ゴブリンの花嫁 ~浮気の濡れ衣を着せられて王子に婚約破棄された私。 何もかも失った私は1匹のゴブリンを愛してしまった~

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ゴブリンの花嫁 ~浮気の濡れ衣を着せられて王子に婚約破棄された私。 何もかも失った私は1匹のゴブリンを愛してしまった~

 私の名前はホルン。

両親は由緒正しい上流貴族……つまり、私は公爵令嬢という立場になる。

周りのみんなは私のことを【白銀の天使】と呼んでいる。

私のこの銀色の髪と顔が美しいからという理由からなんだけど、正直ちょっと恥ずかしいし、自分ではあまり自覚がない。

スタイルには自信ありだけど!

私はこの日ほど明日を迎えたいと思ったことはない。

明日は私にとって2つの幸せが待っている。

1つは私の20回目の誕生日……両親や友達が私のことをお祝いしてくれる!

こればかりは何度やっても嬉しくて仕方ない!

そしてもう1つは……私とリューゴ王子の結婚式。

リューゴとは昔からの幼馴染。

顔立ちがとてもよく、誰にでも優しいリューゴは誰からも愛されている。

もちろん、私だって彼を心から愛しているわ。

立場で言えばリューゴの方が上だけど、そんなの関係なく……私達は昔から兄弟のように育ってきた。

そんな私達が惹かれ合ったのは……もしかしたら自然なことだったのかもしれない。

2年前にリューゴから婚約を申し込んできた時は涙が止まらなかった。

本当に嬉しくて夜も眠れなったくらい……。

結婚を両親や友達に報告すると、みんな自分のことのように喜んでくれた。

明日……私は1つ大人に成長し、同時に1人の妻となる。

今……私は人生最大の幸福に包まれていると信じていた。

……この日までは。


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「新婦、ホルン フォード……あなたは夫、リューゴ クリンクを愛するとここに誓うか?」


「はい、誓います」


 翌日……式は予定通りに進んでいった。

憧れの花嫁衣裳に身を包み、幸せに包まれているみたい。

周囲には私達を祝福しに来てくれた人達でいっぱい。

あまりの数に教会の外で待機している人達もいる。

そしてついに……私達は神の前で永遠の愛を誓うことになった。

私は神父様の問いに、迷いなく答えた。


「新郎、リューゴ クリンク。 あなたは妻、ホルン フォードを愛するとここに誓うか?」


「……」


 神父様の問いに答えず、リューゴはなぜかうつ向いてしまった。


「……新郎、リューゴ クリンク?」


「リューゴ? どうかしたの?」


「私は……私は誓うことはできません!」


「えっ?」


 リューゴの口から飛び出したのは耳を疑う言葉だった。

私が呆気に取られていると、リューゴは参加者達の方へ振り返る。


「私達の結婚を祝うためにわざわざご足労頂いた皆様にこのようなことを告げるのは心苦しいですが……ここにいるホルン フォードは、私以外の男性と関係を持っているのです!」


ざわざわ……。


 教会中の人が驚きのあまり声を上げる。

もちろん私だって驚いている。

だって私には身に覚えがないのだもの。

これまで私はリューゴ以外の男性と関係を持ったことなんてない!

神にだって誓える!


「リューゴ、何を言ってるの!?

せっかくの結婚式なんだから悪ふざけはやめて!」


「白々しい嘘をつくんじゃない! こっちには証人がいるんだ!! カイリ!」


 カイリというのはリューゴの城に仕えるメイド長の女の子。

私も何度か面識がある可愛らしくてしっかりした子。

カイリちゃんは教会のドアを大きく開いて現れ、数名の男性達が連れて私達の元に歩み寄ってくる。

男性達はどれもこれも顔立ちが整っていて、男性的な色気も漂われている。


「カイリが連れてきたこの方々は、ホルンと関係を持っていた……言ってしまえば浮気相手です」


 リューゴがそう告げると、教会内のざわめきはヒートアップしていく。

でも私は誰1人として面識はないし、関係なんて持っていない。


「待ってリューゴ! 私は浮気なんてしてない!! それにこんな人達見たことも……」


「嘘をつくな! この人達から証言は得ている。

お前が夜な夜な彼らと逢引きしていると……だが良心の呵責に耐えきれなくなり……私に罪を告白してきたんだぞ!! それに引き換えお前という奴は……」


「そんな……私は本当にあなたしか愛していないの!! お願い信じて!!」


「見苦しい言い訳はおやめください! ホルン様!」


 私の言葉を遮ってきたのはカイリちゃんだった。

その時の彼女の顔は今まで見たこともないほど憎しみに満ちたとても恐ろしい顔だった。


「出過ぎたことだと理解しておりますが……この際はっきりと申し上げます!

