粉砕・破壊・必殺・無敵 魔法少女メガボルト
@alpharfa114541
黒王派の挑戦 魔法少女メガボルト参上!
森ヶ丘町は小さな山林や昔ながらの商店街が存在する平穏な街である。時刻は午前五時半に差しかかり、空はうっすらと白みをつけ、小鳥の囀りが静寂の夜明けに響き渡っていく。そんな中、住宅地から商店街を隔てる石畳の道を走りゆく少年がいた。森ヶ丘高校三年、男子野球部飯島和博主将である。短く刈り上げた頭と険しい表情、安物の黒ジャージで屈強な体を覆った姿は、典型的なスポーツ学生そのものである。六歳の時に父親とやったキャッチボールから始まり、彼は子供時代と青春の全てを野球に捧げてきた。早朝に住処から街を一周するランニングは小学時代からの習慣であり、彼の基礎体力と運動神経並びに試合成績を支える原動力であった。
「ふぅッ! ふぅッ! ふぅッ!」
「和ちゃん今日も頑張って〜」
「はいッ、ざっす!」
商店街に差し掛かって声をかけてきた青果店の奥さんに、手短に挨拶を返す。飯島の練習精神はストイックで素朴な性根を形成し、試合成績の評判も相まって街の人々からの評価は高い。毎日の習慣を様々な人に見られていることもあり、森ヶ丘町の名物として見られていた。だが今日の彼はいつもの商店街を通り抜けるコースではなく、その隣の山へと向かう。甲子園がもうすぐ始まる。それにあたり、彼がそれまで以上のトレーニングを必要としていたからだ。巨木に囲われた山の舗装道を、足を振り上げ走っていく飯島。ここには彼のトレーニングを邪魔する者は誰もいない。
「はッ、はッ、はッ」
「精が出るねェ」
「えっ!?」
その時、彼に声をかける者があった。周囲に人はいないことは視認できていたはずなのに、声が聞こえてきた。飯島は驚き、立ち止まり、見回し、そして上を見上げた。巨木に足を絡めて彼を見下ろす、幾人もの影があった。黒い全身タイツの上に、黒いズボン、黒いジャケット、黒い覆面に黒い兜……不気味な程の黒黒黒、全身黒尽くめの集団。木々の間から漏れる朝陽に照らされたその連中は、ただただ異様だった。そして覆面集団の中に一人だけ、ローブで体を覆った大きな影があった。そのローブも黒かった。
「飯島和博、県立森ヶ丘高校三年A組、野球部主将、背番号十番、打順三番、守備はセンター、右投右打、打率は……」
「あ、なっ、なんなんですか。どちらさんですか!」
「おーいけない、その態度はいけない。私達は君のことをよく調べた。ランニングコースを把握するに至るまで……なのにその態度はいけないなぁ〜。」
嘲笑うように言うと黒ローブは木から飛び降り、飯島の目前五メートルの場所に着地した。同様に、飯島の後ろに黒尽くめの連中が降りてくる。左右は山林と舗装道を隔てる手すりで塞がれていて、逃げられる方向はない。飯島の顔は恐怖に青ざめていく。それを見て、黒ローブは満足げに肩を揺らした。
「君のチームは弱卒そのものだが、その一方でなんと甲子園出場にまで漕ぎ着けた。君一人の能力のおかげだ、君の運動能力は間違いなく優れている! 私達はそれが目当てなのだ……。」
「い、す、球団スカウトの方ですか!?」
「そう見えるかね、イーヒヒ、ヒヒ!」
「ヒュイイイイ……。」
「ヒュイ、ヒュイイイイ……。」
「ソルジャーズ共! 怪我はさせるなよ、せっかくの上玉なんだ……。」
ソルジャーズと呼ばれた黒尽くめ達からは、ヒュイイという謎の音がひっきりなしに鳴っている。まるで猛獣の鳴き声のようだ。静かなはずの山林を侵す、無数の駆動音。飯島の緊張がピークに達し、脂汗が全身に滴る。もはやパニック寸前だった。
「ど、どいてくれぇっ!」
「ヒュイイ!」
ついに耐えきれなくなった飯島は、ソルジャーズの一人に掴み掛かった。豪速球を容易く打ち返す筋肉質な巨腕が相手のジャケットを捉え、怪力で投げ飛ばす……ことは、できなかった。ソルジャーズはピクリともしない。飯島はソルジャーズの膂力が自分より劣ると仮定していたが、実際は彼より余程力強かった。お返しとばかりに飯島の腕を押したそのパワーは、まるで人間とは思えないものだ。
「うわぁっ!」
「ヒュイイイイ!」
「やめてくれ、やめてくれぇええ!」
「連れて行け、そいつはいい改人になる! イーヒヒ!」
叫ぶ飯島を取り囲み、駆動音を響かせながら怪力で抑え込むソルジャーズ。その姿を嘲るようにしながら、黒ローブが命じる。もはや飯島はこのまま彼らに拉致されてしまうしかない……この場の全員がそう思っていた。その時である!
