ファンタジー×スポ根×アイドル『アイドル戦争』

@komadaaaaaaa

第1話 夢、叶えし者

愛土あいどさん、本気ガチですかっ!? 全国シャバのアイドルを競わせるってっ!?」


 77階建ての超高層ビル最上階に事務所を構える漢。

 アイドルに人生を捧げた筋骨隆々の巨漢、愛土万蔡あいどばんぜいに食ってかかるマネージャーの声が、室内全域に響き渡る。

 腕を組み葉巻を嗜みながら、夜の絶景を眺める漢は、目前の鏡に映るマネージャーへと返答を行う。


「ああ……本気ガチだっ!! 九州地区、中国四国地区、近畿中部地区、関東地区、東北地区、北海道地区の6つの地区から、選りすぐりのアイドルを選出し競わせる。その優勝者てっぺんには、なんでも1つ望みを叶えると伝えろっ!!」


「なんでもって……どうしてそこまでっ!?」


「……希望ゆめのためだ」


希望ゆめ……っ!?」


「そうだとも……見ろっ!! この夜景をっ!! 光輝く東京の姿をっ!! 生きとし生ける者達に、今っ!! 希望ゆめを持つ者達はどれ程いるっ!? バブル崩壊に始まり今現在っ!! 明日に希望ゆめを持ち生きる者が、どれ程いるのだっ!? この日本シャバには今、希望ゆめがないのだっ!! この体全身に覆いかぶさる重圧の如き存在、年々増加する自殺者数……このままでは日本シャバが、消えてなくなってしまう!! だから我がやるのだっ!! 汚名を被ったとしても、この我がっ!! 日本シャバ希望ゆめを届けるのだっ!! そのためには戦士アイドルがいる。希望ゆめを届けるため、日夜もがき戦い続けている戦士アイドルがっ!!」


「っっっ!!」


「マネージャーよ……我の命も長くはない。どうかこの願望ワガママを叶えるため、協力してくれんだろうか……!!」


「う、了解うっすっ!! 速攻そく電波演説ライブ準備リハにかかりますっ!!」


「マネージャーよ……どうも感謝あざっすっ!!」


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 2022年8月1日月曜日正午。

 福岡県に存在する福岡第七高等学校内では、補講が終わり、学食に繰り出す大勢の生徒でごった返していた。

 溢れんばかりの活気が渦巻く中、飯にありつく男女生徒達の間を搔き分けながら、勢いよく特攻していく女子生徒が、周囲の人間の視線を無理やり集めていく。

 今年入学して来たばかりの彼女。

 その存在感と光のように眩い言動により、学園内で知らない者はいないほどの知名度を誇っている。

 その名は―――


「おばちゃ~~~ん!! 今日は焼きそばパン、売り切れてないっ!?」


「あら白崎しろさきちゃんっ!! 今日は……あぁ……謝罪さっせん、売り切れみたいだよ」


「……現実マジっすかぁ!? うげぇぇぇ……本日入れて3連敗……失意ぴえん……」


 ルビーのように光輝く瞳に、セミロングの黒髪の先っぽを尖らせている彼女。

 白崎光しろさきひかりは、ジェットコースターの如く情緒を揺れ動かし、膝から床に崩れ落ちた。

 今日も訪れた騒がしい来訪者に、周囲からは微笑ましい歓声が上がる。


「おっ!! 白崎ちゃんっ!! 悪いねぇ~最後ラストは俺なのよ、俺」


先輩パイセン~勘弁してくださいっすよ~私これで3日連続っすよぉ~」


「あ、光ちゃん!! さっき先生せんこーが呼んでたよ。何かやらかしたの?」


「いやいや川上かわかみちゃん……そんなわけ……あるくさいわ私っ!! 提出忘れてたっ!! 危機やべぇ!!」


「白崎がまた失敗みすってやんの、爆笑ウケる~」


「はいそこ男子っ!! 後で覚えとけよっ!? あ"ぁ"ん!?」


「はっ!! 上等だっつ~の!! ……ん? なんだアレ……」


 右手の中指を立てて喧嘩を売りつける男子生徒の視線が、白崎から別の物体へと移り変わる。

 その場所ははるか上空。

 大型モニターを搭載した数多の飛行船が、雲のように空に浮かんでいた。

 どよめきを上げる生徒達。

 一斉に校外へと走り出すと、上空のモニターに流れる映像から、筋骨隆々の巨漢の老人の姿が映されていく。


『聞けぇい日本しゃば市民パンピーよっ!! 我は愛土万蔡っ!! エンタメ界の頂点てっぺんに君臨する者なりっ!! 今日はぱねぇニュースを届けに参ったっ!! 今から1年後の2023年8月1日!! 全国のアイドルがしのぎを削り、最強のアイドルを決める、アイドル戦争を行うっ!!』


