第3話 宿屋とアルバイト

 さてもうすぐ夕方になる。


「そろそろ、宿屋を探そうか」

「あっ……うん」


 宿が混んでいたらそろそろ見つけないと野宿することになる。

 早めに見つけて休憩したい。

 急にエリナがそわそわして顔を赤くしている。


「どうしたエリナ」

「だって……お金ないし、一緒の部屋で寝るんでしょ」

「まあ部屋は一緒だけどツインだろ」

「そ、そっか。そ、だよね」


 ツインだとベッドが二つ。ダブルだと大きい二人用のベッドだ。

 間違ってダブルにしないように気をつけよう。

 間違えたらエリナにぶん殴られてもおかしくない。


 そうして街をぶらぶら歩く。

 この辺はまだ治安がよさそうで綺麗な街並みだった。


「ここなんかどうかな」

「うん、任せる」

「お、おう」


 エリナに任されるとなんだか責任を感じてしまう。


 スイングドアを潜り店内へ入る。

 すぐは飲食スペースだった。食事ができるのだろう。

 レジと受付カウンターがあり、向こう側には椅子とテーブルが並んでいる。


「お兄さんたち、こんばんは、お泊りですか?」

「え、あ、はい」


 テーブルを拭いていたかわいい子が声を掛けてくれた。

 こんな子がいる店なら信頼できる。俺は一瞬で考えた。


「一泊、銀貨二枚ね」

「え、あ、はい」


 銀貨二枚か。残りは金貨が五枚、銀貨が四枚。


「どうする?」

「あの、その……」


 エリナが顔を赤くしてモジモジとする。


「あのこれから夕ご飯ですよね。私たちお手伝いするので、その」

「あぁ、なるほど! お金かかるもんね。いいよいいよ、手伝ってくれて」

「ありがとうございます」

「お客さん、いい人そうだし、なにより黒髪の美人さんだもんね。まるで女神様みたいで素敵ですもん」

「え、あ、ありがとう」


 エリナは店員の女の子にほめられて頭から湯気が出そうになっていた。

 こういうの褒められ慣れてないからな。

 日本はわりかしみんな身ぎれいにしてるから、目立ちにくいんだよね。

 でもそうか、エリナは女神様に似てるのか。


「エリナちゃん、注文!」

「ご注文は何になさいますか?」

「ウサギシチューとエールで!!」

「はい、分かりました」


 エリナがてきぱきと注文をさばいていく。

 ここまでの働きだとは店員の女の子も思っていなかったようで目を丸くしていた。

 すでに店内では人気であちこちから注文を受けている。

 特にお金の計算を一瞬で暗算してみせると、ざわついた。みんな計算あってるかわからないのだ。それで指折り数えて、おおおってなる。


「エリナちゃんを祝して、エール一杯」

「はーい」

「こっちも。エリナちゃんを祝って。エール一杯」

「はーい」


 さっきからビールに似た発泡酒の安いお酒であるエールが飛び交っていた。

 上に泊まるお客さんだけでなく近所の馴染みの客もいるらしい。

 エリナをお祝いと称して、みんなでどんちゃん騒ぎになった。

 俺は厨房でマスターの下働きを務めた。

 シチューをよそったり、パンを用意したりとシンプルなメニューで固めていてもけっこう仕事があった。

 空き時間にはひたすら皿洗いだ。こちらの洗剤は天然もので手に優しいのが救いだろうか。


 こうして二人してくたくたになり、夜部屋に戻った。


 王都の宿屋だ。土地面積が狭いため当然部屋も狭い。

 二段ベッドだった。それに気持ち程度の通路。テーブルなどはない。

 これが一番安い、ここ王都では標準的な部屋なのだとか。

 シングルベッドがある部屋さえミドルルームといい、お値段は三倍もする。

 ダブルベッドが二つあるスイートルームは十倍のお値段らしい。


 二段ベッドだったので逆に俺たちは気づかいも何もなかった。

 情緒などもないけれど、逆に気楽にできてよかった。


「んじゃ、おやすみ。エリナ」

「うん、おやすみ。カイヤ」


 こうして王都の最初の夜が更けていく。

 俺たちはこれからどうなってしまうのか。

 心配ではある。

 それと同時に男の子なんだなやっぱり。わくわくする。

 このゲームみたいなファンタジー世界を楽しみだとも思う。

 なによりエリナがいることが心強かった。


 俺たち二人さえいれば、どこへだって行ける。

 そんな無根拠な自信がある。

 二人ならなんだってできる。

 エリナの笑顔さえ見れれば俺は満足だった。

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