私もホルン様の浮気の証人の1人です!!

私は以前、ホルン様がリューゴ様以外の男性と関係を持っていた現場を偶然居合わせました。

ホルン様はこのことを話したら、両親もろとも私を破滅させると……黙秘を強要なさいました……ホルン様はリューゴ様を裏切っただけでなく……自身の権力を振りかざして凶器となさった……このような暴君がリューゴ王子の隣に立つにふさわしい女性とは思えません!!」


「あっあなたまでどうしてそんな……どうしてそんなひどい嘘をつくの!?」


「やめろっ!!」


 カイリちゃんに詰め寄ろうとした私の前に立ち塞がるリューゴ。

彼の顔にも怒りと憎しみといった負の感情が張り付いている。


「浮気を認めないどころか……カイリにまで危害を加えようとするなんて……どこまで恥の上塗りをすれば気が済むんだ!! 君のご両親や私達を祝福してくれる方々に申し訳ないと思わないのか!?」


「違う……違う……!!」


 背後から強い視線を感じ……振り返った瞬間、私は絶句した。

先ほどまで私達の幸せを喜んでくれていたみんなの目が……まるで汚らわしい物を見るような否定的なものへと変貌していた。

言葉に出さなくてもわかる。 

みんな、私が浮気をした最低女だって思ってるんだ。


「そんな目で見ないで……私は浮気なんてしてない……誰か……信じてぇぇぇ!!」


 私の人生最高の日が人生最悪の日へと変わった瞬間だった。



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「……どうしてこんなことになったの?」


 あの後……結婚式は中止となり、リューゴとの婚約も破棄となった。

私は国の名誉を汚した女だと国中から罵られ、国外追放されることになった。

リューゴに何度も誤解だと言ったけど、彼は聞き入れてくれなかった。


『お前のような恥知らずの女など、娘ではない!! 2度と顔を見せるな!!』


『あんたなんて生まなればよかったわ!! どこかで野垂れ死になさい!!』


 両親も私の言葉に耳を傾けず、絶縁を言い渡された。

私は何もかも失い……ほとんど着の身着のまま1人で国を出ることになった。

国の外に頼る人なんていないし……住む場所もない。

お金もあまり持っていないから今までみたいな生活はもうできない。

そんなに金遣いが荒い方じゃないけど、やっぱり必要最低限の生活費はほしい。

それに……やっぱり1人だと心細くてこれから生きて行く自信がない。


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「……」


 希望もないままどれだけ歩き続けたのかわからない。

新品の靴は傷と土の汚れでボロボロ……空腹とのどの渇きで足に力が入らなくなってきた。

頭もフラフラして方向感覚も良く分からなくなってきた。


ポツ……ポツ……


 その上、ひどい雨まで降ってきた。

雨を避けるための傘や屋根なんてないから私はびしょぬれになる。


「……」


 天に口を開いてどうにか水分は補給できた。

でも雨は容赦なく降り注ぎ、私の体からぬくもりを奪っていく。

私は走る気力もなく、幽霊のようにトボトボ歩き続けた。


「このまま死ぬのかな?」


 私は死を覚悟した。

どうせ死んでも悲しんでくれる人なんていない……。

でもどこでどうやって死ねばいいの?

