怜③
4-1
窓の外では風景が流れるように走っていく。ずっと思っていたけれど、電車っていう乗り物は不思議だ。レールと電線で挟まれた車体、駅のあるところでしか止まれないし、乗り降りができない。行き先も始まりも、そして終わりも決まっている。
乗客はただ、そこから降りて、各々の人生へと向かっていく。隣に座る人と、多分もう二度と会うことはない。それの繰り返し。生きるってそういうものなのかもしれない。どういうわけか生まれて、いつの間にか死ぬ。私だっていつかは死ぬ。
そんなことを誰かに言うと変な顔をされることがある。皆、死ぬことが意識の外にあるみたい。まあ、そうだよね。私はそんなに本が好きというわけでもないのに、文学部に行っていて、もう死んでしまった昔の人が書いた小説を読む。書いている人たちももちろん人間だから、彼らにも最初と最後はあったはず。
物語を書く人、彼らにとっての人生って、いったい何だったのだろう。聞いてみたいけれど、残念ながら彼らはもう死んでいて、死んでしまった人たちに死んだ時にことを聞くのは不可能だ。
生きている人たちにだって、生きていることを聞くのは不可能だろう。それと同じ。なんで今、そんなことを考えたのだろう。平日の昼下がり、乗っている人は思ったよりも少ない電車の中で、隣に座る彼からなんとなく、死に向かって行こうとする雰囲気を感じ取ったからだろうか?
疑問に思うなら聞いてみましょう、小学校とき、担任先生だったおじいさん先生はよく私たちにそう言っていた。疑問は聞く、そんな単純なことが年を重ねていくごとに難しくなるんだ。変だよね? だって大人になれば分かることが増えていくはずなのに。……違うんだ、分からないことこそが増えていくんだ。
ペンケースを開けるとティッシュに包まれた一本の煙草が見える。今まで近くに煙草を吸う人なんていなかったから、じっくりと見るのは始めてだ。この煙草だってきっと、どこかで誰かが育てた煙草の葉を巻いたものなんだろう。
彼らにも人生があって、煙草の葉を育てることでお金をもらって、でも煙草は体に悪いって言われている。でも彼らにも生活がある。それでも……。どうしてこんなこと考えたんだろう。飛躍しすぎているな。
隣を見ると彼はずっと外を見ている。向こうの席に視線を。電車は空いている。この電車が下り電車だからだろうか。いや違うな、平日の昼間だからだろうな。こんな時間にこうやって遊んでいるのは暇な大学生くらいだろうな。
働き始めたらきっとそんなこともう二度とできなくなっちゃうんだろう。ペンケースをしまう。太陽の位置の関係か、日の当たるところにいる私と、影になっている隣に座る彼。
……そういえば名前を聞いていなかった。彼はやっぱりずっと窓の外を見ている。電車に乗った時からずっとだから、もう三十分以上も。風景はだんだんと、『田舎の風景』になったり、そうかと思うと大きなマンションがあったりと落ち着かない。でも……埼玉だってそうか。田舎だったり、人が多かったりとそう。
東京なんかはもう二年くらい住んでいて、いつも人多いなって思うのだけれど、それって私が望んでいたのもなのかな? 私は十八まで埼玉県で過ごしてきて、大学に行くために東京に出てきたわけだけれど、結論は一つ、どこにいたってそんなに変わらない、ということ。
そんなに、というのが大事で、そこを広く見れば大きく違うんだ。でも……よくわからない、が正解なのかな。どこにいたって、人間がいる限り人間関係はある。あるけれど、それにさっきの話じゃないけれど、生きていくっていうのは、多分、そういうことなんだと思う。誰かと関わること。
私が関わっている人なら、たとえば結花とか。関わっていた人は悠二とか。結花とはこれからも多分、友達だと思うけれど、悠二とはもう会うこともないだろう。実際には同じ大学に通っているわけだから、まったく合わないっていうのは無理だけれど、それでも意識をすれば視線を合わせないくらいは可能だと思う。
ふと思い出してスマートフォンを見る。メッセージアプリには相変わらず、いくつか誰かから何かが届いている。開いてみると、全ての未読数が悠二の名前の横に表示されていた。
私のことを、都合の良い女とでも思っていたのだろうか。彼は結局、自分のことしか考えてないんだろうな。あ、もしかしたら私もそうなのかもしれない。スマートフォンをバッグにしまって、でも電源を切る勇気を持てない自分に呆れて、横目で隣の彼を見る。変わらず窓の外を見ている。
海を車窓から見たいのかな? だとしたら、その一瞬を邪魔するわけにはいかない。私も彼と同じところを向いてみる。今は田んぼとか、片側二車線の道路とかが見える。千葉県を地図で見ると周りには海しかないからすぐそばにあるイメージだったけれど、実際に見る/行くとなると思いのほかハードルが高いみたい。
今どこにいるんだろう。千葉駅出てから随分と時間が経ったような気がするけれど、まだそんなに離れてはいないんだろうな。
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