牛丼男

猫目 綾人

牛丼男

 私の名前は澤口 健司。42歳。いわゆる中年だ。

 世の中年男性の中で、使命を抱きながら生活している人は少ないだろう。だが私には使命がある。それは、牛丼の最も美味しい食べ方を見つけ出すことである。だから私は、今日も今日とて牛丼屋へとやって来た。


「いらっしゃい」


 20代前半程と思われる男性店員が、元気よく挨拶をしてくる。その笑顔や声色は、愛想笑いという風な印象を感じさせない。中々に良い接客だ。


「好きな席に座ってください。ご注文が決まりましたら、お声がけください」


「どうも」


 好きな席に座っていいというのは、客側の立場からすればかなりポイントが高い。込み具合などによっては仕方ないが、たまに席が空いているにも関わらず、店員が座席を指定してくる店もあるからな。自由に席が選べるというのは、店を評価するうえで重要なファクターの一つだ。


 俺は、言われた通り好きな席に座り、メニューに目を通した。

 メニューには牛丼以外にも、カツ丼や親子丼などの別の丼や、定食などがあるが、私が頼むものは決まっている。牛丼だ。


 先程は、店員の対応がどうのこうのと言ったが、正直に言うと牛丼の味さえよければ、そんなものはどうでもいいのだ。牛丼良ければ全てよしだ。


 さて、今日はどのようなメニューにするか。

 私は今まで、数年間に渡ってありとあらゆる牛丼のトッピングや組み合わせ、食べ方などを試してきたが、未だに最も美味しい牛丼とは何かを模索している。


 一口に牛丼といっても様々な種類がある。

 肉だくやねぎだく(玉ねぎ多め)、卵のありなし。キムチやチーズがトッピングされているものなどまである。


 だが、今回は始めてくる店だ。キムチやチーズなどのトリッキーな注文は避け、無難な注文にしておくのが、落としどころだろう。

 なら、今回は卵もなしにしておくか。最近は卵をトッピングするパターンが多かったからな。ここは卵なしで牛丼の本来の美味しさを再度確認するか。


「すみません。注文いいですか」


「はい」


 店員に注文を使用としたその時、メニュー表のセットメニューの欄が目に入った。

セットメニューには、『みそ汁+サラダセット』『みそ汁+キムチセット』『みそ汁+漬物セット』の三種類があった。この中から選ぶなら『みそ汁+漬物セット』だ。私は瞬時にそう判断する。


「あのーお客様。ご注文は?」


 なぜ漬物を選ぶのかというと、今回の牛丼の場合、キムチを選んでしまうと牛丼の軸がブレてしまう。するとサラダと漬物のどちらかということになるが、このセットに求めるのは、食事においてのお酒を飲む際のチェイサーのような役割を果たしてくれるかどうかだ。


「あのーお客様。ご注文は?お客様?」


「おい、どうしたんだ?」


——お客様からの反応が得られず困っている僕に、先輩が話しかけてくれた。


「このお客様の反応がないんです」


「お客様?」


——先輩が、お客様の前に手を振るが、お客様の反応はない。


「反応しないな…」


 その観点で考えると、漬物の方に軍配が上がる。

 サラダよりも漬物で口直しする方が、渋い味わいや食感により、牛肉の甘みや柔らかさがより引き立たされるからな。


 よし、今回のメニューはノーマル牛丼とみそ汁+漬物セットで決まりだ。


「ん?今ピクッと動いたぞ」


「本当だ。お客様。聞こえますかお客様?」


 待てよ?


 今まで漬物と卵の相性を調査したことはなかったからな。もしこのセットメニューを付けるのなら、卵のありなしも変わってくるぞ。

 …さて、どうしたものか?


「また、反応しなくなった」


「私が見ましょうかな?」


——僕と先輩が困っていると、眼鏡をかけて知的そうな中年男性のお客様が話しかけてきた。


「あなたは?」


「私は医者です。その人の状態を見てみましょう」


「お医者様ですか、是非お願いします」


「ふむ…」


——医者のお客様が、反応のないお客様の目にライトを当てて、何やらチェックしている。


「これは、どうやら意識解離症候群が起こってますな」


「それはどのような状態なんですか?」


「要するに、現実とは意識が切り離され、自分の精神世界の中に入り込んでしまっているということです」


「なるほど」


 おそらく、卵を入れるよりノーマルの牛丼の方が、漬物との親和性が高いと思われる。ここは、当初の予定通りノーマルの牛丼で…。


 いや、待て。


 話にならない。何を考えているんだ私は。

 私の目的は牛丼の研究。それなのに思われるという憶測だけで、無難なメニューを選んでどうする!

