第24話:ヴァルゼムとの戦い・前編

「――貴様、何者だ」


 ヴァルゼムは静かに、襲撃者に聞いた。


『人族。貴様は踏み込んではならない領域に踏み込んだ』


 その声は人と、人でないものが混ざっているような、不可思議な声だった。


『不本意ではあるが、〈ユルティム〉と共に消えてもらう』


 その言葉に対して反応したのはブラックロッドだった。



「貴様、なぜそれを知って――」


『お前はお前の世界へ帰れ』



 言うが早いか、男は左の手のひらを上向きにし、光り輝く魔力球を形成した。


「――!」

 何らかの魔法を発動しようとしていることを察知したヴァルゼムは、大剣で斬りかかる。


 豪風の如き一撃は容易く剣で受け止められるが、魔力球は消えた。


「ヴァルゼム様、こやつだけは、こやつとだけは戦うことまかりなりませぬ!」


 老獪な魔術師ブラックロッドが珍しく狼狽している。


「こやつは我らの天敵です!こやつの炎は、のです!」


「フン」

 ブラックロッドの悲鳴じみた警告を、ヴァルゼムは鼻で笑った。


 ひとつは、天敵の一人や二人、存在することになんらの不思議も感じていないこと。

 ヴァルゼムの生い立ちは、ブラックロッドの想像以上に過酷なものだった。

 死にかけることですら、彼にとっては日常だったのだ。


 そして、もうひとつは。

 ブラックロッドの言葉から――ヴァルゼム自身が、もう既にブラックロッド側の人間となっていることだった。


(こいつは、俺を取り込んだつもりなのか)


 今まで、ヴァルゼムには息をするように慇懃な態度を取り、忠誠を誓ってきた。

 嘘だろうとはわかっていた。こいつは、なにか別の目的があって、覇王を必要としていただけ。


 ブラックロッドは既に何らかの手を打って、それがヴァルゼムの『なにか』を変容させている。


 現状を冷たく俯瞰し、彼はひとまず目の前の問題に対する結論を出した。



「ブラックロッドよ、こいつは俺がやる。お前は次の策へ移れ」


「はッ!?いや、しかし――」


「魔術師はこういう時、完璧を求めたがるのがいかんな。お前の策、半分は失敗したぞ」



 白い長剣が見事な太刀筋を描いて襲い掛かる。

 真っ向から受け止めたヴァルゼムは、この一撃で相手が超常の者であると分かった。


 あり得ぬほどの速さと鋭さ。


 たとえ〈異界〉の魔法使いブラックロッドとはいえ、接近戦では瞬殺だろう。



 何合かの剣戟が続く間も、ブラックロッドは決断を下せずにいた。


 ブラックロッドは決して馬鹿なのではない。いや、それどころか膨大な知識量、豊富な心理戦や謀略を練ってきた経験がある。

 だからこそ、手札の多すぎる彼は決断に時間がかかる。


(王どころか、指導者としての器すら足りえぬ)


 ヴァルゼムは内心で氷のような評価を下すとともに、今この魔術師を失うということもまた避けねばならぬ現実も認識していた。


「さっさと退け!それとも、完全な失敗をしたいのか。ブラックロッド!」


 叱責され、ようやく魔術師は動き出した。


 そうこうしている間にも、ヴァルゼムは既に手傷を負っていた。

 刀身の厚み、体躯の大きさ、踏み込み。

 どれをとっても、少なくとも正面切っての力勝負で負けるはずがない。


 だが、現実に剣を合わせて、一方的に弾かれるのはヴァルゼムの大剣だった。


 それでも。


 それでも、ヴァルゼムは負けない自信があった。



(こいつ、身体能力はズバ抜けているが――技は、ない)



 §§§§§§



 この世ならぬもの。

 そのもの達をこの世界から消滅させるのが、自分の使命。


 竜たる自分と互角に戦える人族の手を借り、この世界に顕現してでも全うすべき目的。


『――強い、な』


 眼前に立つ敵手は今の宿主と同じ――あるいは、それ以上の戦士だった。


「お前も、その膂力は大したものだ」


 男は不遜に言い放つ。その自信は口だけではない。


 本来、いま自分が手にしている剣は決して「打ち合う」ことなどない。

 一瞬で鉄を溶かす炎と、鎧と紙のように切り裂く強度を併せ持った魔力を長剣ロングソードの姿で固着させている。

 なので、何も知らず普通の剣と打ち合ったその瞬間、その剣を溶かし、あるいは切り裂き、そのまま勝負は決していたはずだった。


 が、現実は違う。

 観察してわかったが、あの大剣は魔法を阻害する黒曜石オブシダンと、最高級の頑丈さを持つ竜輝石ドラグニウムを用いている。


 長期戦になれば剣にダメージを与え、破壊することも出来るかもしれない。


 だが長期戦で困るのはこちらなのだ。顕現できる時間は限られている。


 その前に決着をつけなければならない。

 身体能力は、敵手よりも上。剣は互角。


 そうなれば、勝てるはずなのだが――


「だが、腕力のみで剣士は名乗れぬ」


 笑い一つなく、傲岸に言い放つと共にヴァルゼムは剣を繰り出す。

 咄嗟に剣で防御する。しかし、それと同時に肩での突進を食らってしまう。


 大したダメージではなく、着地と同時に身を翻して剣を構える。

 大剣の男は更に攻め込んでくる。受け身を取ることも予想していたのだろう。


 身体能力では勝っていても、明らかに、剣を用いた接近戦の場数が違っていた。


(見ただけでは足りんか)


 宿主たる剣士の、様々な剣技。


 今こそ、あれが必要なのかもしれない。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る