った顔が嫌いになったんだよ。


 怜はまだ俺の買ってきたコーラを眺めていた。そこにはなにが見えるというのだろうか? 俺にはただの黒い液体、粒が浮いている液体にしか見えない。誰にだってそうだろう。


 でも、誰かにとって、それは世界になり得るのかもしれない。箱庭に住みたいと思う人の考えと同じように。丁度、俺の世界があの山梨のクソ田舎、あの中学校だったときのように。


「その後の記憶ってないんだ。彼女とはそれっきり。結構仲良かったはずなのに。彼女は俺に呆れたんだろうな。まあそうだろうという気はするんだ。ろくな助言もできなかった冴えない男、それが彼女の答えだったんだろうな。俺にとっては、その影響がとても大きかった。それからは前にも増して学校に行っていない。卒業証書は送られてきたからお情けで卒業はさせてもらえたみたいだけれど、高校には行っていない。だからといって引きこもっていたわけでも無い。しょっちゅう外に出てぶらぶらしていた。不思議だけれどそうしていると、そういう人間目当てで人が集まってくる。そんことをしているうちに一人の女の子と仲良くなった。あとは説明する必要もないよね、仲良くなって別れてずっとそれを繰り返していた。最初はそれでも良かったけれど、皆就職とかなんとかで家に連れ戻されてしまった。二年経った頃には結局俺一人になった。あとは何をしていたのか覚えていないんだ。こんな人生だ。もう死んでも良いと思わない?」


「……わからない。そもそもなんで人は生きているんだろうね? 今日海見ていたらそんなことを思ったよ」


 コーラも煙草も無くなった。口寂しくあって、手持ち無沙汰でもあったけれど、今から買いに行く気は全然ない。こんなに誰かに本当のことを話したのは久しぶりだからか、非常に疲れてしまった。


「風呂入っていいかな?」


「どうぞ」


 適当にシャワーを浴びて適当にバスタオルで拭いて適当に付属のバスローブに着替えた。出てきても怜はまだ開いたカーテンから海を見ていた。窓際のテーブルにはまだ残っているペプシが部屋の電気で影を作っている。


「俺はもう寝る」


「うん」


 自分が想像している以上に疲れてしまっていた俺はすぐに寝てしまった。そのあと怜がなにをどうしたのかは分からない。



 不思議な夢を見た。夢の中の俺は今日怜に話した思い出の彼女と再開していた。彼女はあの時からそのまま歳をとっていて、俺も同じように歳をとっていた。


 俺の顔は鏡で見るよりちゃんとした年の取り方をしていて、今の顔とは全然違った。彼女に、今何をしているのか聞いたら大学に行っていると言った。どこの大学かを聞いてはなかったのだけれど、彼女は自分から『なんとか大学』と言った。


 その言い方からして、そこに誇りをもっているような言い方だった。多分、俺とは積み上げてきたものが違うと言うことなんだろう。それが言いたいんだと思った。俺と彼女はある期間同じ時間を過ごして、そして離れてしまった。当たり前だけど、すれ違った以降だって、お互い自分たちの時間を重ねて時を過ごしてきたんだ。


 彼女は意味のある時間を重ねたのかもしれないけれど、俺は無意味な時間だけを重ねてきた。夢の中の彼女は延々と話を続ける。俺はあの時と同じように心にもないことを言ってしまいそうになったけれど、それを言わせないくらいの勢いで話を続ける。


 彼女は時々笑う。不思議と、それをみても心は乱れなかった。やがて俺は話を聞くことにも飽きて気がついたら寝てしまった。目を覚ますと俺の前で話をしているのは怜になっていた。


 怜は目の前にいるのが俺だと気がついて話を中断した。その目はさっき、海を見ている時と、ペプシを眺めている時と同じ目だった。俺は何かを言わなければならないと思った。


 でもさっきからずっと何も言わずにいたからかどうかわからないけれど、何も言うことができなくなっていた。口が動かない、考えることもできない。


 怜はずっと俺を見つめている。俺は何もできない。彼女は何かを言いかける。俺は……。



 目を開けると月明かりで部屋が明るかった。変な夢を見ていたようだ。枕の上、頭を明かりの方に向けると怜が窓のところにある椅子に座っていた。

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