第29話:グスタフ砦の戦い・後編

「くそっ、不甲斐ない」


 グスタフは毒づきながら、自身に包帯を巻いて応急処置を施した。


 一応、傷を癒すことのできる〈水〉の魔道兵もいるにはいるが、彼らは目も回るほど忙しい。

 陣営保持のため、砦の消火活動を第一優先とし、グスタフより重篤な者を第二優先と定めて厳命したため、グスタフの治療は後回しであった。


「あなたを不甲斐ないだなんて評する阿呆は、この世にいませんよ」


 凶悪な笑顔をのぞかせたブルカスが言った。

 彼自身も手傷を負って、額と胸、腕と足に血を滲ませていた。

 だが、得物の戦斧はしっかりと握られており、まったく平常そのものといった風情だった。


「ブルカス。俺の兵たちは何人死んだ?」


「さあ。後になれば数えますが」


「頼む、教えてくれ」


「……おそらく、500人程度です」



 何と言えばいいのだろう。


 グスタフは考えたが、答えは何も出てこなかった。


 レッドフォードの地はすさまじい戦いの歴史で彩られてきた。

 だが、こんな異常事態になるとは思いもよらなかった。


(一体なにが起きている?一体どうして、こんなことになったのだ?)


 すさまじい崩落音が聞こえる。


 燃え尽きた外壁の一部が崩れたのだろう。いつの間にか周囲を囲っていた外壁のほとんどがなくなり、見通しがよくなっている。

 もう、砦は砦としての役割を果たせなくなっていた。


 その、燃えカスと化した外壁の向こうから、いくつもの影が見える。


 戦斧を持った、燃えるような毛並みをした半牛半人の魔物――レッドミノタウロスが群れを成してこちらに突撃しようとしている。


 だが。


 その、レッドミノタウロスの集団を率いるように、集団の先頭に――信じがたいことに、一人の人間がいた。



(誰だ?あれは……)


 顔はよく見えない。黒いローブを着こんだ魔術師、といった出で立ち。

 手には何も持っていない。


「お初にお目にかかります、レッドフォード卿」


 かなり距離のある場所から、さほど大きくない声で話してきているが、不思議なまでにはっきりと聞き取れる。


(魔法か?)


 グスタフは内心で舌打ちした。

 こんな魔法を平然と使いこなせるのは、かなり熟達した腕を持った魔術師ということだ。


「誰だ」


「わたくし、ブラックロッドと申します。中央大陸で宮廷魔術師を務めさせていただいております」

 男の言葉そのものは慇懃だが、礼は一切取っていない。棒立ちの姿勢で応えた。


「中央の宮廷魔術師……?もしや、このモンスターどもはお前のせいか?」

 それは、なんらかの論理的思考によって導き出した結論ではなく直感での問いかけだった。


 この問いを聞いた魔術師――ブラックロッドはくすくすと笑った。

「そうであって、そうではない、というのが答えですな」


(ふざけた野郎だ)

 真面目に答える気はなさそうだ。では、剣で問いただすしか――


「あなたは強い。だが、逆に言えばレッドフォードの地で警戒すべきはあなただけだ。……そして弟君のジークフリード様も」


「!」

 その言葉は、グスタフの機先を制した形になった。

 聞き捨てならない事だ。事情はよく知らないが、ジークフリード「も」ということは。


 間違いなく、レッドフォード領内に刺客が差し向けられていることになる。


「あなたの始末ごとき、モンスター共に任せてもよかったのですが……死ぬところを直接見たほうが、安心できるのでね」


「いい度胸だ、魔術師」

 グスタフは背中の大剣を構えた。それと同時に、ブラックロッドは手をかざし、呪文を唱える。


「〈クリスタルフロスト〉!」

 銀色に輝く、いくつもの氷柱の槍が飛来する。


(魔法具を使わない?純然たる魔法使いか!)


 まさかここまで強力な魔法まで自力で行えるとは思っておらず、またしてもグスタフは機先を制された。

 舌打ちし、大剣を使って防御する。

 それでなんとかなるとも思えないが――


「グスタフ様!」

 一人の大男が彼らの間に割り込んでくる。〈剛腕〉のブルカスだった。

 彼はとっさにグスタフの愛馬を連れてきており、その手綱を震える手で主君へと手渡した。


 彼の分厚い背筋と胸板を貫通し、氷柱が突き刺さっていた。


「ブルカス!」

 声を掛ける。それがどれほど無駄なことだとしても。


 彼は最後の仕事を終えた事を確認すると、かすかな笑みを浮かべ、倒れ伏した。


 大量の血が地面に広がっていく。


 その凶相に似つかわしくないほど家庭的な、悪友とも呼べる、左腕たる人物が目の前で絶命したことを受け止めるのに数瞬を要した。



「おや……元気な盾をお持ちのようで、羨ましい限りですな」


「貴様!」

 グスタフは激高と同時に愛馬に乗った。


 剣を突きつけ、叫んだ。

「俺はお前を知らん。なんの事情があるのかも分からん。だがここで、なんとしても倒す!」



「ほう、そうですか?」

 ブラックロッドは余裕の、人を馬鹿にしたような笑顔を浮かべる。


 実際、余裕なのだろう。奴は周囲にレッドミノタウロスを侍らせているのだから。


「ですが、そういう大口は彼らを打倒してから――」



「〈アクアブラスト〉!

「〈サンダーボルト〉!」

「〈ストーンランス〉!」


 それは、あまりにも突然のことだった。


 いくつもの属性魔法が一斉に放たれ、絶望を形作っていたモンスターの壁が吹っ飛ばされ、あるいはその場で倒れ伏し、崩されていく。



「な、なんだ!?」


 列をなした魔道兵が立ち並び、一斉に色とりどりの短杖ワンドを向けている。

 魔道兵の両側面からは騎兵たちが飛び出し、ブラックロッドの周囲を取り囲んだ。


 その先頭には。



「グスタフに――様!援護します!」


「……遅いぞ、バカもの」



 自慢の弟、その片割れが居た。

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