第33話:普通ではない

「――――なるほど、わかった」


 一連の説明を終えた俺に、グスタフはなんとも言えない表情を見せていた。

 口元は笑っているのだが眉をひそめている。


「なにか不味いことが?」

 不安になりすぎて聞いたものの、苦笑ばかりが返ってくる。


「勘違いするな、エルト。最初にも言ったが、お前は本当によくやってくれた」

 焦れる俺に対して、子供をあやすようにグスタフが言ってくる。


「お前がいなければ、俺もジークも今頃死んでいたかもしれん」


「そんな大げさな……」


「なにが大げさだ」

 ジークが横槍を入れてきた。声には怒気が混じっている。


「私は兄様への増援と調査任務で現有兵力すべてを投入した。だが聞けば、増援部隊は砦付近に陣取ったモンスターに苦戦していたらしいな?」


「ああ……」

 そういえばそうだった。


 指揮官が途中で戦死したせいで指揮系統が乱れ、部隊が混乱していた。


 で、その場に居合わせた俺を見つけた兵士たちの懇願で臨時の指揮官になった。


「ああ、じゃない!」

 なおもジークが怒っており、思わず背筋を伸ばす。

 何に対しての怒りだろう?


「報告によれば、周辺にいたのはロックタイガー、ガルーダ、ビーストオーガ。それらが軍団で行動していたらしいが、間違いないな?」


「あんまり細かく覚えてませんが、まあ確かにそんな布陣だったと思います」


「……いいか、エルト」

 ジークは急に声のトーンが落としてきた。


「こんな奴らの混成軍団を軽く倒せるやつは、普通じゃない」


 それはそうだろう。

 俺はすぐに言葉を返した。


「はい。兵たちの奮闘はまさに目を見張るものでした」


「―――そうだな、兵たちの奮励努力、それは認めよう。……だが事実として、前の指揮官は退却すべきと判断していたそうだ」


「何故です?砦は目の前でしたのに」


「突破できないからだ!いいか、の言いたいことは、お前は個人の剣士としても軍指揮官としてもありえない程の才能があったということだ!」


 何故かジークの怒りが爆発したらしい。

 そこまで神経を逆なでしてしまう発言をした覚えがないが、覚えがないからこそ申し訳なくなってくる。


〈ウィズダム戦記〉はターン性コマンドバトルが主だが、軍団を率いて戦うシミュレーションパートもある。

 シミュレーションパートはまあ普通に進めばクリアできるステージもあれば、誰がクリアできんの?と文句をつけたくなるほど激ムズのステージもある。


 ただ、いくつかのセオリーを守れば大抵の場合は突破できる。

 レッドフォードの兵はさすがに強く、兵理の基本である前衛と後衛をセットで行動させて「連携」させることを守っていれば、負ける事は無かった。


 別に勝てなくてもいい。要は兵力をいかに保つか。軍団戦で重要なのはそれだけだ。


「エルト、ジークはお前に自覚を持てと言いたいのだ」

 グスタフが静かに助け舟を出した。


「自覚?」


「お前はモンスターの集団からレッドフォード家当主のみならず、多くの将兵たちを救い出した。これが如何に困難なことか、ということだ」


 当主と将兵を救った?

 そんな風に考えた事は無かった。


「更に、アルドリッジ様をお迎えにあがり、そのことでジークも救われた」


「いや、それは――」


「偶然かもしれん。だが事実として、アルドリッジ様が〈水〉の短杖ワンドを貸し与えて下さらなければ、今頃ジークの命も無かったはずだ。違うか?」


 でもそれは、ソニア嬢の功績というか、恩義であって、俺の話とは関係ないような……。


「失礼ながら」

 不意にソニア嬢が口を開いた。


「私のことはアルドリッジではなく、どうかソニアとお呼びください。他の方々も同様にお願いいたします」


「ありがとうございます。返す返すも、貴女の助力なくばこの命はありませんでした」

 ジークが後を継ぐように礼を言った。


「そういえば――すっかり後手に回ってしまいましたが、この度のご訪問理由についてお伺いしてもよろしいでしょうか?」


「アルドリッジ公爵家当主より、レッドフォード家の三男であらせられるエルトリッド様に、ご挨拶を申し上げるようにことづかっております」


 ご挨拶?俺に?

 ヘンな用事だなぁ。


「それは……」

 グスタフとジークは気色ばみ、うまく言葉を見出せずにいた。


 変な用事だなぁ、とは言えないだろうしな……。


「そういうわけですので、ただソニアとお呼びくださればと思います」


 そういうわけ?

 いかん、全然話についていけてない。


「詮索するようで申し訳ございませんが……アルドリッジ公爵家で、何事かがあったと考えてよろしいのでしょうか?」

 恐る恐る、グスタフが訊ねる。


「公爵家になにかあったわけではございません。私に問題があるのです」


 誰も口を開かない。ただ黙って、ソニアが続きを言うのを待った。


「理由は不明ながら、一切の魔法が発動できなくなりました。今の私は貴族として相応しくない存在なのです」

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