痛いのや苦しいのは嫌だな……。


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「……」

 死に場所を求めながらたどり着いたのは何の変哲もないただの洞窟。

視界に映った瞬間、蓄積されてきた疲労が一気に襲い掛かって来る。


「……」


 雨宿りと休息を兼ねて、私は洞窟に入ることにした。


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「……」


 洞窟内はとても暗い……私は手元に魔法で作った小さな光を頼りに奥へと進む。

そして、適当な所で腰を下ろしと途端、全身の力が一気に抜け落ちる。

想像以上に私の体は疲弊していたみたい。

これで疲れは取れていくと思うけど、空腹だけはどうにもならない。

一時的に命が長引いたとしても、餓死するのはそう遠くはないだろう。


「ピギャ!」


 色々思考を巡らせていた時、洞窟内に不気味な鳴き声が響き渡った。

ハッと我に返った私の視界に映ったのは、緑色の皮膚を持つ小鬼……ゴブリンだった。


「ごっゴブリン……」


 ゴブリンは新米冒険者でも倒せる弱い魔物と認識されているが、ゴブリンは専ら集団で行動する魔物。

1匹1匹は弱くても、それが何十匹も同時に襲ってきたりすれば……熟練の冒険者でもどうなるかわからない。

そんなゴブリン達が執拗に狙うのは若い人間の女性、又は人間に近いエルフ等の異種族の女性。

彼らは女性達を連れ去り、自分達の子孫を残すために繁殖行為に及ぶ。

それは彼女達が死ぬか子供が作れなくなるまで行われ、用済みになれば殺される。

運良く冒険者に助けらたとしても、精神が崩壊して廃人と化すのがほとんど。

冒険者でない私でも、ゴブリン程度なら魔法で倒すこともできる。

でもそれは万全の状態であればの話。

まともに動くこともできない今の状態じゃ、抵抗なんてできない。

……いや、抵抗なんてする必要ないか。

私はどうせ1人……ゴブリンの慰み者にされたって誰も悲しんでくれない。


「ピギャ!!」


 言葉はわからないけど、ついてこいと言っているみたい。

ゴブリンは拉致した女性を洞窟に監禁すると聞いたことがある。

洞窟の奥に来いということは……そういうことなのでしょうね。


「わかった……」


 私は抵抗することなく、おぼつかない足取りで洞窟の奥に進んでいく。


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 奥に進むにつれ、徐々に通路が広くなっていき、壁には火のついたたいまつが設置されている。

多分ここはゴブリンの巣なんだろう。

所々に檻のような部屋がある。

……でもおかしい。


「ほかのゴブリンがいない……」


 今、私の目の前にいるゴブリン以外……ゴブリンが1匹も見たらない。

ゴブリンが見張りもつけずに巣を空にするなんて考えられない。

攫われた女性も……いない。

その代わり、折れた剣や槍がいくつか転がっていて、所々に大量の血が落ちている。

そういえば……少し前に国の冒険者達が新米冒険者たちを引き連れて大規模なゴブリン討伐を行っていたわね。

たしか……ゴブリンに拉致された女性達の救出と新米達の経験を兼ねて、国王が命じたのよね。

よく考えてみれば……いくら私が弱っているからって、ゴブリンが単独で人間の前に姿を見せるなんて普通はあり得ない。

じゃあもしかしてこのゴブリン……。


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「ピギャ!」


 ゴブリンに連れてこられたのは監獄のような汚らしい檻の中だった。

私が中に入ると同時にゴブリンは扉を閉め……どこかへ行ってしまった。


※※※


「ピギャ!」


 ゴブリンが再び戻ってくると、その手には大きなリンゴが握られていた。


「ピギャ!」


 ゴブリンはリンゴを私に投げ渡す。

もしかして、食べろってこと?

