4-3

「かつてこの地方は戦乱と呼ぶに相応しい時代でした。勝てば栄光、負ければ滅亡、一度弱みを見せればたちまち攻め込まれる。その上長引く戦に不満を募らせる民衆、隙あらば政権を狙う家臣達。私にとっても姉にとっても、壁の外にも内にも、信頼できる者はお互いだけでした」

「……」


 結果勝ち残った唯一の国。数多の犠牲の上に得た栄光を、この老戦士は手放そうとしている。


「信頼が愛に変わるのに切っ掛けは必要無かった。ですが、当然ながら父――当時の国王はそれを良しとしなかった。私に遠征という名の国外追放を命じたのです」


 カヴァの視線は遠く地平線の彼方を向いている。そこは昔断腸の思いで向かった先なのか、決して取り戻せない過去がある方向なのか。


「ですが、天が味方してくれたのか、十年間私は死ぬ事無く故郷に帰り着く事ができました。しかし、そこに待っていたのは、私の知っているシャンパーニュではなかった」

「…………平和、という意味でしょうか?」

「……」


 話し出さないカヴァに先を促す意味で問いかけるが、返事は無い。更にカヴァの気持ちを推し量る言葉を投げかけてみた。


「命からがら戦果を持ち帰ってみれば、最早戦争などどこ吹く風。皆が穏やかに暮らしていれば、確かに素直に喜べない気持ちはあるでしょうね」

「違います。そういう事ではないのです」


 カヴァは唐突にかぶりを振る。


「と、言いますと?」

「……これ以上は、言葉で説明するには限界があります。まずは姉に会っていただけますか? 依頼を受けるかどうかは、そこで最終的に判断してくださって結構です」

「ふむ……となると、城内に?」

「ええ、姉は中心部の王城に居ます。いえ、囚われているという表現の方が正しいでしょう」

「……」


 戦争が終わって平和になった国。姉弟が愛し合っていて且つ王族。女王を信仰し、異様に平和で豊かな地に住む異様な国民。そんな国を滅ぼしたい。囚われている。

 説明に肝心な箇所が抜けているせいで、全体像があと少し見えてこない。

 ただ、今回の依頼は故郷ソムリエ経由だった。カヴァがどうにかして故郷ソムリエの事を知り、【デ・マンドール契約】により『特殊能力』を身に着けた誰かに、シャンパーニュを滅ぼしてもらえないかと頼んだ。

 そこで、故郷ソムリエの管理官はカヴァの素性と依頼内容の詳細を調べ、問題無いと判断した。

 そして、その依頼を達成できるのはロブマイヤーと、その【デ・マンドール】であるフィオーラの『特殊能力』だと判断した筈だ。だからこそロブマイヤーは此処に居る。

 ただ、この時点でカヴァにはロブマイヤーとフィオーラの『特殊能力』の詳細は伝えていない筈だし、こちらとしても可能な限り秘密裏に依頼を達成するように厳命されている。「秘密は守れ。手段は選ばなくて良い」…と。


「……報酬の話をしましょうか」

「なんなりと、この国にある物であれば全て差し上げます」

「では、貴方と、この国に居る者そのものを頂きたい」


 カヴァの目が見開かれる。


「それは…奴隷、という事でしょうか?」

「いえ、まあ…正確に言うと違いますが、大雑把に言ってしまえば、のです。結果的にはそうなる、という意味でですが。国民は問題ないでしょう、なにせ国を滅ぼすんですから。まさかとは思いますが、この上自分だけのうのうと生きようなどとお考えではおられないでしょう?」


 秘密は守る、手段は選ばない。最初から選ぶ気も無い。


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