5/4 呪いのダイヤモンド

呪いの宝石の言い伝えは古今東西、どこにでもあると思っていた。だって世界史の余談では大抵そういう話が出てくるから。中年の冴えない歴史好きの教師が、試験前に生徒の気を恐る恐る引くために話す撒き餌みたいな物語。華やかで現実感のないおとぎ話。何ならヨーロッパの主要国全てがそういう話を隠し持ってるんだと思っていた。世間知らずに違いない私達よりも地に足のついてない物語に、受験のストレスもあってイライラしていたのだ、たぶん。

大学に入ってあの物語との距離は少しだけ近くなった。学費のためにキャバクラで働き始めたからだ。元は水落ちした友達を大学に連れ戻すために体験入店したけど、気づけば割のいいバイト感覚で私もハマって、ミイラ取りがミイラになってしまった。夕方から閉店までフルで入ってその後アフター。客が帰したくないとごねれば明け方まで飲み。もちろん一限は落とすしかない。今ではいつのまにか水から上がった友達に、あんたまた二日酔いで死んでんの? と上から覗き込まれる始末。

これはただの自虐の振りだから、私は同情されてるんじゃない。憐れまれてるんでもない。ただ期待されてるんだ。そう、そうに違いない。

「あーなんか首苦しい」と私は風邪気味のようなしゃがれ声で、首元に手を当てる。

じゃらっと何かが首に当たる。え? なにこれ? あ、ああ。

「あんたってほんと変わり者だよね。なんでキモ客からもらったもんをプライベートでも律儀に身に着けてんの?」

「さあ? ・・・・・・きれいだからじゃなーい?」

 ウケる、と言って友達は笑った。そして立ち上がって私から離れた。いつもみたいに水を持ってきてくれるのだ。きっとそう。きっとたぶん絶対そう。

何でだろ。何でだろうね。自分でもよく分かんない。最近よく自問自答する。正確には宝石に話しかけている。うつ伏せの私の身体の中でキラキラ輝くダイヤ。このひたすらに華やかでいて寡黙な友達は、話し相手にはちょうどいい。あなたさえいれば男も誰も、何もいらないとさえ思うこともたまにある。気高いその輝きは誰にも汚されない。誰に触られても、誰に身に付けられても。きっと。


私は話しかける。誰にも悟られない声で。

ねえダイヤよダイヤ。本当のことを教えて。そっとでいいから教えて。

私惨めじゃないよね。私まだ惨めじゃないよね。

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