第4話 青春なんて

 お風呂から出た後は馬鹿みたいに多い課題をさっさと終わらせて、お母さんが作り置きしてくれた料理を温めて食べる。両親は共働きのため、夜遅くまで一人だ。

 明日は校内模試だからさっさと寝てしまおう。俺は歯磨きを済ませてベッドに身を預けた。勉強の疲れのせいなのか、俺の意識は程なくして微睡みの中へと落ちて行った。


 次の日、学校に着いて教室に入ろうとすると、扉の前にミディアムヘアの少女が立っていることに気付いた。

 少女ー彩夏は俺の顔を見るなり微笑みを浮かべて

「優吾さん、今日のお昼は私と一緒に食べませんか?」

 と言ってくる。俺は数秒程考えてから

「ああ。もちろん良いよ」

 と頷いた。すると、彩夏はパッと笑顔を浮かべて

「やったー!優吾さんと一緒にご飯を食べられて私、幸せ者です!」

 と大袈裟に喜ぶ。俺はそんな彼女の姿を見て思わず照れてしまった。今の自分はみっともなく鼻の下を伸ばしていることだろう。

「俺も楽しみにしてるよ。」

「はい!おかげで模試も頑張れそうです!」

 彩夏はとびきりの笑顔を浮かべながら軽快な足取りで自分の学年の教室へと戻って行った。


 水瀬彩夏は俺の1学年下で軽音楽部。つまりは後輩だ。俺が軽音楽部でギターをやっていた頃、ベース担当だった彼女とよく練習が一緒になっていた。

 けれど、今まで特に仲良くした訳でもなく、彩夏が何故俺と友達になろうと思ったのかは謎のままだ。


 校内模試の問題は今までに習ったもの全てと、あまりに範囲が広いため勉強のしようがない。

 それに、校内模試の出来で志望大学に行けるかどうかを先生達に判断されるのだから溜まったものじゃない。

 出来の善し悪しで二者面談が地獄になったりもするから大変だ。担任に「志望校のランクを下げろ」なんて言われた日には落ち込む自信がある。


 それから、中間期末試験の比じゃないくらいに難しい模試を終えて、俺は学校の食堂へと向かう。

 案の定、彩夏は教室の外で俺のことを待っていた。

「毎回毎回模試やら小テストやらで大変ですよね〜。」

「だよなー。学校行事もろくに無いし、俺たちの高校生活は勉強で潰されたようなもんだよな。」

 道中、俺たちは学校に対する不満を零してしまう。全くだ。本当に俺たちの通う学校は頭が堅い。飲食店とカラオケは保護者同伴出なければ禁止だし、ゲーセンなんて保護者同伴でも禁止だ。

 毎日のように「予習復習は大事だ」「受験は団体戦だ」なんて言い聞かせてくる癖に。俺たちから娯楽まで奪う気なのだろうか。本当、大した学校だと自分でも思う。


「優吾さんは何を買うつもりでいますか?」

 食堂に着くなり彩夏が言った。俺は少し考える素振りを見せながら

「とりあえずラーメンにしようかなって思ってる。」

「ならば私もラーメンにします。」


「優吾さんって優しいですよね。」

 黙々とラーメンをすすっている中、彩夏がそんなことを言った。俺は別に優しくなんかない。ただ、自分の思うままに振舞っているだけだ。

「優しくなんかないよ。ただ、自分の思うままにしてるだけだよ。」

「そうですか?私はずっと前から気付いてましたよ?優吾さんは優しい人なんだって。」

 彩夏が頬をほんのり染めながら言う。俺はどうしたらいいのか分からずに箸を手にしたまま固まってしまった。

「部活の準備で荷物が重くて困っていた私を助けてくれたじゃないですか。」

 そんなことあったっけ?と俺が首を傾げている中、彩夏が続ける。

「私が勉強や人間関係で困っていた時も相談に乗ってくれたじゃないですか。嫌な顔一つせずに話を聞いてくれたじゃないですか。」

 そう言えばそんなこともあったなと1年前を振り返って懐かしくなるから不思議だ。こんな重苦しい学校だけれど、ちゃんと青春出来ていたのだなって今になってから思う。


「気にするな。あの時は放っておけなかっただけだ。」

 俺はラーメンのスープを飲み干してから答えた。彩夏は優しく微笑むと

「優吾さん、良かったらこれからも一緒にお昼食べましょうね。」

 と俺の腕を抱き寄せながら言う。きっと俺の顔は真っ赤になっているに違いない。


「俺なんかで良かったらいつでもいいよ。」

「嬉しいです。私、これからも優吾さんと仲良くしたいですから。」

 彩夏はそう言って満面の笑みを浮かべる。その笑顔はまるで天使のようだった。




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