軽くリンゴをかじっても、ゴブリンは何もしてこない。

ゴブリンの様子から人命救助と言う訳ではなさそう。

多分……繁殖させるために私に体力を付けさせようとしているんだと思う。

空腹からか……リンゴがとても美味しく感じる。


「ありがとう……とてもおいしいわ」


 理由はどうあれ、餓死寸前の私にこのゴブリンは食べ物を恵んでくれた。

私は思わず感謝の言葉を述べ、涙まで溢れてきた。

絶望の底に沈んでいる私にとって、このリンゴは命をつなぎ……心を救った……まさに神の果実とでもいうべきものだった。


「ピギャ!」


「……」


 この時……私は目の前のゴブリンが愛おしく思えた。

彼も私と同様、誰にも必要とされない孤独な者。

それが親近感を湧かせたのかもしれない。


「ピギャ!」


 リンゴを食べ終わると、ゴブリンが檻の中に入ってきた。

その腰に巻いてある布が膨らんでいるところを見るに、行為に及ぶ気でいるみたい。


「……そうね。 リンゴをご馳走になったのだから、あなたの要望にも応えないとフェアじゃないわね」


 私は自ら服を脱ぎ、ゴブリンに体を開いた。

多少体力の戻った今なら魔法で倒すこともできたのかもしれない。

でも……私にはそれができなかった。

浮気の濡れ衣を着せられて何もかも失った私……冒険者たちに仲間を討伐されたことで1人になってしまったゴブリン。

私はどこか……親近感のようなものを感じていた。

私なんかの体でこのゴブリンが満足するというのなら……この体を差し出すのも悪くない。


※※※


 それから長い時間……私とゴブリンは快楽を共有した。

別に後悔なんてないし……ゴブリンを憎んでもいない。

憎むどころか……精魂尽き果てて、私の横で眠っているゴブリンが愛らしく見えるくらいだ。

私も快楽に身をゆだねたせいか……死にたいとまで思っていた自分がどこかに吹き飛んだような……晴れやかな気分だった。


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 ゴブリンと体を重ねた日から2日が経った朝……。

けたたましい足音と共に目が覚めた。


「ゴブリンが! まだ生きてやがったか!!」


「ピ……ピギャ……」


 私の視界に映ったのは、冒険者らしき男性と対峙している彼だった。

風貌から見て熟練の冒険者だろう。

装備もかなり整っている……ゴブリン1匹がまともに太刀打ちできる相手じゃない!


「くたばれ! クソゴブリン!!」


「ピギャ!!」


「やめてっ!!」


 男が剣を振り下ろそうとした瞬間、私は無意識に魔法を放ち、男を氷漬けにしていた。

もちろん死んでいるわけじゃない……氷が解けたら元に戻るわ。

この辺りは気温が高いからそれほど時間は掛からないでしょう。


バキッ!


