第二章 小説「異世界小説家と女暗殺者の物語(告白編)」

第六話 再会と出会い

 その街は、国境付近にあり、帝国との交易もあり、とても栄えている所だった。

 帝国内には、ここを拠点にして、あの「小説」が入ってきている。

 そして、「本」を書く為に必要な材料は、この街に集まっていた。

 まず調べるとしたら、この街を予定していた。


 行きかう街の人の流れを、ぼんやりと眺めていた。

 来る前は、あれほど勢いがあったのに。

 身を隠すでもなく、あの異世界人を探す。

 背格好が似ていると、ドキッとした。

 そして、人違いだとわかると、ガッカリする。

 ふらふらと街中を歩きだし、あいつを探していく。

 目星を付けた店に近づいたその時、あの異世界人がいた。


(あそこにいた。見付けた)

 何かを選んでいるようだ。

 インクや紙を選んでいるのか?

 それらは、他の国では、中々扱っていない。

 しかし、このリンド皇国では、それが他国より豊富である。

 少し年上の雰囲気の男と女が、あの異世界人と一緒に歩いている。

(女は、どっちの女なのだ?)

 真剣な顔で品物を選んだり、三人で談笑したりしていた。

(あいつ、あんな顔で笑うんだ。)

 私は、その場で立ち止まっていた。

 私の方へ、だんだんと近づいてくる。

 いつ、気が付くのかなどと、期待をしながら、ジッと私は見ていた。


「あっ!」

 私を見付けると、あいつは大きな声を出した。

 脱兎のごとく走って来て、「来てくれたんだ! 『本』を。『本』を、読んでくれたんだね?」

 異世界人は、私を抱きしめてきた。

 見上げる感じで、あいつは、うれしそうな顔をしていた。

(こいつ、こんなに背が高かったんだ。目は、あの時と違う優しい目をしている)

 涙を浮かべ、話しかけてくる。

 私は、話が耳に入って来ない。

 情けないことに私の手は、抱きしめられたまま、動かせなかった。


 一緒にいた男と女も、駆け寄ってきた。

「ほら、だから、絶対来るって私言ったじゃない」

 と、女はバシバシと若い男の腕をひっぱたいていた。

「痛いじゃないか。私は、来ないなどと一言も言ってないぞ」

 若い男は、払いのけるようにしながら言い返していた。

「まあ、何か少し疲れてそうね。ここまで来るのは大変だったんじゃない?」

「どこかの店で、少し休みましょう。ほら、フェイス! お店探して!」

 その女は、立て続けに話し続ける。

「わかってるよ、ローズ。それじゃ、いつも帰りに立ち寄るお店へ行こう。そこで良いだろ?」

「じゃ、そこで。フェイスは、先に行って席取っててよね。ほら、枇々木ヒビキ先生!。この子を、ずっと、ここに立たせてる気?」

(この人、枇々木ヒビキって言うんだ。年上の若い男は、フェイス? 女は、ローズか)

 フェイスは店へ向かい、私達も続いてお店に向かって歩いて行く。

 ローズは、少し斜め前を、ニコニコとした笑顔で歩いている。

枇々木ヒビキ良かったね。嬉しいねぇ」

 枇々木ヒビキは、少し照れ臭そうにしている。

 私は手を引かれながら、後を付いていく。

(とても疲れた。こんなに疲れたのは始めてだ。ずっと気が休まらなかったからな)

 お店に付くと、ウェイトレスがメニューを持って席を案内してくれた。

 ローズは、ウェイトレスの女性に対し、軽く手を振ってる。

「ああ、こっちこっち!」

 フェイスは、私達を見付けて声を掛けてきた。

「もう、自分だけ先に!」

 ローズが、少しむくれている。

「すぐ同じものが来るよ。いいじゃないか、先に呑むくらい」

 仲が悪いんだろうか、この二人。

「私は、編集長をしている”フェイス”と言います。隣の子は”ローズです。リリィさん、良く来てくれましたね。ここに来るまで、大変だったでしょう」

 私の名前知っている?

 少し戸惑いつつ、私は答えた。

「そんな……、ことは……、ない」

 ここまでずっと走ってきたが、体は疲れていない。

 決断するまでの葛藤や、無事に来られるのかの不安で、神経の方が大変だった。

 

 枇々木ヒビキは、ずっと私の手を握っていた。

 何から話して良いのか、迷っている風だった。

 私は、『ガラスのペン』のことを思い出し、リュックから取り出して、ケースごとテーブルに置いた。

「これ、あの時の”ペン”だ。返す」

 枇々木ヒビキは、それを見て、目を輝かせて驚いていた。

「ちゃんと持っていてくれたんだね。捨てられてるか、壊されてしまったかと思ってたよ」

「お前が、『大事な物だ』と言っていたから」

「これ、綺麗なケースだね」

「あまり綺麗ではない。これは、私の剣をしまうケースだ。折れるといけないから、これに入れた」

 それを聞き、枇々木ヒビキは、私を強く抱きしめた。

「リリィさん。ありがとう。本当に大事な物なんだ。これ」

 枇々木ヒビキの体が少し震えていた。

 ローズは、少し涙目になっていた。

 フェイスは、微笑みを浮かべて私達の様子を見ていた。


「そろそろ出ようか。お金いくらかな?」

 フェイスは、落ち着いたところで、ウェイトレスの女性に声を掛けた。

「フェイス編集長! 私は、また貴方が、女性を泣かせているのかと勘違いしましたわ」

「え? 変なこと言わないでよ」

「ウフフ、冗談です。はい、これお釣り。では、またのご来店をお待ちしております」

 何度も来ているせいなのか、ウェイトレスの女性とも親しいようだ。

 私達は店を出て、枇々木ヒビキ達の住んでいる屋敷へ向かう。


 強い視線を感じ、直ぐに振り向いたが、その気配が消えてしまった。

 振り向いた先には、フェイスとローズの顔があった。

「ん? どうしたの?」

 ローズが、首をかしげて尋ねた。

「ううん。何でもない」

 私はごまかしたが、フェイスは笑みを浮かべ黙っている。

(やはり、枇々木ヒビキには、監視が付いていたか。そして、それが先ほどの気配。でも、あの気配。国境の時の?)

(もしかしたら、私は人知れずに、消されてしまうかもしれないな)

(だが、それも仕方があるまい。それは、覚悟してきたんだから)

 フェイスの笑みが気になったが、あれこれ聞いても仕方がない。

 最悪でも、明日の朝ぐらいまでは、命はあるだろう。

 そんな気持ちを抱きながら、枇々木ヒビキの住む屋敷へ向かう。

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