 牛丼の研究に妥協があってはならない。

 卵のまろやかさと漬物が、どのような化学反応を起こすか。確かめさせてもらおうじゃないか。


「あの」


「はっ、はひ!?」


 はひ?変な返事をして、どうしたんだこの店員は?


「牛丼並みの卵トッピングに、みそ汁と漬物のセット」


「は、はい。承りました」


「あっ、あの。お客様、大丈夫ですか?」


 もう一人の店員が、心配そうな顔をして質問してくる。


「何がですか?」


「い、いえ。大丈夫ならいいんです」


 なんだ?変なことを聞く店員だ。


「ヤバいなあの客。マークしとけよ」


「はい」


 店員たちが厨房にメニューを報告すると、厨房で調理している他の店員がより一層忙しそうに動き出した。

 ん?この音。どうやら牛丼を煮込みだしたようだ。それにこの匂い、牛丼を煮込む前にカツオだしを入れている。できるな。


 さてと、注文が届くまで他の客が食べているものでもチェックしておくか。

ん、なんだあの牛丼は!?


 牛丼の上にチーズが大量にのっている……。

 いや、確かにチーズは美味しい。これだけならまだわかるが、あろうことかこいつ、この牛丼のセットにみそ汁と漬物を選んでいる!これじゃあ、古き良き日本家屋が立ち並ぶ江戸時代の町並みに、突如イタリアンのピザ屋が出現したようなものだ。まったく、風情もへったくれもあったものじゃない。


 ん、それにあの客。

 私の視界にさらに別の客の牛丼が目に入る。

 牛丼の上に紅しょうがを山盛りにのせている。どうやらかかってしまったか、あの依存症に。


『現在、大羽銀行に押し入った強盗が周囲を逃走中です。近隣に住む方は注意してください』


——テレビのニュースから物騒な内容の事件が聞こえてくる。どうやらこの近くで起こったらしい。大丈夫なのだろうか。


「これってここの近くだろ」


「物騒だな」


——ここの近くで起こったと聞いたことで、お客さん達もざわざわと騒ぎだす。


『また、犯人の名前は塩見 良太郎。出身は―』


 あの牛丼の上に紅しょうがを山盛りにする食べ方、もちろん私も試したことがあるが、別に美味しいわけではない。だが、これを食べたが最後。次に牛丼屋へと足を運んだ時、この紅しょうが山盛り牛丼を食べたくて仕方がなくなるのだ。

 それを2度3度繰り返すことで依存度は増加していき、気付いた時には取り返しのつかない状態となってしまう。

 私もこの依存症を克服するために、しばらく牛丼屋に行くのをやめるという苦行をすることとなってしまった。


 あの客の罪悪感を感じたような複雑そうな顔。

 あの顔をしていてもやめられないとなると、かなり依存度が進行していると思われる。


「お客様、お待たせしました」


 だが、あれは他人に言われてどうにかなるようなものではない。


「お客様?」


——またか?


 あの客には悪いが、私に出来ることは、あの客が依存から解放される日が来るのを祈ることだけだ。


「ん、それは私の頼んだものだな」


「はっ、はい。どうぞ」


 ボケっとして、どうしたんだこの店員は?

 店員の様子に怪訝な心情を抱きつつも、気を取り直した私は、早速運ばれてきたメニューに目を通した。


 うむ、いい面構えだ。


 牛丼の食べ方には、『初志貫徹型』『中期変化型』『後期変化型』の大きく分けて3つの食べ方がある。


 初志貫徹型は、注文した最初の状態を変えずに、そのままの状態で最後まで食べきる食べ方。


 中期変化型は、牛丼を半分程食べたところで、一味や紅しょうがなどで味変をする食べ方。


 後期変化型は、牛丼が3分の1から4分の1程と、残り少なくなったところで味変をする食べ方。


 さて、今回はどの食べ方にするか。


「動くなー!!」


——突如店内に、拳銃を持ち、顔をマスクで覆った強盗が入ってきた。もしかして、さっきのニュースで言っていた男か?