「待てェ、外道!」
「何ッ」
樹上から見下ろす影あり! それは巨木の上に仁王立ちし、ギラついた目で拉致の現場を睨みつけていた。黒ローブとソルジャーズがどよめく。飯島の理解を超えた状況に、彼は涙目になるばかりであった。
「なんだ貴様ァ! 降りてこい!」
「黒王派のクズ共が、だーれにモノ言ってやがンだ! ここいらじゃお初にお目にかかるから、よく見とけェ!」
朝陽がその顔を照らし出す。短い髪に青い髪留め、緑の上着にハーフパンツ。そしてその下にテカテカ輝く黒いボディスーツ。何より目に付くのは顎下の古傷。それは獰猛な表情を浮かべた、豊満な美少女であったのだ!
「降・雷ッ、ボルトチェーンジ!」
上着を翻し、左手首に右手を叩き付ける。すると彼女の周囲にスパークが散り、その後輝く雷電が体を取り囲んだ! 変化は一瞬だった。頭から禍々しい二本角が生えた。髪は伸びて癖毛と化し、真ん中は真紅に、両脇は黄金色に変色する。上着とハーフパンツは粒子に分解され、鎧武者の下半身を思わせる装甲ズボンへと作り変えられた。ボディスーツには黒の他に赤と黄色が浮かび上がり、複雑な模様のパターンを描く。装甲ズボンから取り出したサングラス型デバイスを装着し、彼女の変化は終了した。
「響け雷! 叫べ電! 世に悲劇の蔓延るさだめ無し! 聞けェ悪党共! 我こそ愛と平和の使者……魔法少女、メガボルトォ!」
木々に浴びせられる体から漏れ出た電気! 立ち上る真っ赤な炎! サングラスの奥から光る眼光! 悪鬼の如き獰猛な笑み! それらを直視して恐怖に泣く飯島! 魔法少女メガボルトは、何の躊躇もなく敢然とソルジャーズの只中へ飛び込んだ。跳躍の蹴りで揺れる巨木! 衝撃波で炎が消える!
「トォッ!」
「ヒュイ!」
「ヒュイイイーッ!」
空中回し蹴りで飯島を捕まえていたソルジャーズが吹っ飛ばされる。メガボルトは解放された飯島をキャッチ、そっと地面に下ろした。彼女は飯島より一回り小柄で細身であったが、震えたままの飯島を紙箱のように抱えていた。
「ソルジャーズ、そのガキを逃すな!」
「ヒュイー!」
「ヒュイイイイ……!」
「逃さねえってのァこっちのセリフだ、オラァ!」
メガボルトの両腕に電光が迸る! 空気が弾ける音と空気が焼けるオゾン臭が周囲を包む中、メガボルトはその腕を地面に突き立てる!