 檻の柵もその際凍り付き、粉々に砕け散った。


「こっち!!」


「ピギャ!?」


 檻から飛び飛び出した私はゴブリンの手を掴み、無我夢中で外へと走った。

あの冒険者の仲間がそばにいる可能性もある。

ぐずぐずしていたら今度こそこのゴブリンが討伐されてしまう……それだけは嫌だった。

このゴブリンがいなくなったら、この世にもう私の居場所がなくなる……そんな気がしてならなかった。


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「……」


 気がつくと、私達は人気のない深い森の中にたっていた。

追っ手が来る気配もないからとりあえず安全は確保できたと思う。


「ピギャ……」


 ゴブリンはそわそわと少し落ち着かない様子。

住み慣れた巣から離れたのだから無理もないわ。

国を追われた時の私もそうだったもの。

でももうあの洞窟には戻れない。

戻れたとして、冒険者に見つかればそれまで。


「大丈夫よ」


 私はゴブリンを安心させるために、子供をあやす母親のように優しく抱きしめた。

助けるためとはいえ、ゴブリンから巣から引き離したのは私自身。

私にはこのゴブリンを守る責任がある。


「私がずっとそばにいるから……だから安心して、ゴブ……」


 ふと思ったんだけど、ゴブリンをゴブリンと呼ぶのも

ちょっとよそよそしく感じるわね。

かといって、名前を聞くことはできない。


「……ホーブ」


色々思考を巡らせた私が呟いたのは、亡くなった祖父の名前。

祖父は私をとても大切にしてくれた、大切な家族。

結婚式の1年前に病死した。

祖父は私とリューゴの結婚式を楽しみにしていた。

それだけに、あの結果は本当に残念でならない。


「ピギャ……」


「うん! あなたの名前はホーブ!」


 こうして私は、ホーブと生きていく覚悟を決めた。


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 私達はまず、水と食料を確保するため森の中を散策した。

こればかりは魔法でどうにかなるものじゃない。


「……小屋?」


 しばらく歩いていると、古びた小屋を見つけることができ、中に入ってみた。

中は埃まみれでゴミも散乱し、床や屋根には所々穴が空いていて、とても人が住んでいるとは思えない。

裏に回ると、そこには小さな川が流れていた。

流れる水は透き通るように美しく、手ですくって飲んでみたけど、冷たくてとてもおいしい水だわ。

とりあえず、水の確保はできたわね。


「ピギャ!」


「……あっ! 待って!」


 何かに反応したホーブが突然、小屋から駆け出した。


「ホーブ!」


 どうにか草むらの中でホーブを捕まえることはできた。

なお興奮気味なホーブの視線の先にいたのは若い女性だった。

その先には村があり、彼女はそこに帰ろうとしている所みたい。


「ホーブ……あの子を襲おうとしたの?」


「ピギャ!」


 繁殖欲の強いゴブリンゆえに、女性に発情するのは仕方ない。

でもここで問題を起こせば、すぐさま討伐部隊が駆けつけてくることになる。


「ホーブ、女性を襲ってはダメなの。 そんなことをすればあなたは殺されてしまうわ! つらいかもしれないけど……私だけで我慢して」


「ピギャ……」


 一時は暴走寸前だったけど……すぐ小屋に戻って交わることで、どうにかホーブの気を沈めることができた。

ホーブがゴブリンである以上……またいつ、こういうことが起きるかわからない。

女性を襲わないようにするには、力で押さえつけるよりも体でホーブの劣情を常に沈めるしかない。

何より……ホーブが私以外の女性と交わるなんて……考えるだけでも不快だ。

私だけがホーブの隣にいたい……私だけがホーブを愛したい……そんな独占欲が私の中に芽生え始めていた。


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 私がホーブと出会って3年の月日が流れた。

私達はあの小屋で2人きりの生活を送っている。

本来、自然の中で生きるためには狩り等して食料を得る必要がある。

でも私には狩りの知識なんてない。

ゴブリンであるホーブは狩りの経験自体はある……でもゴブリンの狩りは集団で武器をふるって行う。

ロクな装備のないホーブを1人で狩りには行かせられない。

2人で一緒に狩りに出たとしても……万が一はぐれてホーブを1人にすれば、冒険者やハンターに襲われる可能性がある。

だから私たちは薬草を採取し……それを近くの村で売ってお金に換え……それを元手に食料や薬品を購入している。

安全面を考えたら、これが最も最良な手段だと思う。

ここ最近は自分達で畑を耕して自給自足な生活にも力を入れ、それなりに充実している。


「ピギャ!」


「はいはい。 今ご飯にするから、少し待っていてね?」


 この3年間の生活で、互いに意思疎通が少しできるようになった。

言葉……というよりも、仕草や動作で読み取っていると言った方が良いのかもしれない。

お互いの気持ちを理解し合えるようになり、3年間互いを支え合ってきたことで強い絆が芽生えてきた。

たまにホーブが若い女性に欲情することがあったけど、私は頑固としてそれを阻止してきた。

彼の身の安全も考えているけど……それ以上に私は彼を愛してしまっていた

もうホーブのいない人生なんて考えられないし、ホーブさえいてくれたらもう他に何もいらないわ。


※※※


「ホルン?」


「えっ?」


 そんな幸せな生活を満喫している私の前に現れたのは、かつて愛していたリューゴだった。


「ホルン……探したぞ。 どれだけお前に会いたかったか……」


「今更私に何の用なの?」


 私の言葉を信じず、一方的に婚約破棄した癖に……どういう心理をしていたばそんなセリフを吐くことができるの?