「この中に車を持っている奴!車のキーを渡せ!」


——強盗が店内の人に車のキーを渡すように命令するが、店内の人はたじろくだけで、誰も渡そうと名乗りではしなかった。


「クソッ!!」


 最近は初志貫徹型や中期変化型で食べることが多かったからな。今回は後期変化型で食べることにするか。

 おっと、考えている間に冷めてしまっては問題だ。まずは一口。

 つゆの味が馴染んだ牛肉と、つゆが染み込み程よい歯ごたえとなった玉ねぎが、ご飯と絡み合い、食欲が自然と高まっていく。素晴らしい、これぞ牛丼だ。


——強盗がイラつき、一人一人に車のキーを出すように要求しだしたその時、外にサイレンの音が聞こえてきた。どうやら警察が駆け付けたらしい。


「くそっ、警察の奴ら、もう来たのか!」


「塩見!お前は完全に包囲されている!大人しく投降しろ!」


——警察が定番のセリフを並び立てる。どうやら強盗の名前は塩見というらしい。僕は店内のテレビ画面に映っているニュースを見る。すると、うちの店の前を大勢の警察が取り囲んでいる映像が映っている。これはかなり大変なことになってきたぞ。


 さてと、二口目を食べる前に、次は君だよ、黄身。

 牛丼の真ん中に鎮座した卵を、箸で一突きし、かき混ぜる。


 卵をかき混ぜるのは5往復半、アナログ時計でいうと5時間30分。いや、欲を言えば27分程の位置、つまり約290度程の角度で止めるのが望ましいだろう。

 これが、卵が醸し出すとろりとした食感を失わない、ギリギリのかき混ぜ具合なのだ。そう、このかき混ぜる回数は、私が長年の調査の末に導き出したベストな回数である。


 よし、卵を混ぜ終わった。完璧だ。

 ふぅ、ここからは本格的に牛丼を食べ進めていくこととなる。再度牛丼の攻め方を確認していく必要があるな。


 牛丼というのは基本的に牛肉4、ご飯6という主に4:6の割合で出てくる。それはこの状態が、牛丼を食べ進めるうえで最もベストな割合だからだ。


 だから牛丼を食べ進めていく際は、この牛肉とご飯の4:6という割合を崩さずに食べ進めていくことが重要だ。こうすることで、牛肉とご飯のバランスが崩れる危険がなくなり、最後に牛肉やご飯だけが残ってしまうという事態が起こることもない。


 だが、今回のように、みそ汁と漬物がある場合は、これを挟むタイミングが追加され、割合を保ちながら食べ進めることが格段に難しくなってしまう。


 このため、先に決めておくべきことがある。それはみそ汁を飲み干すタイミングだ。みそ汁を飲み干すタイミングには2パターンある。


 パターン1、牛丼を食べ終わった後に、みそ汁を飲み干す。

 パターン2、先にみそ汁を飲み干した後に残りの牛丼を食べ、水を流し込む。


 どちらにするか、これは迷いどころだ。

 だが、私はいつも最後に水を飲んで締めくくる。そうなると、パターン1の場合、みそ汁を飲み干した後に水を飲むということになる。飲み物の後に飲み物、これでは後味良く締まらない。ここはパターン2でいこう。