「スパァアアアク、ウェェエエィブ!」
スパークウェーブとは魔法少女メガボルトの必殺技で、地面に打ち込んだ電気エネルギーを操作し全周囲の敵を一気に感電させる恐るべき技である。立ち上る電流が、ソルジャーズ達に波のように被さる!
「「「「ヒュイイイイイーッ!」」」」
超高圧電流に晒されたソルジャーズ達は黒尽くめのボディをビクビクと跳ねさせ、白い湯気を立ち上らせながら倒れる。その直後、その全てが体内から起こった大爆発によって消滅! 周囲にコードや小型ネジを撒き散らす。ソルジャーズ達は人型アンドロイドの殺人兵器だったのである! 卑劣な自爆機能は表社会にその存在を知らせないための証拠隠滅システムに他ならない!
「ぐぐぐ〜、おのれーッ!」
スパークウェーブに耐えながら、黒ローブはその姿を自ら顕にした。まるで人の形に成形された銀色の棒の集合体だった。頭部や胴体にあたる場所には銀色の球体が配置されており、そこには黒い王冠のマークが刻印されている。そしてその背中には螺旋が描かれた金色の円盤が二つ。どこから見ても人間とは異なる存在であり、その異形度はメガボルトよりも顕著である。
「改人テンタクラー、作戦は必ず遂行する〜!」
「やっと正体を出しやがったか、クソッタレの改人野郎!」
「喰らえ〜ッ」
テンタクラーが背負った二枚の黄金円盤がほぐれ、刻まれた螺旋の通りに細長い触手になっていく。およそ十メートルの長さの黄金触手が音の速さで伸び、メガボルトを強かに打ち据える! 腕を組んで防御し、衝撃に耐えるメガボルト!
「うお、てんめッ……!」
「うわぁ、助けてェ〜!」
「あッ!」
もう片方の触手は山道の木を一本へし折りながら飯島に絡み付き、テンタクラーの下へ引き摺り込む。メガボルトは触手を殴り飛ばして反撃するが、その判断のせいで飯島を取り逃がした格好である。テンタクラーが嘲笑う! 追い討ちをかけるかの如く、触手が折った木がメガボルトの頭上に落ちてくる! 泣き叫ぶ飯島!
「わぁ、わあああっ!」
「黙れガキが、手こずらせやがって! 逃げるが勝ち、じゃあな!」
触手で飯島を捕らえたまま足を捻り、跳躍の姿勢をとるテンタクラー。木を受け止めたメガボルトは落ちてくる枯れ枝や葉っぱに顔を顰めた。テンタクラーへの怒りが頂点に達する。弱者を救う魔法少女として奴をこのまま逃してなるものか、心中で己を鼓舞する! 右腕に収束する激しい稲光が、細長い槍の形をとる!
「サンダー! シュートぉおおッ!」
サンダーシュートとはメガボルトの必殺技である。腕に形成した電撃の槍を投げ付け、敵を焼き切る攻撃である。槍は雷速で敵に到達するが、雷速とは空気中では光の速さと同義であり、回避できる敵は存在しない! 直撃! テンタクラーの触手が瞬きよりも速く焼き切られる。テンタクラーは飯島を置き去りにジャンプしてしまう!
「馬鹿な、クソぉお〜!」
空中で振り返り、残る触手でメガボルトを狙うテンタクラー。しかしメガボルトは不敵に笑むと、木を投げ飛ばした! 山道を隔てる手すりが木の重みで押し潰され、メガボルトから漏れ出た電気によって焼け焦げる。そして跳躍! メガボルトは触手の先端に向けて両足を伸ばし、そこへ眩い稲光を収束させた!