「ホルン、聞いてくれ。 俺はカイリに騙されていたんだ」


 リューゴの話によると……。

あの結婚式で暴露した私の浮気は、リューゴがカイリと仕組んだ芝居……偽証だったという。

リューゴは私と婚約してから間もなくしてカイリと関係を持ち、浮気をしていた。

だが私と婚約している上、カイリとは身分が違うため、結婚を賛同してくれる人なんてまずいない。

だがカイリに心が傾いたリューゴはどうしてもカイリを諦めきれなった。

そこでまず、みんなの目が集まる結婚式で私に浮気の濡れ衣を着せることで周りの同情を集めつつ、婚約を破棄した。

次に周囲からの同情を集め、リューゴのそばで支え続けているカイリに注目させる。

そうすることで、両親や国民達にカイリを認めさせた結果……王子と使用人の結婚という、小説みたいな結末を迎えることができた。



 ところが結婚から間もなくして……カイリが魔王の女幹部であるサキュバスであることが判明した。

カイリは魔王のスパイとしてリューゴに近づき、王子の妻という立場を手に入れた。

カイリという強いパイプを手に入れたことで魔王の国盗りは恐ろしいほど早く進み、あっという間に私の元居た国は魔王に占領された。

国の人達も必死で抵抗したみたいだけど、無意味だったみたい。

私を信じてくれなかったかつての友人達も両親も、生死不明だという。

まあ魔王軍が襲ってきたというのならまず生きてはいないだろう。

でも不思議なことに……私は全く悲しさを感じなかった。


「カイリの奴……俺に何度も愛してると囁いていたのに……魔王軍が侵攻してきた途端、”お前はもう用済みだ”と吐き捨てて殺そうとしたんだ! あの裏切者の悪魔め!!」


 あなたも私を裏切った裏切者じゃない。

何を被害者みたいなことを……。


「どうにか1人で逃げることはできたが……俺は全てを失ってしまった……そんな時、ホルンのことを思い出したんだ。

お前は本当に俺を心の底から愛してくれていた……お前といた時間は本当に楽しかった!

そんなお前ともう1度人生をやり直したい!

そう思って、お前を必死に探してきたんだ!

だからまた、昔のように2人で生きよう!! ホルン、心から愛しているよ!」


「……」


 私は怒りを通り越してあきれ果てた。

どうして過ぎ去った過去で私の気持ちを引こうとするの?

どうして私に愛してるなんて言葉が言えるの?

どうして……かつての私はこんな男と愛していたの?


「ホルン……俺達は互いに全てを失った……。

俺の気持ちがわかるのはお前だけ……お前の気持ちがわかるのも俺だけだ。

俺達がこうしてまた再会できたのは、運命だったんだよ」


「何が運命よ! あなたは私を捨てて別の女に乗り換えて、それが上手くいかなかったから私に媚びを売っているだけでしょ!?」


「違う! 俺はカイリに騙されていたんだ!

でもやっとわかったんだ……俺にとって大切なのはホルンだって!

きっとあの結婚は、俺とホルンに神が与えた試練だったんだよ!」


「運命だの試練だの……そんな歯の浮くような言葉を並べれば、女が寄り添うと思っているの!?

私はあなたと一緒になる気はないわ! さっさとこの場から立ち去って!!」


「どうしてそんなことを言うんだ! 俺達は愛し合って、結婚までしようとした仲だろう!?」


「その仲を壊したのはあなたでしょう!? いい加減にして!」


「お前こそ、いい加減に素直になるんだ!!」


 リューゴは私の腕を掴み、あろうことか強引に連れて行こうとしてきた。


「離してっ!!」


 

 私は必死に腕を振り払おうとするけど、リューゴは手を離そうとしない。

いっそのこと噛みついてやろうかと思ったその時……。


「ピギャァァァ!!」


「うわっ!!」


「ホーブ!」


 ホーブが突然リューゴに飛びつき、私をリューゴから引き離してくれた。


「ピギャ!ピギャ!」


「やっやめろ!!」


 倒れたリューゴに覆いかぶさり、彼の顔を両手で何度も殴りつけるホーブ。

ホーブ……私を助けようとしてくれるの?


「このっ!」


「ピギャ!!」


 リューゴはホーブを力づくで引きはがし……立ち上がると同時に腰の剣を引き抜く


「汚らしいゴブリンが俺の顔を……許さん!!」


 リューゴは剣を振り上げ、ホーブに向かった振り下ろした。

ホーブの血が地面に飛び散ったのを目の当たりにした私は、今まで経験したことのない恐怖に支配された


「ホーブ!!」


 リューゴを無視して倒れたホーブの元に駆け寄り、その小さな体を抱き上げた。


「ホーブ! しっかりして!!」


「ぴ……ピギャ……」


 意識が朦朧としていたけど、ホーブにはまだ息があった。

しかし、裂かれた胸からあふれるように血が流れている。

早く手当てしないと死んでしまう!!


