ゼロの継承者

緒方 悠

第1話

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 村人としての長い人生。

 何の変哲も無い普通の山村で暮らす俺の人生は、安穏そのものだった。

 名前も無いような小さな村で、雨露あめつゆを凌げる確かな屋根があって、農作物や山菜の収穫があって、二人の妹との温かな時間があった。

 質素で慎ましやかな生活だが、流れる時間はとても穏やかで、確かな幸せが広がっていた。

 それは俺、アーク・カルセンという村人に与えられた全て。多分、どこにでもいるような普通の村人だ。

 けれど、ある日を境に俺のささやかな村人ライフはガラリと変わってしまった。


 いや、変えられたのだ。

 村に来た冒険者たちによって……



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「ねぇねぇ、なんか村長の家のトコにたくさん人が集まってるよ。なんだろー?」


 それは良く晴れた昼日中。

 昼餉ひるげを終えてしばらく、椅子に腰掛け一休みしていた俺に、上の妹であるアリスの興奮した声が投げかけられた。


 なんだろー、と突然聞かれても俺には全然さっぱり分からない。

 見ると、アリスは窓の外を食い入るように眺めながら、窓枠に身を乗り出してはしゃいでいた。


 村人たちが暮らす家々から少し離れた丘陵きゅうりょうに位置する我が家。

 その明かり窓からは小さな村の全景が見渡せるのだが、アリスの口ぶりからして村長の所で何かあったようだ。


「これって大事件かな!? かな!?」

「さあな……ってなんでそんな嬉しそうなんだ?」

「だってみんな集まってるんだよ! 一大イベントだよ!」


 目をキラキラと輝かせ、ニンマリ笑うアリス。

 どうやら、いつもと異なる村の様子がよほど興味を引いたらしい。

 そんなアリスを見て、俺は小さなため息が溢れそうになるのをこらえた。

 毎度のことながら、無邪気な妹の好奇心はとどまる所を知らないようだ。


「お前はお姉ちゃんなんだからさ、もう少し落ち着きを持った方がいいとお兄ちゃんは思うぞ?」

「えー、だって本当にいっぱいいるんだよ! なんか変な人達もいるし! あっ! あそこにいるのサーシャちゃんだ! おーい! サーシャちゃーん! そこでなにしてるのー!?」