「メガボルトキィイイック!!」
テンタクラーの触手は渾身のドロップキックと足先の電気エネルギーによって容易く焼き切られ、溶かされ、バラバラに飛び散る。メガボルトキックとはメガボルトの必殺技である。足先に収束した電気エネルギーによって敵の装甲を劣化せしめ、合成人工筋肉の膂力を乗せた超剛性合金ブーツの衝突で敵の装甲を突破し、そしてそこへ電気エネルギーを流し込む三段構えの対改人用ドロップキックマニューバーである! 触手を無力化されたテンタクラーの胴体に両足が叩き込まれ、蜘蛛の巣状にひび割れた装甲球体の内部へ電気エネルギーが容赦なく流れ込む! 空中で蹴り飛ばされたテンタクラーはさらに上空へ吹き飛んだ!
「のがぁああああああ! 黒王派バンザーイ!」
炸・裂! 自爆機能か、はたまたメガボルトキックの破壊力によるものか、テンタクラーは大空に咲く爆炎に消えた。昇る朝日とは別の光が、森ヶ丘町を照らしたのであった。
「え、な、なに……?」
飯島は山道に転がりながら、自分を襲ったおぞましい何者かの最期を呆然と見上げるしかできなかった。彼の体を縛っていたテンタクラーの触手は既に取り払われ、魔法少女を名乗る女性も忽然と消えていた。全ては幻のようでさえあった。だが、遠くから聞こえるサイレンが飯島を現実に引き戻した。山林から覗く火事や稲光、爆発音などで異常事態を把握した近隣住民の通報であろうことは、混乱する頭でも何とか理解できた。
「そ、そうだ。母さんに電話……えっ。」
飯島はとにかく、家族に状況を報告せねばならないと感じた。事件に巻き込まれた恐怖と不安から家族に縋り付く心情もあったかもしれない。だがポケットから取り出したスマートフォンで彼は、信じがたいニュースを目にする。それは黒いローブを被った集団を背にする、黒いマントと黒いマスクを装備した屈強な男の演説であった。
「我々は黒王派と呼ばれる組織である。これより君達世界各国を侵略し、足元に平伏させる者である。」
「人種・資源・イデオロギー。過去の文化や出来事は一切関係なく、我々は我々にその力があるからこそ、侵略を断行する。」
同様の映像は、東京六本木の大型モニターにも映し出されていた。大型交差点を行き交う若者達は、それを見て笑う。
「えーまじ、映画?」
「本物じゃないよね。」
「このおっさん誰〜?」
「ていうか衣装がダサ!」
「これはプロモーションではなく、単なる宣戦布告である。理解できぬならそれで良し。できることなら抵抗してみたまえ。」
あるいはアメリカ国防省、戦略会議室の薄暗いモニターでも。
「各モニターにハッキングがかけられており、映像が止まりません!」
「リアルタイム中継ではないようです! 動画ファイルは各地から送り込まれてきています!」
「舐めた真似を……!」
「長官、これは生半なテロではありません!」
「我々の戦力は改造人間、略して改人。歩兵、戦車、戦闘ヘリ。この世のあらゆる陸戦兵器より強力なものだ。これで君達の文明を蹂躙する」
さらには宇宙、『同盟』と自称する謎の集団が本拠、小惑星の中でも。
「黒王は先走ったようだね……皆、今は様子を見よう。水を差すのはいつでもできる。」
そして森ヶ丘町の外、路上停車された砂色のジープ。ダッシュボード上の小型テレビ画面にも、黒王派の宣戦布告は映し出されていた。運転席に座る茶髪の美青年が、映像に対して憎悪に燃える目を向ける。その後ろの座席で同じ映像を見ているのは黒髪の美少女。魔法少女メガボルトの姿から元に戻ったのだ。
「我々の力を思い知り、なるべく早い降伏を勧めるものである……」
「へッ!」
彼女は鼻で笑うと指先から電流を飛ばし、テレビ画面の電源を切ってみせた。それを咎めるように、運転席の青年が後方を見る。魔法少女の顔には、猛獣の如き獰猛な笑みがあった。
「まとめてブッ飛ばしてやるぜ。」
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