5.輝く夜で塗りつぶして 前編

「春樹さん、寝不足ですか?」


 俺の隣を歩く輝夜が言った。


「……ごめん、そうかも」

「それはきっと新幹線で睡眠を前借りしたからですね」

「睡眠の前借りって独特な表現だね」

「変でしたか?」

「変じゃないよ。なんというか、輝夜っぽい感じがする」

「いじわるを言われている気がします」


 ムッと唇を尖らせた輝夜を見て、俺はクスリと笑った。


 輝夜と会ったのは数分前。

 学校の校門前で待ち合わせをして、今日も先に到着していた彼女と挨拶をした。


 俺の家と学校を往復してみたい。

 なんとも不思議な提案を受けて今に至る。


「いつもは片道で何分くらい歩くんですか?」

「十五分くらいかな」

「自転車にするか悩む距離ですね」

「そうだね」


 考えたことがなかった。

 だって、いつもは──


「輝夜の家も、そこそこ距離なかった?」


 思考を遮るようにして声を出す。

 少しでも余計なことを考えたら、勘付かれるかもしれないと思った。


「はい。私も十五分くらいです」

「自転車は使わないの?」

「……本が読めないので」

「歩き読書、危なくない?」

「ちゃんと止まった時だけ読んでますよ。信号待ちとか」

「それ、読む時間ほぼなくない?」

「塵も積もれば素敵な読書体験になるものです」


 輝夜は軽く胸を張って言った。

 その得意気な様子を見て、俺はまた笑った。


 やっぱり輝夜と話す時間は楽しい。

 とても気が楽で、なんだか安心する。


 だからこそ……チクリと胸が痛い。

 こんなにも純粋で綺麗な子に好かれているのに、俺は優愛と……。


「春樹さん」


 思考を中断して輝夜に目を向ける。


「普段の登下校は、優愛さんと、ですか?」


 ……。


「そのっ、深い意味は無くて、純粋にどんな話をするのかなと思いまして……」


 数秒、息を止める。

 もはや手遅れだと知りながらも、俺は動揺を気取られないように演技をする。


「ほぼ雑談だよ。次の日には忘れてるやつ」

「そうですか……」


 沈黙が重い。

 もちろん悪いのは俺だ。後ろめたいことがあるから、こんな気分になる。


「春樹さん」


 再び名前を呼ばれた。

 確かな緊張感が生まれ、自然と背筋が伸びた。


「少し、遠くへ行きませんか?」

「……良いよ。どこに行くの?」

「往復で八千円くらい必要ですけど、大丈夫ですか?」


 何それ、県外ってこと?


「平気だけど、むしろ輝夜の方こそ大丈夫?」

「もちろんです。私は親が甘いので。春樹さんの家も、そうなんですか?」

「いや、俺はバイトしてる。親父が大学で働いてて、たまに研究とか手伝う感じ」


 一日拘束されて報酬は一万円。これが月に二回くらい。

 使う機会は少ないから、高校生としては持っている方だと思う。もちろん一万円の出費が頻繁にあると困るけれど、輝夜の頼みなら、一度くらいは惜しくない。


「お父さま、ご立派なんですね」

「……そうかな?」


 言われて悪い気はしない。

 でも少しだけ違和感があった。


 親父は、ほぼ家に居ない。

 だから立派と言われても、何か、違う。


「輝夜のご両親こそ、猫カフェの経営とか、なんか凄くない?」

「ですよね。私も将来は、自分のお店を持ちたいなって思う時があります」


 それは何気ない言葉なのに、俺は眩しいと感じた。

 

「お店って、本屋さんとか?」

「悲しいですけど、新規で紙の本を売るのは難しいと思います。だから、お店を持つなら電子書籍ですね。打倒アマゾネスです」

「輝夜、割と野心家だね」 


 雑談は続けられる。

 だけど、彼女の純粋で真っ直ぐな目を見る度に、その綺麗な言葉を聞く度に、自分が醜い存在のように思えてしまう。


(……輝夜の隣には、もっと相応しい人が居るんじゃないか?)


 こんなことを考えてしまう自分が、嫌で仕方なかった。

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