第03話
「それにしても、まさかわたし達が密着取材されるようになるなんて全然想像したこともなかったよ。えへへ、だけど嬉しいな、あの冒険者ジャーナルで特集が組まれるなんて夢みたい」
これは、ぴょこんと髪の隙間から獣耳が屹立している半獣人の少女の台詞だ。
半獣人とは獣人と人間のハーフでその出生から常に人種差別の対象とされているのだが、彼女が他の冒険者達から嫌われているのはこのことが原因かもしれない。
「ってことはあれだね、あたいらの魅力にとうとう世間が追いついてきたってわけかい。いやぁ、いい傾向だねホント。頑張った甲斐があるってもんさ」
次は、赤銅色の髪の毛をポニーテールにまとめた少女の台詞である。
若手記者もこの少女には見覚えがあった。
確か少し前に世間を賑わせた連続放火事件の犯人と間違われたのだったか。
ギルドに寄せられる民間の依頼は冒険者に対する信頼で成り立っているが、その事件のせいで一時期は冒険者に対する風当たりも強まったという。
よって冤罪だったとはいえ、冒険者に猜疑の目を向けられるきっかけになった彼女のことを同業者が厭うのもありえる話ではある。
「うふふ、わたくし達へのこれまでの扱いから少々手のひら返しが過ぎますが悪い気はしませんわね。いいでしょう、過去の過ちを水に流して差し上げるのもまた、淑女が披露するべき器の大きさですわ」
最後に、なぜか本人の周りのみ霧吹きで吹いたかのようにしっとりとしている妙齢の女性の台詞。
彼女に関してはまったくといっていいほど邪険にされる理由が思い当たらない。
気にはなるが、本人に馬鹿正直に尋ねるわけにもいかないだろう。
「時にそこな記者さん。貴方、軟水と硬水どちらがお好き?」
「え、自分ですか? ……そうですね、軟水が好きですかね」
自分から質問するならいざ知らずまさか相手から質問されるとは思ってなかったが、ひとまずはそう答える。
「あら、立派な殿方なのに硬水がお好きでないとはいただけませんね。魔法障壁の如き硬水をごくごくと喉を鳴らして飲む殿方の姿にこそ大人のエロスが宿るというのに」
どうやら自分の返答が気に食わなかったらしい。このまま彼女の機嫌を損ねて取材の話を取りやめにでもされようものなら困る。
ここはジャーナリストとしての機転をきかせて、なんとか軌道修正を図らなければ。
「い、いえ、どちらかといえば軟水が好きですけど硬水も好きなんですよ! その日の気分で飲む水を変えるというか」
「つまり浮気者ということですか。軟水がお好きなだけあって軟派なお人ですのね。殿方はいつだってそうですわ。……ああ、やはりわたくしには硬派なマストラ様しかおりませんわ!」
そう言うなり妙齢の女性はマストラに抱きつく。
どうやら自分のどっちつかずな発言にかこつけて単に甘えたかっただけなようで、もはやその綺麗なコバルトブルーの瞳にこちらの姿は映っていない。
「……お前は離れてくれ。体が冷える」
「わたくしは
妙齢の女性のたわわに実った胸を押しつけられているというのに、マストラは文字通り涼しげな表情をしている。
そんな彼らを面白くなさそうな顔で見つめていたポニーテールの少女がずいと前に出た。
「ならあたいがあっためてやろうか? こう見えて体温高い系女子なんでね、期待には応えられるよ」
「お断りします。貴方のは暖かいではなく温かいの間違いでしょう。あまりの熱さに沸騰させられては叶いませんわ」
「沸騰どころか蒸発させてやるよ。うら若いあたいと違って年増のお肌にゃ潤いがないからすぐに乾燥するだろうさ」
「……うふふ、どうやら貴方とは一度決着をつける必要があるようですわね」
「おや奇遇だね、ちょうどあたいもあんたとは白黒はっきりつけたいと思ってたんだ」
「け、ケンカは駄目だよ二人とも!」
一触即発の雰囲気を見かねて半獣人の少女が仲裁に入る。そのおかげか丁々発止やりあう寸前だった二人は渋々矛を収めた。彼女はブレーキ役らしい。
それにしてもなにを見せられているのだろうか。
実にうらやま……けしからん光景だ。
ともあれ、これが取材対象の全容だ。
三者三様の美女を引きつれた、ともすればただのマストラが囲うハーレムのようにも映るがこれでもれっきとしたパーティーである。
この時点で若手記者には今回の記事が盛り上がるものになると半ば確信していた。
「そろそろ、街を出よう。目的地はここから西方にあるマドラの洞窟だ」
ある意味で騒動の渦中にいた人物は、我関せずといった調子でそう切り出したのだった。
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