「ホルン、そんなゴブリンなんか放っておいて俺と……」


パシッ!


 リューゴが差し出してくる手を払いのけた。

私は濡れ衣を着せられた時よりさらに強い怒りと憎しみをリューゴに向けていた。

人をこんなに殺したいと思ったのは初めてだ。

でも今は、ホーブの手当てが先。

私はホーブの体を抱きかか、小屋に向かって駆け出す。

小屋にある回復薬を使えば、助かるかもしれない。

回復魔法があればこの場で手当てができるけど……私にはそこまでの魔法の才はない。

……そんな私の焦りも知らず、リューゴが私達の前に立ちふさがる。


「ホルン! どうしてそんなゴブリンなんか助けようとするんだ!?」


「どいて……あなたに構っている暇はないわ」


「何を言っているんだ!? そいつはゴブリンだぞ!?

女を孕ませることしか頭にない汚らわしい魔物なんだ!!」


「ホーブは私の大切な家族よ! 侮辱しないで!!」


「まっまさか……ホルン。 そんなケダモノに心を寄せているなんて言わないよな?」


「そうよ……私はホーブを心から愛しているわ。 何もかも失った私にとって、ホーブが唯一の希望なの!」


 ホーブとの出会いや関係は、小説のようなロマンのあるようなものじゃない。

でもホーブは私のそばにずっといてくれた。

それだけで私の心は救われた……私がホーブを愛する理由はそれだけ……それだけで十分。


「きっ気は確かか!? ゴブリンなんて繁殖するしか能のない脆弱な魔物相手に、人間のお前が愛を感じているというのか!?」


「えぇ……だから私はホーブを助けたいの! だからそこをどいて!」


「ふっふざけるな! 俺は認めないぞ!! ゴブリンなんかに……俺の女を奪われてたまるかぁぁぁ!!」


 リューゴは剣を構え、剣先を私が抱きかかえているホーブに向ける。

ホーブにトドメを刺す気だ。


「そう……だったら力づくで通るわ!」


 私はホーブを片手で抱えたまま、右手をリューゴに向ける。


「まさか俺と戦う気か? 俺は騎士の称号を得た剣士だぞ? 初級魔法しか使えないお前が敵う訳があにだろう? バカなことは考え……」


ボッ!!


 リューゴの言葉など耳に入らず、私は最も得意な炎魔法を放った。

リューゴへの憎しみではなく、ホーブの命を救体という気持ちを名一杯込めて……。


「がぁぁぁ!!」


 油断していたのか……私の魔法が効いたのか……リューゴは炎をまともにくらい、もだえ苦しんだ。


「……」


 リューゴは糸の切れた人形のようにその場で倒れた。

息はあるけど……全身にやけどを負っていて、思うように動けないみたい。

私はホーブを抱え直し、小屋へ急ぐ。


ガシッ!


 急ぐ私の足を掴んだのはリューゴだった。

最後の力を振り絞って私を止めようとしているみたい。


「れっ冷静になるんだ……人間とゴブリンが一緒になれるわけがないだろう?

ホルン……きっとお前はそのゴブリンの魔法で操られているんだ。

しょ……正気に戻ってくれ」


 この期に及んでそんな言葉を吐くリューゴに私ははっきりとした口調で告げる。


「リューゴ……私がホーブを愛しているのは私の意志よ。

人間だろうがゴブリンだろうが、そんなことは関係ない。

私はホーブと生きて行く……これれからもずっと。

だからもう私達の前に現れないで。

これ以上、私達の幸せを邪魔しないで!」


「ほ……ホルンー!!」


 私はリューゴの手を振り解き、小屋に走った。


※※※


 小屋に戻るとすぐ、ホーブに回復薬を服用させた。

しばらくすると……傷口が少しずつ塞がり、呼吸も安定していった。


「……ピギャ」


「ホーブ! 大丈夫?」


「ピギャ、ピギャギャ!」


「私は大丈夫。 だから安静にしていて」


 ホーブは大けがを負ってもなお、私を心配してくれていた。

そんなホーブの優しさに、私は心から喜びを嚙みしめた。

助けに行ったのは自分なのに、結局私に助けられて恥ずかしいと言っていたけど……そんなことはない。

私にとっては、白馬に乗った王子様だったよ?