「はぁ……」


 ため息が溢れた。

 兄として一応、落ち着きのない妹をたしなめはするが、突然の騒ぎにアリスが興奮するのも仕方ないのかもしれない。


 俺たちの暮らしている村は全くもって平和なのである。

 魔物達が襲ってくる事もなければ、大きな飢饉に見舞われた事もない。

 その為、村の人口は少し多いが、ごく普通の平凡的な山村だと言える。

 俺にとってはそんな平凡はとても有難いのだが、遊びたい盛りの子供にしてみれば地獄とでも言えようか。

 無為で味気のない日々の繰り返し。暇に飽かして腕白を極める子供達の日課といえば、決まり切った遊びばかりだ。

 ゆえに、好奇心旺盛なアリスは村の変化にとても敏感なのである。


 日常が支配する静かな村に訪れた非日常。

 それはアリスにとって、まるで突然始まったお祭りのようなものだ。

 はしゃぐ気持ちは分からなくも無い。

 でも、ハメを外し過ぎるのもどうかと思う。

 今もアリスはピョンピョンと窓辺で飛び跳ねている。

 まるで大好きなオモチャを見つけた犬のようだ。


「アリアは何か知ってるか?」


 犬化中のアリスはともかくとして、俺としても村の事に少し興味を惹かれたため、隣で本を読んでいた下の妹に訊いてみる。


「ううん。私も知らないよ、お兄ちゃん」


 アリアは読んでいた本をそっと閉じると、柔和にゅうわな口調で答えた。


「アリアも知らないのか……てことは緊急事態ってわけでもないな」


 急を要する一大事だったら、すでに俺たちにも知らせが回って来ているはずだ。

 だから、今の状況では別段気に留める必要もないだろう。


 それよりも気掛かりなのはアリスの方だ。

 今日は、この後に耕作の手伝いをお願いしているから家を飛び出すことはないが……もの凄く行きたそうだ。

 窓辺から身を乗り出し、忙しない動きで足をバタつかせている。

 この様子では手伝いをしたとしても、気もそぞろの上の空で終わってしまう想像が容易についた。

 まあ、昔なら予定など我関せずで即座に駆け出してたから、そこは成長したと喜ぶべきか……


「はぁ、仕方ないな。そんなに行きたいのなら行ってくればいいぞ。なんならアリアも一緒に」

「え、いいの!? ほんとに!?」

「私はいいよ……お兄ちゃんと一緒に家にいる」


 嬉しそうに尋ね返すアリスと、遠慮がちに答えるアリア。


 アリスとアリア。二人は同じ日に生まれた双子である。

 双子の場合、兄弟や姉妹は似か寄ると聞くが、二人はまったく似ていない。

 見た目が似ていると思ったことはないし、性格に至っては正反対だ。


 姉のアリスは活発な性格。

 容姿の方は、肩まで伸びる金髪に明るく輝くブルーの瞳を持っている。

 パッチリとした二重が特徴で元気だけが取り柄の困った妹だ。

 特に困るのが、アリスは時たまアホみたいに外を走り回ってはボロボロになって帰ってくるため、女の子なのに生傷が絶えない点である。

 そんなアリスの怪我の手当てをするのは、毎度俺の役目になるのだ。

 次怪我してももう手当てしない、と言いながらも妹に頼られてついやっちゃうのは、兄の悲しいさがなのかもしれない。


 そんな姉とは対照的に妹のアリアはおとなしい性格。

 容姿は、腰まで伸びた真っ白な長髪に神秘的なアメジストの瞳。

 アリアは引っ込み思案で、気弱な印象を持たれるが芯はしっかりとした強い子だ。

 昔から何かと本が好きで、家に篭っては父の部屋にある書物を読み耽っている。

 特に鳥の図鑑がお気に入りらしく、よく木々に止まってる小鳥たちの説明を俺にしてくれる。俺は鳥になんて興味ないけど、珍しく興奮して説明するアリアが可愛くてついつい付き合ってしまう。


 これが俺の愛すべき家族二人だ。

 三年前に父さんが死んで以降、俺が親代わりとして二人の面倒をずっと見てきた。

 母さんは元々いなかったから、二人の世話をするのには色々と苦労した。

 腹減ったとうるさいアリスにご飯を食べさせたり、眠そうなアリスをお風呂に入れたり、ぐずるアリスを寝かしつけたり…………あれ? アリスばっかりだぞ?

 まぁ手の掛かる子ほど可愛いというが、最近はすっかり慣れてそんな苦労も今ではいい思い出話だったりする。


「もう、何してんの二人とも。ほら早く行こうよ!」

「お、おい」

「きゃっ」


 俺とアリアの手を無理やり引っ張り、外へ連れ出そうとするアリス。

 村の集まりに参加出来る嬉しさのあまり、俺たちの同道が決定事項となったようだ。


 やっぱりアリスは変わらないな。

 さっきは成長したなんて感じたが、どうやら思い過ごしだったらしい。

 仕方ない。今日の予定は少し遅めよう。

 今までの経験上、ここで素直に従っておく方が後々面倒なことにならずに済む。

 そう諦めて、されるがままアリスについて行く。

 手を引かれるアリアも同じ様に諦めたのか、目が合った俺たちは同時にクスリと笑った。



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 アリスにそのまま引っ張られて人だかりに着いた俺達は、その中心に見たことのない人たちが大勢いるのに気がついた。

 その者たちは皆一様に分厚い鎧を身に纏い、様々な武器を帯びている。


 彼らは見るからに——


「冒険者……!」


 隣で押し殺した興奮の声がアリスから発せられた。

 アリスの言う通り彼らは冒険者で間違いない。冒険者が村に滞留する事はままあるが、こんな大所帯なのは珍しかった。

 大きな問題が起きないといいが……

 一抹の不安を胸に抱きながら、俺は他の村人たちに混じって様子を窺う事にした。


 そうして暫く眺めていると、


「ねぇ、お兄ちゃん。あれってエルフかな?」

「ん? エルフ……?」


 俺の袖を引っ張るアリアの視線の先には、一人の女冒険。

 多分、彼女がこの冒険者達を率いるリーダー的存在なのだろう。彼女と村長が話し、他の冒険者たちは後ろに控えているだけだ。

 目を凝らして彼女を観察してみると、確かにエルフの特徴が見て取れた。

 長く尖ったエルフ耳に丁寧に編み込まれた深緑の長髪。容姿も完璧と言っていい程整っている。

 アリアの言うとおり、彼女はエルフで間違いない。

 まさか生きてるうちに、森の賢人と呼ばれるエルフを拝めるとは。眼福、眼福。


「ん?」

「あ……」


 し、しまった。

 我を忘れて長いこと視線を送っていたせいで、此方に気付いた彼女とばっちり目が合ってしまった。


「村長、彼らは?」

「彼ら?……ああ、この三人は丘の上に住んでいる兄妹です。三人の事すっかり忘れてました、あっはっは」


 村長とエルフ冒険者の話は見えてこないが、どうやら俺たちは忘れられてたらしい。許さんぞ、村長。


「どうも」

「こんにちは!」

「こ、こんにちは……」


 話が出たからには、取り敢えず三人でぺこりと目礼しておく。

 それで俺たちへの興味は失われると思ったのだが、意外にも彼女は村長に断りを入れ、こちらへと歩み寄ってきた。


「初めまして、私はオリヴィア・アシュウッド。王都にあるクラン『アルカディア』に所属する冒険者で、今はこの遠征のリーダーを任せられている。君たちは?」

「じ、自分はこの村に住んでるアーク・カルセンです。こっちの二人は妹のアリスとアリアです」

「どうもー!」「は、初めまして……」


 名前だけの軽い自己紹介。

 それを聞いたオリヴィアさんは、何故か驚いた表情を見せた。


「カルセン? もしや君たちは、スベイン・カルセンと縁のある者なのか?」

「あ、は、はい。スベイン・カルセンは父の名ですけど……」


 今度はこちらが驚く番だった。

 まさか初めて会う冒険者から父さんの名前が出てくるとは。

 すると、俺の返答を受けたオリヴィアさんは少し思案し、


「なるほど。彼の子供たちか……可能性としては十分かもしれないな」


 そう独りごちて、俺たち三人に向き直り、真剣な表情で言葉を紡いだ。


「すまないが、三人のステータスを見せてはくれないだろうか?」

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