 よしっ、プランは決まった。食べ進めるとしよう。


 私は卵が絡んだ牛丼を口に運ぶ。


 うっ美味い。まさに完の璧だ。

 牛の旨味がぎゅっと凝縮されたつゆだく汁に絡み合ったまろやかな卵。たま卵。

 おっとっと、彼らのことを忘れていた。私は、漬物の一つであるたくわんを口へ運ぶ。

 ん、このたくわん、普通のたくわんじゃないな。これはしそたくわんだ。渋みが増した分、普通のたくわんよりも牛丼に合う。これは新たな発見だ。

 まったく、漬物があると助かるな。この牛丼砦を攻略するためには、みそ汁や漬物といった兵站(へいたん)は欠かせない。


※兵站(へいたん)…戦争で物資や人員などの補給をする補給施設の総称。


 さて、ここで一旦汁休憩だ。私はみそ汁へと目をやる。

 ん、これはこれは、しいたけ君じゃないか。こんなところで働いているのか君は。では、一口。

 私はしいたけを食べつつ、みそ汁を流し込む。この合い具合、しいたけ君、いい職場を見つけたじゃないか。


 それから私は牛丼、漬物、みそ汁のサイクルで食べ進めていく。


「うるせぇ!それより、人質を殺されたくなきゃ、今すぐに逃走用の車を用意しろ!」


——塩見が店内の客に銃を向ける。このままだとまずい。


「落ち着け塩見。そんなことをしたら、地元のおふくろさんも悲しむぞ」


「舐めやがって!俺のおふくろはとっくに死んでるよ!!」


「なに!?おいっ山田、どういうことだ!?お前が確認したはずだろ!」


「あれー?おかしいですね?じゃあ、あの電話に出たおばさんは誰だったんですかね?」


「そんなババア知るか!というか、今時電話で確認するやつがあるか!」


「あっ、これ電話番号を間違えてますね」


「たくっ、ちゃんと確認しておけ!」


——こんな刑事で大丈夫なのだろうか。


「おいっ、話してないで早く車を用意しろ!」


——警察の説得も意味をなさず、塩見はさらに激高していた。


 なぜだ?食べ進めるごとに再び食欲が湧きたち、食べるほどに腹が減るようだ。こうも簡単に自然の摂理を覆し、矛盾を生み出すとは、これが牛丼の力か…。

 おっと、まずい、まずい。牛丼がもう4割程しか、残っていない。そろそろあいつを入れるか。


「塩田、ちょっと待て!おいっ、山田。あの人を呼んで来い!」


「わかりました」


「塩田、お前の高校時代の恩師である、野々原先生を呼んだ。お前、この先生に随分とお世話になったようだな。こんなことして、先生に顔向けできるのか!」


「くっ、誰を呼んできたって俺の心は変わらないぞ!」


「野々原先生を連れてきました」


——テレビ画面に、野々原先生と思わしき人が映る。しかしその人は、今にも倒れそうに震えている、ヨボヨボのお爺さんであった。


「こんなところに呼んで、一体なんのようじゃ?」


「この店に立てこもっている塩田を説得して頂きたいのです」


「えっ、あんだって?」


「説得して欲しいんですよ。説得」


「あっ、そういえば今日はまだ、洗濯を済ませてねーなぁ」


「先輩、本当にこの人で大丈夫なんですか?」


「塩田を説得できる材料はこの人だけだ。とにかく、塩田と話して何かしら思い出すのを期待するしかない」


 牛丼と言ったら、やはりこれ。紅しょうがで口直しだ。

 紅しょうがを乗せた牛丼を口へ運ぶ。

 適度な酸味が、まるで湿気が籠った部屋の窓を開けた時のように、口内に心地のよい風を吹き込み、風通しを良くしてくれる。まさに牛丼のお供に相応しい存在だ。


「塩田!野々原先生が来てくれたぞ!」


「うるせぇ!そんなくたばりぞこない、どうせ俺のことなんて覚えてねぇんだろ!」


「ん、その声は。もしかしてお前は……」


「先生、もしかして俺のこと……」


「もしかしてお前は、この前うちに来て、受信料がどうたらこうたら言っておったアイツか!!わしゃあ、金なんぞ払わんぞ!!」


「ちがーう!!塩田ですよ!塩田!あなたの教え子の!」


「え?あんだって?塩ならこの前ナメクジを殺すのに全部使ってしもうたぞ」


「ダメです先輩。この人、完璧に棺桶に片足を突っ込んでいますよ。会話が全く通じません」


「いや、それどころじゃない。三途の川で半身浴しているよこれは」


「もういい!!それより早く車を用意しろ!本当に人質を殺すぞ!」


「わかった。車は用意する。だから落ちつけ」


 牛丼が残り少なくなってきた。ここからはラストスパートだ。

 私は最後の味変のために、テーブルの上に置いてある一味へと手を伸ばした。


 一味を手に取ると、一味の容器が軽いことに気が付く。どうやら中身が少ないらしい。蓋を外し、まだ中身が残っていることを願いつつ、牛丼の上に振りかけるが、一味は出てこない。


「おいっ、そこのお前!さっきからなに牛丼食ってんだ!」


——塩見が例のお客に怒鳴り出したが、あの客はまた気付いていない様子だ。


隣の席に置いてある一味を取るために、立ち上がり移動する。


「動くな!動いたら撃つぞ!」


「落ち着くんだ塩田!」


——強盗はかなり興奮している。このままだとまずい。


 一味を手に取る。

 良かった。こちらの一味には中身がありそうだ。


「くっ、舐めやがって!!うわぁぁ!!」


 バンッ!!


