第34話:憂いの姫と三男坊

 練兵場に設けられた宴会場は、豪勢な宴会というよりも豪快な食事会といった様相を呈していた。

 いくつもの円卓が置かれ、そこには色とりどり――ほとんど肉――の料理が置かれている。


 しかも、野外だった。


 貴族が開くパーティーにしては、席順も決まってなければテーブルマナーをはじめとした礼節もあんまり気にしていない奔放さが目立つ。

 置かれている料理の取り合わせもデタラメなもので、ステーキと肉の串焼き、その横には鶏の姿焼きとこんがりした焼き魚、干物まで並んでいる。


 細かい事はともかくエネルギーはつきそうだ。


 貴族とはこういうものなのだろうか。

 それとも「荒くれ」のパーティーだからだろうか。


 俺としてはかなり助かる。なにせ、礼儀作法を何も知らないし、食べたいものを食べれればいいという考えの持ち主だった。


(だから身体壊したんだろうけど……)


 前世の嫌な記憶から、自制の心もなくはない。

 だが若い身体とはまったく正直なもので、貴族という被り物を放り投げてでも早く肉にありつきたいという気持ちでいっぱいだった。


 しかし、グスタフは俺に「絶対にこのテーブルにいろ」と端の方にあるテーブルに俺を一人残し、自身はどこかへと行ってしまった。


 そして、俺のいるテーブルには何故か酒しか配膳されていなかった。

 どういう嫌がらせなんだ?

 しかも、「この酒は俺が合図するまでは飲むな」とグスタフから厳命されている。


 さらに、誰も俺のもとにはやってこない。

 たまに兵士達が笑顔をこっちに向けてくれたり、制服を着た参謀っぽい人達が怪訝な表情をこちらに向けてきたりする。

 だが、決して俺の居るテーブルには近寄ってはこないのだ。


(なにがなにやら)


 そんな感じなので手持無沙汰だし、腹減ったし、暇なのである。



「相変わらずむつかしい顔してるわね」


 グスタフに内心で不平不満をこぼしていると、凛とした声がした。

 ソニア嬢――もとい、ソニア様だった。


 服は、動きやすそうだったパンツスタイルの青い旅装から、真紅のドレスへと着替えていた。

 長い金髪は整えられ、前髪はウェーブがかけられサイドへ流れ、後ろ髪はストレートに下ろされている。

 碧眼がこちらを見据え、愛想笑い一つなくぶすりとした表情ではあるものの、文句なしの美形。


 まさに――ファンタジーに出てくるお姫様だった。


「……そうですか?」

 あまりにもびっくりしすぎて反応が遅れた。


「そうよ」

 間髪入れずに反論し、隣の席に座る。

 動きの一つ一つがしなやかで、ドレスを踏んづけたり髪型を崩したりなどせず、一切の無駄が無い。


(これが本物の貴族……公爵家かぁ……)


 ぼんやり見とれていると、ソニア様は俺の視線を一切無視したように聞いてくる。


「あれだけ暴れまわった割に、考え事が多いのね」


「暴れまわってましたか?」


「……あれを暴れまわったと言わないのであれば、どう表現するの?」


 あれって、どれ?

 どれを見て暴れまわったという評定を下してるの?



「そんな事より」

 ソニア様が話題を変えた。

 どうやら、聞きたいことは別にあったらしい。


「さぞ幻滅したでしょうね。魔法が使えない公爵令嬢なんて」


 ……幻滅?なんで?

 それなら俺も使えないし……いや、魔法具も使用できないんだっけ?


 なるほど、それで負い目を感じていたのか。

 この世界は魔法使い優遇社会だからな。


 でも別に俺が幻滅する理由にはならない。関係ないし。


(俺には貴族の感覚が無いからなぁ)


 こっちこそ、おっさんが転生してきたんですよと言えば幻滅されるだろう。


 どう言おうか。

 ちょっとおちゃらけてみよう。


「実は……俺は、三男なんですよ」


「は?知ってるけど」


「幻滅しましたか?では、おあいこですね」


「……ふん」


 そっぽ向かれてしまった。


 あんまりウケなかった。

 ちょっとショック。



「あの魔術師のことだけど」

 そっぽ向いたまま、ソニア様は声を落として言ってきた。


「アイツのこと、知ってる?」


「ブラックロッドとかいう奴ですか……いいえ、初めて知りました」

 つられて、俺も声を落とす。

 あんまり大声で言っていいかどうかもわからんし。


 20年〈ウィズダム戦記〉をやってきた俺ですら知らなかった。

 あれは誰なんだろう?


「お願いがあるの」

 ソニア様が向き直り、こちらを見つめてくる。


 至近距離だと美人であるというのが余計わかってしまい――いかん、何を考えているんだ俺は。


「ブラックロッドをこのまま野放しにしないで。多分、アイツを止められるのは貴方しかいない」


 そうだろうか。


 俺は知っている。

 本来、ヴァルゼムを倒すはずだったがいるということを。


 しかし、それはそれ。

 こんな美女に言われたら、多少は口が滑るというもの。


「はい。もちろんです」

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