大いなる魔法使い

第38話:旅支度

 レッドフォードで起きた大騒動から数日。

 めちゃくちゃになった領地の復興と部隊の再編制に追われ続けるグスタフを横目に、俺は。


 自室で旅支度をさせられていた。



 ジークから「留学しろ」とのお達しを受けて、何が何だかよくわからない内に中央大陸の『魔導学府』とやらに入学する手続きが俺の知らないところで進んでいるらしかった。


 正式な入学は数か月後とのことだが……。


(少なくとも数か月後には、俺はその凄そうな学校の生徒なのか……)


 気持ちがげんなりしていた。

 学校にはあんまりいい思い出が無かったし、俺は勉強が苦手だし、コミュ障だし。


 角ばった分厚い革製の旅行鞄に着替えとサイフと薬を詰め込む。

 エルトリッドは以前からモノを溜め込まない性格なのか、荷物となる候補の物があまりないためそんなに時間が掛からなかった。



(とりあえず、その数か月後までの自由をせいぜい謳歌させてもらおうか!)



 余った時間、あの特殊ポータルでも冷やかしに行ってやろうかと、贔屓にしてる喫茶店感覚で通おうと画策していた。



「おいエルト。言い忘れていたがな」


 ノック無しで普通に入室してきたジークが言ってきた。

 おい年頃の男の部屋だぞ。


「はい」


 内心に浮かんだ文句の全てを封殺して普通に返事した。


(案外デリカシーないな……)


 ナニしてたらどうすんだよ、とは言うまい。



「明日、魔導学府に向かうぞ」


「明日ですか?入学は数か月なんじゃ……」


「入学前に下宿先をどうするか、入学後の学科をどうするかを学校に伝えなきゃならん。出来るだけ早めにな」



 げ、下宿だと?我、貴族ぞ?


(いやまあ、辺境伯なんてこんなもんなのかな……)


 それに、もしかしたら貴族だからといって特別扱いされない部分なのかもしれない。

 この世界の常識に疎い俺が文句を垂れるのは危険だ。

 転生前のエルトリッドが知っていた場合、不審に思われかねない。


「……わかりました」


 モンスター相手に剣でいい勝負が出来たと思ったが、結局のところ無力であるらしかった。



「そのお話なのですが」

 開きっぱなしになっているドアからひょっこり顔を覗かせたソニアが言った。


「私も同行させて頂けませんか」


「ソニア様?」


 ジークがびっくりしたように半歩下がった。

 そんな顔できるのかよお前。


「私、南大陸に行こうかと思っているのです」

 ソニアが言った。


 南大陸といえば――砂漠の大陸『ラッド・サン・シェル』か。


「南大陸?何しに行くん――のですか?」

 最近ソニアからタメ口をきくようにと言われ、ついついジークの前で敬語を忘れそうになり、言い直した。


「変に気を遣わなくていいから……ともかく、いま、レッドフォードの御家は大変な試練の時だと思いますが、そんな時分に惰眠を貪るのが申し訳ないのです」


「誰も貴女に文句を言うどころか、同情を寄せることでしょうが……確かに、今は屋敷中が騒がしい。公爵令嬢たるソニア様をおもてなしするには不適切であることも事実ですな」


「ずっと大工と石工が入り浸ってますもんね、この屋敷」

 横から口を挟む。


「それと鍛冶師もな……それで、南大陸へはどういったご用件が?」


「実は、南大陸にはちょっとした知り合いがいるのです。そこで、聞いてみようと思います。……ブラックロッドのことについて」


「え?」


「あまりにも異常でした。モンスターが一挙に砦へ侵攻してくることも、ジーク様が襲われたことも……そして、思えば私のこともです」


「魔法が使えなくなったという件ですな」

 ジークは顎に手を当てて考え込んだ。これまでレッドフォードを襲った事件のひとつひとつを思い返しているのだろう。


「その『知り合い』という人なら何か分かるってこと?」

 俺がそう聞くと、ソニアも少し考え込むようにうつむいてから言った。


「かも、知れない。ただ、事件の当事者、その一人として、今回の事件をいち早く世界の一人でも多く伝えたいっていう気持ちもあるの」


 なるほど。

 中央大陸には当然伝えてあるだろうが、南大陸の人々にも伝えようという事か……。


「中央には、我々が伝えようと思います」

 ジークが言った。


 我々?


「実は、エルトの中央大陸には私も同行していこうとしておりまして。そこで私が王都に報告に向かい、その間、エルトは魔導学府に向かわせるつもりでした」


(あ、そうだったんだ……一人で行けってことかと思ってた)


 ていうか、まだ伝えてなかったのか……。

 誰かやってるだろ、という精神は危険だな。


 明日からの旅路は思ったよりにぎやかになりそうだった。

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