「アイドル戦争っ!?」


「おいおい何言ってんだよあのオッサンっ!?」


『この戦いの勝者には……この我が、どんな望みでも1つ叶えてやろう!! 名乗りを上げる者は、1週間後の8月8日12時、各地域の指定の場所に集合カチコんで貰おうっ!! 詳細はホームページを見るように。ではさらばだっ!!』


 時間にして1分にも満たない時間。

 たったそれだけの時間で、日本全国は混乱と熱狂の渦に巻き込まれていく。

 狼狽える者、歓喜の湧く者。

 白崎達の学校も例外ではなく、熱狂的な暑さが、夏の日照りを跳ね返していった。


「おいおいおい、あれ本気ガチかよっ!?」


「応募情報は……女なら何歳でも行けるって!!」


「わ、私出てみようかな?」


「お前じゃ無理だろっ!! つ~か、適任がいるだろっ!!」


 周囲の視線が一斉に白崎へ向けられる。

 何が起きているのかイマイチ把握できていない白崎は、みんなが外を向いている間に購入していた、野菜スティックを、ウサギのようにポリポリとかじっていた。


「……わた、私ぃ!?」


「そうそう!! お前可愛いし、絶対アイドルなれるってっ!!」


「優勝したら願いが叶うんだよっ!? 応募してみたらっ!?」


「うぅ~ん……悪いけど辞めとく」


「え? 何で?」


「……だって私、アイドルになる希望ゆめ、とっくの昔に諦めたから」


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 愛土の宣言により、街の景色は一変していく。

 目をぎらつかせて戦いに挑もうとする女子高生、親の制止を振り切る中学生、藁にもすがる思いで携帯を見つめる20歳越えの女性。

 彼女達が発する熱とは対照的に、白崎はどこか冷めたようにしている。

 昼間の映像が頭から離れないまま、自宅へと戻った彼女。

 自分の部屋へと歩いて行くと、制服のままベッドへ横たわっていく。


「……アイドルかぁ」


 彼女も小学生の頃は、年頃の女の子らしく、アイドルになりたいと両親の前ではしゃいでいた。

 転機が訪れたのは小学6年生の夏。

 その時たまたま目にしたライブで、彼女は夢を諦めることになる。

 ライブのメインを飾っていたのは、高校生アイドルではなく、成人したアイドルでもない。

 白崎と同い年の女の子。

 現在では日本最強のアイドルと名高い、黒川神影くろかわみかげであった。

 自分と同じ年齢の子が、自分より年上のアイドルをバックにつけ、主役として圧巻のパフォーマンスをする姿を見た白崎。

 その時から、彼女はアイドルになりたいと言わなくなったのだった。


「黒川ちゃん、私と同い年なのに……住んでる世界が違うっていうか……異次元レべチ過ぎ。5歳から芸能活動してる人間と、私を比べたらねぇ? アイドルになりたいって、口が裂けても言えなくなっちゃいましたよっと」


 横になりながら、スマホを取り出し、趣味のSNSで情報を収集する彼女。

 トレンドにはアイドル戦争の記事が幾つも乗っており、嫌が嫌でも目にすることになった。


「……はぁ~……しばらくSNS止めよっと」


「光? お父さんが呼んでるわよ」


「は~い、今行く~」


 リビングに呼ばれた白崎。

 テーブルを挟んで向こう側には、白崎の父親と母親が、神妙な面持ちで、白崎が着席するのを待っていた。

 

