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美術部と同じく、写真部の部室は事務棟の一階にある。その扉を木曽は開けて、戻りました、と言った。
中にいるのは男子生徒がひとりだけで、窓際の椅子に座っている。彼はカメラ雑誌から顔を上げた。
「遅かったな。応募する写真は決まったのか?」
「というより知らない写真が混じって痛みたいです。誰のか調べたくて、こいつに手伝ってもらおうかと」
「ふーん。まあ、無事に応募できるならいいか。これでやっと帰れる」
彼は雑誌を閉じて、あくびしながら背伸びした。
木曽は部室を見回している。俺には何かを探しているように見えた。
「部長、小海先輩はどこですか? 鞄はあるみたいですけど」
部屋の中央にある長机にはノートパソコンとプリンターが置かれていて、その近くには鞄が三つある。話の流れからして部長と小海そして木曽のものだろう。
部長はその一つを肩に担ぎ、言った。
「木曽が職員室に行ったあと、カメラ持って出てったぞ」
「え! どこに行ったか聞いてませんか?」
「何も言ってなかったな。とにかく俺は帰る。今日は誰も来ないだろうし、戸締まりは木曽か小海でしとけよ」
「はい」
そして部長がいなくなると、木曽はすぐにスマホを取り出す。直後に鞄のひとつから着信音が鳴りだした。
「小海先輩、スマホ置いてったのか。撮影に連れていってもらいたかったのに」
「きっと急いでいたんだよ」
スマホを置いていく理由なんて他に思いつかない。その言葉に納得した木曽は肩をすくめた。
「仕方ないな。先に写真の方を考えようぜ。何から始める?」
取っかかりがないか部室を見回す。壁際にカメラ雑誌がつめこまれた本棚があるぐらいで殺風景すぎる。写真部なら現像する暗室とかあってもよさそうだけど、デジタルしかやらないせいか、それもなかった。
となると情報が得られるのはこれしかないだろう。俺は長机のノートパソコンを指さした。
「これって部員で共有してるとか?」
「そうだけど」
「それなら、ひとりづつフォルダで分けているんだろ。あの写真があるフォルダの名前でわかるんじゃないか?」
「それだ!」
木曽はパソコンを起動する。これで解決できると思ったが、あっと言う間に挫折した。
俺はパソコンから目をそらして天井を見上げる。
「なあ、この中に何枚の写真があるんだ?」
「さあ。みんな何でもかんでも入れすぎなんだよ」
「そのセリフを木曽が言うな」
木曽のフォルダには百枚以上あり、部長に至っては千枚を越している。しかもフォルダの数は部員数より多くて探す気にもならなかった。パソコンに詳しい人ならうまい探し方を知っていそうだが、残念ながら俺も木曽もそんな技術を持ち合わせていない。
こうなるとアプローチを変えるしかなかった。
「木曽、部長が書類箱を職員室に持って行ったんだよな」
「そうだよ。戻ってきた時に、南牧先生が呼んでるって言われたんだ」
「その間、他の部員は? 誰も来ないって言ってたけど」
「フォトコンの応募終わったし来るわけないだろ。気が抜けてるんだよ」
木曽と小海は来ているじゃないか。そう言いかけて思いとどまる。小海はまだ撮ってないと言っていたし、木曽はその撮影についていこうとしていた。もしかすると午後の授業をサボって撮影していたかもしれない。それなら木曽についてこられたがらなかった理由につながると思い、一応聞いておく。
「書類箱に小海先輩の写真はあったのか?」
「なかった。空のクリアファイルがないか調べたから間違いない。それに先輩の写真を俺が見逃すはずないだろ。それにしてもどこに行ったんだ?」
「俺が知るはずないだろ。それよりもさっきの写真だよ。誰が、何のために、やったのかが知りたい」
と言いつつも小海の行き先に目星はつく。昼休みに下見だと言っていたし屋上だろう。でも本当の撮影場所はあそこではない。試し撮りができないとも言っていたからだ。事務棟の屋上と同じように見えるけど、あそこからは撮れないもの。俺はそれを知っている。水田に写る帆高山脈、教頭の富士見が言っていた景色だ。夕日を背負った帆高と水田。それを撮れるのはスポーツ科校舎だけだ。小海はきっとそこにいる。
それが正しければ全てに説明がついた。普通科生徒がスポーツ科校舎に立ち入ればトラブルになる。だから小海は木曽についてこさせたくなかった。でもスポーツ科校舎に行くとは言えないし、木曽の説得もできない。そこで使ったのがフォトコンテストの写真だ。木曽のファイルに二枚あれば南牧は呼び出して確認する。その間に撮影に行けばいい。
つまり、あの写真は木曽を足止めするためのものだったんだ。
窓の外に目を向ける。影が長くなってきてはいるが夕暮れまでは時間がある。今からでも間に合うはずだ。
ただ、小海の居場所を木曽に伝えていいのか判断に迷う。小海はついてこさせたくないと考えているが、その理由がトラブルに巻き込まないためなら教えてもいいと思った。要するに騒ぎにならなければいい。それに俺もその景色が見たかった。
「木曽、小海先輩のところに行きたいか?」
「セーゴにはどこにいるのかわかるのかよ。……そうか、わかった。屋上だ」
木曽は真上に指を向ける。それに対して俺は首を振った。
「惜しい。屋上はあってるけどスポーツ科校舎だな」
「え! なんでそんなとこに!」
木曽の慌てて俺の両肩をつかんだ。つかむだけならまだしもガクガク揺らされる。
「落ち着けって。ただ撮影しに行っただけだろ」
「でもスポーツ科校舎だぞ! ばれたらどんな目に合うか!」
「追い出されるだけだろ。撮影は失敗するだろうけど」
なだめようにも木曽は心ここにあらずといった様子だ。見かねて助け舟を出す。
「心配なら行ってみるか?」
「行くに決まってるだろ。でもどうやって?」
「騒ぎにしない方法がある。でも準備が必要なんだ」
俺はそう言ってスマホを取り出した。俺たちがスポーツ科校舎に入るには二人の協力が必要になる。ひとりは快諾してくれそうだが、もうひとりは説得しないといけない。それを思うと気が進まないが、木曽のためなら仕方ないと思った。
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