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 カシャって音。悠二がシャッターを切ったのだと思う。小さいけど矢鱈と響くから、うるさい音だと思うんだけれど、一眼レフが好きな人はこれが好きみたい。メーカーによって音の違いがあるんだってさ。どんなことでも、深くなれば世界は狭くなっていく。


「どうもピントが合わないな……。ほら、これを見てよ。ここがちょっとぼやけているでしょう? 一度サービスセンターで見てもらった方がいいかもしれない。それとも、新しいのに買い替えるか……丁度、最近新しいモデルが出たんだ。でも、単純に隣の芝生が青いってだけなのかもしれないな。それを手に入れたらこれは手放すだろう。そうしていると、永遠に欲しいものなんて手に入らない。地上三十階から階段でおりていくみたいなもんだ」


 そう言って悠二は大きな公園の、池の真ん中にある島の枝にとまっている鳥に向かってシャッターを切っている。私は鳥のことはよくわからないから、公園に来ている人たちの写真を(絶対に顔が入らないように注意しながら)撮っている。


 私はカメラのことはよく知らないし、サークルなんて何も入る気はなかったんだけれど、勧誘が熱心で、説明が上手で、写真の良さを語るメンバーの話を聞いているうちに、写真サークルに入りたくなった。


 入ります、といったときのメンバーの顔はとても嬉しそうだった。入った時に、中古カメラ屋に行ってフィルムのコンパクトカメラと、コンパクトデジタルカメラを買った。


 お店の人曰く『これを持っていれば周りから一目置かれます』といった類のカメラ。そんな馬鹿みたいな話あるわけないと思っていたのだけれど、いざ二つのカメラをハンドストラップでぶら下げてみると、他大学の写真サークルの人たちは『それ良いですね、渋いですね。二つも……』とかなんとか言われた。


 カメラに良い悪いなんてなくて、あるのは写真という結果のはずなのに、写真じゃなくてカメラが主役に変わってしまったそのサークルの存在が、そんなことを言われているうちに嫌になってしまって行くのをやめてしまった。それでも悠二は私を誘って、よく近くの公園で一緒に写真を撮りに行っていた。


 彼は素人の私が見ても高いのだろうと思えるカメラを使っていて(だって信じられないくらい大きくて重かったから。一度持たせてもらったけれど一度でいいと思った。少なくとも二キロ以上はあった)、主に公園の池に来る鳥ばかりを撮っていた。


 彼は渋谷区の生まれで、どう言った高校生活を送ったのか聞いてもあまりはっきりとは教えてくれなかった。でも他人に慣れている感じからして、きっとさぞ賑やかな高校生活を送ったのだと思う。少し田舎者を見下しているような嫌いがあった。


 もちろん私にはそれを見せないようにしていたのだけれど、時々、本人の思いもよらないところからそれは出てしまっていた。例えばいかにも上京したての、知らない誰かを見たとき、とかにそれはあからさまに出ていた。


 そんな問題はいくつかあったのだけれど、何度も一緒に写真を撮っているうちに、彼のことが少しづつ好きになっていった。彼は私のことなんて正直、あまり眼中になかったと思っている。今から考えると、付き合って三ヶ月目にはもう浮気をしている感じを私に匂わせていた。


 彼はこうやってずっと誰かと付き合いながら新しい誰かを探し続けるんだろうな、気の毒になる。いつか誰かに刺されるだろうけれど、自業自得だろうな。そう考えるのは酷いことだろうか。私も今一緒にいる彼とは違う、だけれど根本的な問題を抱えている。


 だって悠二が浮気しているであろうとこに気がついていながら、ショックでもなくそのまま付き合い続けていたんだから。むしろ彼がそうであることに誇りみたいなものさえあった気がする。狂っていると思うし、初めての彼でもなかったのだけれど、どうしてか、そんなふうに思ってしまっていた。


 彼は私の特別だったのだろうか? いや、そんなはずはない。じゃあどうして、今日になって突然別れたのだろうか? わからない。少なくとも、今朝の時点では彼はもう私にとって知らない人になっていた。


「そろそろ着くみたいだね。長く座っていると、座っているだけなのに疲れるよ。そう思わない?」


「そうだね」


 電車は走り続けている。この電車は各駅停車で、毎日終点まで往復しているわけだから、この電車にとっては日課なんだ。この海の景気だって見慣れすぎて、見飽きているかもしれない。


 でも私たちにとっては特別。目的地はまもなく。そこで何があるってわけでもないのに、どうしてか心は期待に弾む。でも、きっと何もない。わかっている。

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