第8話 スパッと切り裂く

 先生の顔はサッと青ざめたかのように見えた。すくなくとも言葉に詰まっている。きょろきょろ目を瞬かせ、反撃に転じた。


「転校生に空席をあてがうことのいったいどこが不都合になると言うのです。それは至極、当然の行いではありませんか」


「そうですね。転校生に席が空いているよと声をかけ、クラスメイトと自然な交流がはじまる。それはよく見かける光景です」


 手の平でそっと机を撫でた。ツルッとした手触りにひんやりした冷たさを感じる。


「ドラマやアニメの世界ではね」


 短く言葉を切り、撫でていた机からアイリン先生の方へとするどく視線を向ける。


「でも現実はそうじゃありません。使わない席など邪魔なだけでしょう。掃除の度に移動させるだけの大荷物は馬鹿げてます」


 無論、私も席が常にぴたり埋まるものだと思ってはいない。使わない席は使うようになるその時まで倉庫なり、空き教室なりできちんと保管しておくべきものだろう。


 いつの間にか落ち着きを取り戻していた先生は、何食わぬ顔で平然と嘘をつく。


「あら、そんなこと。シェリンさんの為に準備した物だとは思わなかったのかしら」


 私の推理を邪魔しようと水を向けているのだろうけれど、それも詮無きこと。そんなチョロチョロと流した水なんてものは、この私が詮をしてあげようではないか。


「はい、思いませんでしたよ。だとしたら先生は準備したはずの席を知らんぷりし、さも今気付いたといった風な演技をしていたことになります。それは何のために?」


 ちょこんと首をかしげて見上げると、

「それは……」

 と言葉を濁した。


 先生も探偵なのだ。言ったところで無駄だとわかっているのだろう。返ってきたとしても私には返す刀の準備がしてあった。せっかく振り上げて待ち構えているのだ、思い切り振り下ろしたいところではある。


 すると、

「ちょいと良いですかね」

 と手が上がった。


 金田くんだ。


「先生も知らなかったとしたらどうです。他の生徒、職員が知らぬ間に運び入れていたのならなくもない話だ。先生だって人の子、把握してないこともありましょうよ」


 ボサボサ頭を掻きつつも、きらりと覗くそのひとみは意外にも刺すように鋭い。刀を握る手にもぐぐっと力が籠もっていく。私は待ってましたとばかりに、えいやと目をつぶって力いっぱいに降り下ろす。


 実際にすこし手をあげた。手に刀を持つ代わりに広げてみせ視線を誘導していく。示すさきは、お隣の御船千子ちゃんだ。


「彼女には千里眼がありますね。机の中ものぞけちゃうほどのすごい能力です。そんな彼女が私に言ったのですよ。転校生の私がきた以外は何もかも昨日のままだ、と」


 頷く面々。金田くんも、ううんと唸る。


 思った通りに千子ちゃんの千里眼は周知の事実だったのだろう。真偽の程はさておいたとしても、彼女が見たという証言を翻すような者はひとりとしていなかった。


 ずばっと一刀両断である。気持ちいい。ご機嫌なまま、鼻歌交じりに続けざまで。


「つまり、机は前から。すくなくとも昨日の時点ではここにあったということです。そして、使われない机を置く道理はない。この机は昨日も普通に使われていたのだ」


 手に違和感がのこる。


 あんなに気持ちよく切りつけたというのにざらりとしたイヤな感覚だった。それはだれの声かすらもわからない、解くなというあの声を聞いたせいなのだろうか。


「ふぅむ、なるほど。こりゃぼくはうっかりと余計なことを言いましたよ。そのままどうか、忘れちゃってくださいな」


 そう言って、すごすごと引き下がっていく金田くんの姿が自信へと変わっていく。大丈夫だ、私の推理はまちがっていない。


 べっとりと纏わりついてきて離れない胸のざわつきを振りほどき、ただ前に進む。手に握り込んでいた筆箱を机の上に出す。

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