3-4

 女は歩き出した。俺がついてことないとは思わないみたい。ここで逃げないのが俺の弱さ……。超好意的に見ればそれは優しさになるのかもしれない。自分が望んでいない評価なんて邪魔で意味のないもの。


 シンプルに統括すると、この状況になったこと自体が失敗したと思ったが後の祭りで、もうどうにでもなれと思い始めていた。パチンコ屋を出た俺たちは牛丼屋に入った。


 牛丼屋、確か中学校の時に友達とどこかに行った帰りに寄った。あれは映画に行ったんだっけかな? それは俺の記憶だろうか? それとも友人の記憶? 久しぶりに食べた牛丼はなかなか美味かった。


 食べている間中、女はさっき勝った時の話を繰り返し続けていた。繰り返していながら、その話はだんだんと変わっていく。最初は三回目で出た、と言った。でも次に同じ話をしたときには、七回目で出た、と言った。


 それが本当にあったことだったのか、女自身も信じられないのだろうか? しかし、財布に入っている現金は現実だ。目で見て数えられる金、これ以上の現実はない。食べ終わった丼を見たとき、彼女はご飯粒一つ残さなかった。俺は違う。いくつか残っている。育ちの違い。


 腹は満腹でも、気分は暗くなった。牛丼の代金は女が払った。とは言っても二人分で千円もいってない。食事を済ませてまた歩く。着いた先はラブホテルだった。車で来ることを前提としている郊外のラブホテルに、俺と女は歩いて入っていく。



 そこで何をしたかは説明する必要もないと思うが、正直なことを言うと俺はそんなにセックスが好きじゃない。


 ついでに言うとものを食べることだって好きではない。病気にならないんだら毎日カップ麺だって良いくらいだ。食べるには金がいる。信じられないくらい金がいる。


 生きるということは金を使い続けることだ。セックスだってそう。さっきも言ったような気がするけれど俺はセックスなんて好きじゃないんだ。じゃあなんでやったのか? 断ることよりも受け入れることの方が楽だから。


 それは今までの人生で俺が学んだことの一つ。コトが終わって煙草を吸っていたら隣からは寝息が聞こえる。女は眠ったらしい。年はいくつなのか知らないが、俺より少し年上という感じだろうな。二十三、四とかそんなもんだと思う。


 女のこれからの人生を考えると気の毒になったが、これから死のうとしている俺がそんなことを思うってのもおかしい話だ。俺なんかに心配される筋合いはないって女は思うだろう。


 立ち上がって窓の前についている日除け扉を開けてから窓を開ける。ラブホテルってこういうのがいやだよな。曇りガラスなら手間は省けるかと思ったが、中が明るければシルエットは写ってしまうかな。


 煙草を吸い終えたので、バッグから別の煙草を取り出してホテルのマッチで火をつけた。マッチ……名入りのライターよりこっちの方が安いのかもしれないな。火がつきゃあいいんだ、火打ち石だって全く問題はない。


 いつのまにそんなに吸ったのか、ゴールデンバットとピースは最後の一本で、ゴロワーズはまだ封を切っていなかった。彼女はマールボロ・メンソールのソフトを吸っていた。もしボックス煙草を吸っていたとしたらこうはならなかっただろうな。


 ボックス煙草吸っている人とは関わり合いになりたくないってのは、前にも言ったよな。バットとピースを一本ずつ吸って、窓を閉めて俺も眠ることにした。今だったら女の方が金を持っているから、盗まれる心配なんてないだろう。煙草を二本吸って、女の隣で横になった。すぐに寝てしまった。



「これからどうするんだ? あんたは」


 気だるい朝日の中、昨日も入った牛丼屋で隣に座る女に聞いてみた。女はゆっくりとよく噛んで米を食べている。


「そうだねぇ。どうしよう。うちに帰るかな。彼氏が待っていると思うから」


 彼氏がいたのかよ。昨日のセックスは女にとって数には入ってないんだろうな。不思議な人生。


「彼氏がいるのに、俺とやったのか?」


「だって、あしちはあんたのことすきじゃないよ。そんな気持ち持ってない。あしちは、すきな人とじゃないとセックスなんてしないんだ。だから昨日あんたとやったのはセックスじゃないんだよ。分かるかな? あしちのセックスって凄いんだよ。本当だよ。でもあんたはそう思わなかったでしょう? そりゃそうだよ、あしちはあんたのことなんて全然、すきなんかじゃないからね。気にはいっているよ。でもそことすきとは全然違うんだよ。あんたはあしちよりずっと頭がいい。目がそう言っているから、『ちがう』なんて言わないでね。あしちには分かるからさ。だから、あんなたら今のあしちの気持ちを言葉にできると思うんだ。それをやってみる気はない?」


「……俺は海に行くために家を出てきたんだ。行き先はもう決まっている。そこは綺麗な海とか、そういった見に行く価値があるかどうかなんてのは知らない。でも、俺はそこで死ぬつもりなんだ。もうここには来ることはないだろう。これを食べたらさよならだ。というか、ここどこなの?」


「しらない。あしちはいつだって、ここがどこなのかわかったことがないよ。だって、そんなのを知ってなんになるの?」


「確かにそうだ。とにかく、ここでさよならだね」


「うん。でも、あんたとはまたどっかで会う気がするんだよ。そんなことはもう二度とはないってのも知っているんだけどね」

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