春樹さんがグイグイ来る

 分かりません!

 春樹さんが何を考えているのか、怖いくらいに!


 お昼を二人で過ごせただけでも幸せなのに、一緒に下校まで……!?

 なぜ、こんなにも私にとって都合の良いことばかり起きるのでしょう!?


 もしもこれが恋愛小説ならば不幸の前触れです。

 私が個人的に「タイムリミットラブ」と呼称しているジャンルがありまして、恋人と別れる前に相手の願いを全て叶える切ない内容です。


 余命を宣告された覚えはありません。

 それ以外の不幸……例えば春樹さんが優愛さんを選んだということであれば、距離を置かれるはず。つまり……なんにも分かりません!


(……お、落ち、落ち着きなさい)


 並んで歩く帰りの時間。通い慣れた道が普段よりも輝いて見えます。それがあまりにも眩しいせいか、頭が真っ白です。


「輝夜」

「……なんでしょうか?」


 こんなことは初めてです。

 そのせいか、名前を呼ばれるだけでも緊張してしまいます。


「今日ずっと上の空だけど、何か悩み事?」


 あなたのせいです。

 とは言えず……いいえ、あえて言いましょう。


「春樹さんこそ、今日はどうしたんですか?」


 浮かれるのは終わりです。

 

「春樹さんの変化は嬉しいのですが、突然過ぎて……正直、警戒しています」


 夢のような時間は終わり。

 もしもこの先に悪いことがあるのならば、幸せは最小限にしたい。だって、落差が大きい程に傷も大きくなるのだから。


「あー、そっか、そうなるよな……」


 春樹さんは困ったような表情をして呟いた。

 私は唇を嚙み、ただ静かに彼の返事を待つ。


「今まで、本当にごめん」


 彼は、力なく頭を下げた。


「俺ずっと優愛のことばっかりで……輝夜の優しさに甘えてた」


 全身にビリビリと痺れるような感覚がある。


「……それは、どういう意味ですか?」


 私は遅る遅る問いかけた。

 彼は顔を上げ、私の目を真っ直ぐに見て言う。


「遅くなったけど、普通の恋人になりたい」

 

 ……。

 

「……優愛さんのことは、良いんですか?」

「もちろん。昨日ちゃんと話して、お互いに納得した」

 

 ……。

 

「……そう、ですか」


 思考が追い付かない。

 もっと言葉の裏側を──行間を読み取りたいのに、嬉しい気持ちが邪魔をする。


 何か、おかしい。

 具体的な言葉は出てこないけど、不自然だと思う。


「あー、まぁ、信用してもらえないよな」


 気まずそうな声。

 私はハッとして笑顔を作る。


「そういうわけではなくて……その、ちょっとだけ気持ちの整理をさせてください」

「……分かった」


 私は春樹さんが好き。

 図書室で話をして、他の人から聞いた印象とか、見た目じゃなくて、真っ直ぐに私を見てくれた。それから目で追うようになった。だけど彼の隣には優愛さんが居た。私は諦めようとしていた。そんな時に事件が起きた。春樹さんを傷付ける優愛さんが許せなかった。それから──春樹さんの笑顔を見るために、色々なことをした。


 それでも彼の中には優愛さんが残り続けていた。

 ほんの二日前、星を見に行った時だってそうだ。


 分かってた。二人の関係は、たったひとつの事件で壊れたりしない。

 私はズルい。弱っていた彼の心に付け込んだ。そのせいで、彼を悩ませた。それが苦しくて……だけど、やっぱり諦められなくて、あんなことをした。


 翌日、ほとんど会話できなかった。

 ホテルを出て電車に乗って、駅を出るまでの間、ずっと顔が熱かった。


 私の記憶は、そこで終わっている。

 その後、彼と学校で再会するまでの時間は、それほど長くない。


 そんな僅かな時間で……有り得るのでしょうか?

 優愛さんと、どのような話を? そもそも、どうして話をする気になった?


「輝夜」


 名前を呼ばれ、再びハッとした。


「ごめんなさいっ、難しい顔をしてしまって……」

「大丈夫、気にしてない。俺のせいだから」


 反射的に否定する言葉を言いかけて、口を閉じた。

 私が言うべきことは、中身のない社交辞令なんかじゃない。


「……春樹さんは」


 言葉が声にならない。

 怖い。この質問の返事を聞いたら、きっと私は分かってしまう。


「……春樹さんは、私のこと」


 でも、だけど、これ以外に思い浮かばない。

 今この瞬間に答えを聞かなければ、きっと納得できない。


「好きだよ」


 ──


「だから、ちょっと頑張ってる」


 少し間が空いて、彼は照れ臭そうに言った。


「…………」


 私は、また、頭が真っ白になった。

 質問する前に返事が貰えるなんて、夢にも思わなかった。


 それに、それに……初めて言われた。

 彼の口から、好きだと、言って貰えた。


「……なんで、ですか?」


 最初に浮かんだのは疑問だった。


「輝夜が支えてくれたから」


 彼は直ぐに返事をした。

 意味は分かる。彼が辛い時に、私は傍に居た。彼の負担が少しでも減るように気を遣って、彼の笑顔を引き出そうとした。それがきっかけで好意を持ってくれたというのなら、とても自然なことだ。だけど、私の質問は違う。


「……どうして、急に?」


 宝くじが当たった時、こんな気持ちになるのだと思う。

 嬉しいのに、現実感が無くて、喜ぶより先に疑問が出てくる。


「そうだな……じゃあ、当ててみてよ」


 彼は言う。


「俺は輝夜が喜ぶことを当てるから、輝夜は、どうして俺が急に心変わりしたのか、当ててみてくれ」


 とても無邪気で挑戦的な言葉。

 私は短く息を吸って、どうしてか口の中が乾燥しているのを感じながら、頷いた。

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