怜①

 1-1

 どんなときも『今』、つまり『今のこの生きている瞬間』が特別だと思ってしまう。


 昨日だったら昨日(もちろん昨日が今だったとき)、一年前だったら一年前(もちろん一年前が今だったとき)、明日なら明日(明日が今になるとき)、そして今日なら今日(今)。


 それはもっと、世界が単純で自分の思い通りになると思い込んでいた幼い頃に限った話だと思っていたけれど、ある程度大人になった今もそう思っている。


 思えば昔からそうだった。例えば中学生のころ、自分はいつ死んだっていいと思っていた。信じられる人より、信じられない人たちの方が多くて、自分のことも大事だとはとても思えなかった。


 それと同時に、今死んでも後悔しないように生きようとも思っていた。それって矛盾すると思う? ううん、全然そんなことはないんだよ。だって、生きているってことは結局、どんなことだって感情が第一だから。


 さっきの違う考えだって真実、今こう思ったのも真実。それが私。私はとにかく後悔はしないようにするべきだって思ったんだ、そのときは。そんなのは一日で無理になったんだけどね。


 だって、結局、明日死んでもいいと思っていながら、絶対に、明日も明後日も生きていると思っていたし、生きているってことは常に、選択しなかった選択肢が見せてくる幻を横目で見続けないといけないってことだから。


 なんて、気取ってそんなことを考えているけれど、結局はどんなことでも流されてしまうんだ。怒り、悲しみ、空しさ、嬉しさ、楽しさ。


 緊張感で神経は疲労して楽や娯楽に流れる。インターネットが身近になって、私の周りには新しく見える娯楽が沢山増えた。テクノロジーの進化は、私の周りのを埋めるように、私の隣にいた。


 消費される時間、消費される私。当然、当時はそんなこと気が付いてなくて、学校で話題になるそれをずっと、何時間だって見ていた。


 そんなのが途切れたのは高校生の時、私はその人のことが好きだった。その人は女の人で、私たちよりもずっと大人だった。


 それもそのはず、彼女は高校受験で一年浪人していたのだ。私たちの学校は、彼女の家からは結構遠かったのだけれど、彼女がその学校を選んだ理由も、まさしくそれだったんだ。


 私とは全く違う人、だから彼女のことを好きになったんだと思う。彼女を好きになって良かったか? そりゃあ良かったよ。彼女と出会わなければ、きっと今の私はない。


 でも、彼女のことを好きな時間は、とてつもなく辛い時間だった。嘘偽りなく、本当に。報われない思いほど、人間にとって辛いものはきっとない。でも、生きているっていうのは多分、そういうものの積み重ねで出来ているんだ。


 あれは卒業式の日……。


「怜は大学生だっけ」


「そう。ここから通っても良かったんだけど、都内で一人暮らしすることにしたんだ」


 良かったら、部屋に遊びに来てよって、本当は言いたかった。でも言えなかったし、言うわけにはいかなかった。だって、彼女は私のことを友達だと思っているってことを、私は知っていたから。


「ねえ?」


「んー?」


 私は手に取った卒業証書を強く握った。


「----」


 その時、私はなんて言ったんだっけ。


 教えてよ、私が選択しなかった私。


 そう、私だよ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る