「え? え? なになにお父さん、お母さん?」


「光、昼のあのこと、知っているね?」


「アイドル戦争のこと? 私、アイドルにはならないよ?」


「……昔、あんなにアイドルになりたいって言ってたのにか?」


「うん。いや、今更何言ってんの? もう希望ゆめを見る時期は終わりなんだけど。絶望げんじつ見ようよ」


「そうだな……確かに希望ゆめを見る時期は終わっているな。これからは希望ゆめ成熟かなえる時期だ」


「っ!!」


「今後の人生について見つめる良い時期だ。お父さんやお母さんは、光の進む道を応援するよ。だから……ちょっとアレコレ考えても良いんじゃないかな?」


「私は……アイドルの才能センス、無いって……」


「……そうかもしれないな。だからこそだよ光。そんなどこにでもいる人間が、希望ゆめを叶えようともがき歩む姿に、人は自分と重ねて希望ゆめを見るんだ。それは……才能センスにも負けない大きな武器になるんだよ」


「……」


「よく考えてごらん? 時間はまだあるからさ」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 白崎がリビングから退出して数分。

 室内には重い空気が漂っている。

 先に口を開いたのは母親。

 コーヒーが注がれたガラスのコップを右手に握りしめる父親に、母親は恐る恐る語り掛けていく。


「アナタ……これで良かったのかしら」


「ここから先は、光が決めなきゃいけない。アイドルになりたいなら後押しするし、別の道を進むならそれでも良い。今はただ、もう一度自分を見つめ直して欲しかったんだ。でないと……先の人生で必ず後悔するかもって、思っちゃったんだよ」


「後悔……?」


「ああ。昔を覚えているか? 光が幼かった頃だ。毎日毎日アイドルなるって言ってただろ? それがいつしか、めっきり言わなくなったんだ……心配したよ。聞いても何も話してくれないしさ」


「……」


「今は……光がどんな答えを出すのか。影で見届けよう」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 8月8日月曜日、正午に差し迫ろうとする時間。

 天神中央公園の周辺は、工事現場で使用される仮囲いで囲われており、福岡県に住まう女性が一斉に中へと集まり、アイドル戦争に参加しようと意気込んでいる。

 その囲いを挟んで外側には、未だに答えを出せていない白崎が、ただぼんやりと突っ立っていた。


「あんなにいるんだ……皆、希望ゆめを叶えるために……」


(福岡以外もこんな感じなのかな? その中から1人を決めるって……ふっ……やっぱ無理だよ)


「アイドル戦争に参加される方はもういないですね~? 〆切りますよぉ~」


 入口で誘導を行う関係者の声を背に、白崎はその場を後にする。

 今まで通り普通に学校に行って、普通に補講を受けて、普通に普通の人生を普通に生きていく。

 そう彼女は決心したのだった。

 その決意を……彼女の心は否定する。


『おとうさん、おかあさん、わたしね、アイドルになるのっ!!』


「っ!! また……頭から離れない……」


『すっごくかっこよくて、すっごくきれいで、わたしのあこがれなのっ!!』


「なんで……また聞こえてくんのよ……!!」


『アイドルになるのは厳しい道だよ? それでもなりたいの?』


『うんっ!! だってね、だってね? たくさんのひとをえがおにする、そんなアイドルにあこがれてるのっ!! きれいなすてーじにたって、きれいないしょうをきて、みんなをえがおにするアイドルは、すごいひとなんだよっ!! わたしもそんなひとになりたい。それが……それが……!!』


「止めてよ……もう、希望ゆめは諦めたのよっ!!」


『それがわたしの……希望ゆめなんだっ!!』


「っ!!」


 白崎の足が止まる。

 心の内で何度も語り掛けて来た幼き日の自分。

 描いた未来と現実の自分を重ね合わせ、心が折れていた彼女へと、かつての自分が呼びかける。


『ねえおねえさん……希望ゆめをあきらめるの?』


「………………嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だぁ"ぁ"ぁ"!! 諦めたくない、私も……アイドル成熟なりたいっ!!」


 もう彼女の目に迷いはない。

 今はただ一心に、己の夢を叶えるため走り出す。

 入口の門は既に閉じ切った。

 それでも彼女は走り出す。

 そして……

 、天から舞い降りた天使のように、夢の舞台へ続く道へと、参上したのだった。

 関係者含め、全ての人間の視線を一身に浴びる彼女。

 だが、覚悟を決めた彼女には、もはや怖い物などなにもなかった!!


「私、白崎光は―――アイドルに、なりますっ!!」

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