第30話:一対多
(なぜ、こんなところにヤツがいる!?後ろを固めていたモンスターどもはどうしたというのだ!)
そもそも、こいつは一体誰だ?
レッドフォードには名だたる戦士がいるが、こんな軍団を率いるような軍才の持ち主はグスタフ・ジークフリード以外にいただろうか?
しかもこいつは。
(さっきヴァルゼムに奇襲した、あの男!ヴァルゼムはどうした!?も、もしや、もうやられて――――)
「二度目だな、魔法使い」
黒い貴族服を着たその男は、ギラリと輝く刀身を見せつけるように、腰に佩いた剣を鞘から引き抜き、構える。
「……お早い御着きで。後方のモンスター共の歓待はお気に召しましたか?」
ほんの僅かでも情報を引き出そうと、余裕の仮面を着けてとぼけてみる。
「モンスター?」
あごに手を当てて、一瞬、虚空を見つめるようにその男は考え込んだ。
すぐにこちらに向き直る。
「レッドフォードの戦闘部隊にかかれば、相手にもならん」
なにを。
この男は、なにを言っているんだ。
「……嘘をつくな!例えレッドフォードの兵とはいえ、〈ユルティム〉の細胞で強化されたモンスター達を、そう易々と倒せるものか!」
体内で炎が湧き上がったかのような錯覚に囚われて、口が動く。
「……〈ユルティム〉だと?」
男の眼がぎらりとこちらを見据えてくる。
いらぬことを言ってしまった。
いや、恐らくこいつは全てを知っているはずだ。心理的ブラフにすぎない。
だが、私の背後で用心深く間合いを詰めようとしているグスタフ・レッドフォードにまで知られていい話ではない。
危ないところだった。精神的なゆさぶりまで出来る奴だとは。
「些か喋りすぎましたね……まあいい、貴方がここで死ぬということに変わりはないのですから」
これからどうするか?
簡単だ、とても簡単な話だ。
こいつもこの場で殺す。
嗜虐心に火が付き、口の端が大きく歪むのを自覚しながらも、集中力は一切乱さない。
この世界で魔法使いだの魔術師を名乗る連中は道具に頼らなければロクな術も使えないクズどもばかりだが、自分は違う。
(私は、神に選ばれたのだから!神に祝福されし存在なのだから!)
己の蛮性に呼応するかのように、体内の神が暴れ狂うかのように震えるのを感じる。
周囲の魔素がいくつもの氷柱を形成する。
暴虐に身をゆだねる瞬間の、何とも言えない快感に酔いしれながら、魔法を発動する。
目の前の男はさっと片手を挙げ、なにかの合図をした。
だがそれでなにがどうなるというのだ。
死ね、殺す。
殺してやる。
「〈クリスタル――」
「〈パワードロウ〉!」
魔法が発動しようとしたその瞬間、男の後方から一斉に、勢いよく矢が飛んでくる。
いくつも聞こえる風切り音。
狙いは全く正確ではない――だが、数が多かった。
「ぐわっ!」
肩口に矢が突き刺さり、集中力が途切れると同時に、氷柱の槍も魔素に戻ってしまう。
(くっ!)
咄嗟に攻撃を断念し、やむなく守護防壁に切り替える。
「弓兵部隊の歓待は気に入ってくれたかな?」
貴族服の男は余裕綽々といった風に、両手を軽く上げて言った。
こいつは、一対一や正々堂々という戦いにこだわっていない。
むしろ、多を一にぶつけることを愉しんでいる。
こんな厄介な男が『荒くれ』のレッドフォードにいたとは……!
「ぐ……!」
「お前の周囲は魔道兵で固めている」
周囲を見れば、いつの間にか魔道兵が周囲を取り囲み、魔法を発動させる構えを取っていた。
(守護防壁の構え……!)
それだけではない。
壁として利用していたレッドミノタウロス達。
それは騎兵によって翻弄され、重装兵によってとどめを刺されている。
(既に戦術を各部隊に浸透させていただと!)
ここまで、すべてこの男の計算通りだとでもいうのか?
そして、魔道兵を後方に置くという戦場の鉄則、先入観をいとも容易く捨て去っている。
その狙いはもちろん。
「お前の魔法ひとつで俺やグスタフ様を殺せるなんて思わないほうがいい。それに周囲の部下も、もはやお前の手助けはできないらしいな」
魔法攻撃を警戒した、魔道兵による壁。
騎兵と重装兵を使ってモンスターを排除。
明らかに、私一人に狙いを絞っている軍略だ。
「まさか、このようなことになるとは……」
不覚をとった。
グスタフの勇猛さ、ジークフリードの冷徹さを警戒し、これまで万全を期して行動していたというのに。
「ここで終わりにしてやる」
男は剣を引き抜いた。
だが、前進してくる気配はない。
「弓兵隊、
剣を振りかざし、更なる追い打ちを仕掛ける。
この攻撃を防いだとしても、背後にはグスタフが控えている。
他にも騎兵がいる。魔道兵がいる。歩兵隊がいる。
ヴァルゼムを倒したであろう、眼前に立ち塞がる男がいる。
「くっ……殺せたのはジークフリードだけ、か……」
無念だ。
屈辱だ。
だが、なればこそ、ここで冷静にならなければ。
「なに!?」
さすがに驚愕したようだった。
そうか、この男――そこまでは知らないと見える。
ジークフリードはこの手で、すました顔で油断したところを短剣で刺してやった。
あの時の感触だけを手土産に、今はここを去ってやろう。
だが―――
「次こそは必ず……殺してやる!〈
一瞬の隙をつき、あらかじめ設定しておいた帰還地点へと還る魔法「
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