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 あの後しばらくして、リューゴの様子を見に行ったけど、彼はすでにそこにはいなかった。

それ以降……リューゴが私達の前に姿を見せることはなかった。

私はもうリューゴを恨んではいない。

彼は振り返ることもない過ぎ去った過去の1つ。

今の私には、ホーブとの生活がなによりも大切なのだから……。


-----------------------------------


 それから1年後……。

今、私のお腹には新たな命が宿っている。

もちろんホーブとの子供よ?

なかなか子供ができなくてホーブには申し訳なく思っていたけど……ようやく願いが叶った!

今は村の病院に通いつつ、徐々に大きくなっていくお腹を2人で見守っている。

それが人間なのかゴブリンなのかはわからないけど……そんなのどっちでもいい。

私達にとって大切な子供であることに違いはないのだから。


「ピギャ?」


「そんなに心配しなくても順調に育っているから大丈夫よ」


 私達の関係は完全に夫婦となり……村の人達の中にも、私達のことを知って応援してくれる人も出てきた。

中には否定的な人もいるけど、長年のサバイバルで鍛えられた私の魔法で”穏便”に理解を深めて行っている。

かつては【白銀の天使】と呼ばれていた私は、いつしか【ゴブリンの花嫁】と呼ばれるようになった。

私はとても気にいっているけどね。


「私達はもうすぐ親になるんだから、これからもっと頑張らないとね?」


「ピギャ!」


「ところで……最近、村の女の子達が小さな人影に胸やお尻を触られるってよく聞くんだけど……何か心当たりはない?」


「ピギッ!」


「……今度2人で謝りに行きましょう」


「ピギャ……」


 ホーブは頭を下げてしっかりを反省してくれた。

ゴブリンの特性を考えたら……痴漢で済んでいる分、かなり理性を保っている方だと思う。

でも悪いことに変わりない……そこはホーブといえど、反省してもらわないと……。

なんだか花嫁というより母親みたいね……私。


「ピギャ!」


 ため息をつく私に、ホーブがピンク色の花を一輪、差し出してきた。


「どうしたの? これ」


「ピギャ!ピギャ!」


「私と赤ちゃんのために摘んできてくれたの?……ありがとう」


 この花は、ホーブからの初めてのプレゼント。

私は胸がとても暖かくなるのを感じた。


「……ホーブ。 あなたは妻ホルンを愛することをここに誓いますか?」


「ピギャ?」


 花を受け取った際、私はホーブに誓いを問う。

ホーブは言葉の意味がいまいちよくわからなかったみたいだけど……。


「つまり……これからもずっと、私のそばにいてくれる? ホーブ」


「ピギャ!!」


 ホーブは力強く頷いてくれた。


「ありがとう……私もずっとあなたのそばにいるわ」


 私は愛を天の神に示すように、ホーブと口づけを交わした。

リューゴとは叶わなかった誓いを、ようやく神に告げることができた。

ボロボロの小屋の中で、私達2人……ううん3人しかいないけど、私にとっては最高の結婚式よ。


「幸せになりましょうね、お父さん!」


「ピギャ!」


 私達はこれからも一緒に生きて行く……人生は良いことばかりじゃない。

困難やつらいこともある。

それでも私達なら、乗り越えていけると信じている!

だって私達はすでに、人間とゴブリンという種族の壁を乗り越えて……こうして家族として結ばれている。

そんな私達なら、どんな未来にも進んでいける!

そうでしょ? ホーブ!


「ピギャ!!」


【完】

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ゴブリンの花嫁 ~浮気の濡れ衣を着せられて王子に婚約破棄された私。 何もかも失った私は1匹のゴブリンを愛してしまった~ panpan @027

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