——塩見が銃の引き金を引く。その瞬間、店内に銃声の音が響き渡る。


「くっ、突入―!!」


——銃声を聞きつけた警察が店内に突入してくる。


 店内に大きな音が響いたと思った瞬間、私の腹部を激しい衝撃と痛みが同時に襲う。


「なんだ?」


 バタッ。


 立っていることが出来ずに倒れてしまう。

 私は床の冷たさを感じながらも起き上がろうとしたが、次第にその感触も薄れていき、視界は暗闇の中へと包まれていった。



                  ◇◇◇



『美味しい牛丼の食べ方?そんなのでいいのか、自由研究って』


『だって僕、牛丼好きなんだもん』


 これはあの頃の記憶……。


 燃える家、それを眺める人々、家の残骸。


 暗闇の中、いつかの記憶が断片的に映し出される。

 これが走馬灯というものなのだろうか。



                 ◇◇◇



 気が付くと私は、真っ白の部屋にいた。

 その部屋には机と椅子があり、謎の若い女性が椅子に座っていた。

……私は先程まで牛丼屋に居たはずだが、ここはどこなのだろうか?


「あの、ここは?」


 私は謎の女性にそう訪ねる。


「ここは、あの世への入口です。覚えていますか?あなたは銃で撃たれて死んでしまったのです」


 そうだ、そういえば、私は撃たれたんだった。


「私は、あの世への橋渡しを行う存在です。具体的には、あの世での待遇や来世についてなどについての話をさせていただきます」


「なるほど」


「あの世での待遇については、現世での善行と悪行を足し引きして、善行の方が上回れば天国、悪行の方が上回れば地獄へ行くことになります。あと、安心してください。あなたが行くのは天国です」


 現世で私達が考えていたような決め方だな。


「また、現世での善行は、善行ポイントとして換算され、その善行ポイントは天国の生活を豊かにすることや来世で何に生まれ変わるかなどに利用できます」


「天国での生活とはどういうことですか?」


「生まれ変わるまでには待ち時間があるので、その間は天国で生活してもらうんですよ。その間の暮らしを豊かにするためにも善行ポイントが必要なんです」


「では、私のポイントはどの位なのですか?」


「あなたの善行ポイントはそんなに多くありません。だってあなた人生の途中から、ずっと牛丼ばかり食べていましたから」


 ジリリリ。


 そこまで話したところで、女性の机にある電話が急に鳴りだした。


「もしもし」


 女性が電話に出る。


「あっ、本当ですか?わかりました」


「どうしたんですか」


「それが、あなたの肉体が息を吹き返した様です」


「それは生き返れるということですか?」


「いえ、あなたの肉体は相当なダメージを負っているので、甦ったとしても数分で死んでしまうでしょう」


「そうですか」


「もし数分間でも現世に戻る場合は、善行ポイントが必要になります。それで、一応確認したいのですが、現世にお戻りになりますか?」


「戻ります」


 私は躊躇なくそう答えた。


「あの、あなたの善行ポイントはそこまで多くないので、ほとんどのポイントを使ってしまうことになりますが、本当によろしいのですか?」


「はい」


 私がまたもや躊躇なく答えると、女性は動揺した様子で私に訪ねてきた。


「あの、なぜそこまでして戻りたいのですか?」


「まだ、牛丼を食べている途中ですから」


 私がそう言うと、女性は驚いたような顔をしたのち、この人はバカなのか?という怪訝な目で私を見た。どうやら呆れられてしまったらしい。


「わかりました。では、現世へお送りいたします」


 彼女はそう答えた後、私に向けて手をかざした。すると、私は視界が暗転し、意識が遠くなっていくのを感じた。



                 ◇◇◇



「おいっ、大丈夫かあんた!?」


 気が付くと、私は牛丼屋の店内に戻っていた。

 私は立ち上がろうと体に力を入れるが、上手く力が入らない。


「もう少し待っていて下さい。すぐに救急車が来ますから!」


 周りの声が遠く感じる。急がなければ。

 私は手の中にある一味を握りしめ、再び体に力を入れる。すると、なんとか起き上がることが出来た。


「おいっ、動かない方がいい!」


 私は、自分の牛丼が置かれている席へと向かって歩いた。


「あの人、一体何を…」


 席に着いた私は、手に握っていた一味を牛丼に振りかけ、口へと運んだ。牛丼の旨味と一味の辛味が口全体に広がり、その後、体全体に広がっていく。


「ぎゅ、牛丼を食べてる…」


「美味い…」


 ……素晴らしい。

 やはり、牛丼は素晴らしい。


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