第14話:近づく変態と盗賊
「公爵令嬢を出迎える!?」
俺は領地から馬を飛ばしてきたらしい伝令兵から、グスタフの無茶ぶりを聞かされていた。
今日からは特殊ポータルを使わず、自然湧きモンスターを――なるべく難度の低いやつを厳選して――挑もうとしたのが運の尽きか。
公爵といえば、貴族の中で最も偉い。王位継承者に最も近い爵位。
そんなやんごとなき人を出迎えるような礼儀作法など露知らず。
ていうか、そもそもどうしてこんな辺境にそんな大御所が――――
「グスタフ様からのご命令、確かにお伝え致しました。それでは!」
「おい、ちょっと―――」
詳しい話も聞けないまま、伝令兵は駆け去ってしまった。
こんなイベント、ゲーム中にあったか?
レッドフォードの地はそもそも、イベントの少ない土地だったはずだが……。
「どうなってんだかなあ」
しかも、西の関所?
大陸の、西端にある関所に行けってこと?
どんだけ遠いんだよ。徒歩の俺に行かせる距離じゃないだろ。
誰かそのへんに突っ込まなかったの?
あーあ。ゲームだったらカーソルでマップのエリアを選んで移動するだけなのに。
なんとか楽はできんものか。
そんな風に考えていたら、ちょっと遠くの方に巨大な、翼の退化したドラゴンのようなモンスター、バジリスクが見える。
普段であれば絶対に出会いたくない相手だ。
俺の視線に気が付いたらしく、バジリスクの方もこっちに向かって猛然と突進してくる。
「!」
電撃めいた閃きが――いや、技習得ではなく――頭をよぎった。
バジリスクが接近してきた。いよいよ彼我の距離は詰まってきた。
よし、ここだ!
「〈滅閃・走駆〉!」
「グギャァァァァァ!!?」
残像を出すほどの速さでバジリスクの傍を駆け抜けて剣を振るい、ダメージを与える。
だが、さすがにバジリスクほどの強敵はこの程度では倒せないだろう。
哀れなバジリスクは見向きもせず放っておいて、走って逃げて次の獲物を探す。
自重で地面を揺らすかのように、のっしのっしと歩く巨体の鬼――オーガがちょっと遠くにいる。
ほどほど近付く。
「〈滅閃・走駆〉!」
「ゴァァァァァァァァ!!?」
走って逃げる。
あ、ミノタウロスだ。
ほどほど近付く。
「〈滅閃・走駆〉!」
「グアァァァァァァァ!!?」
走って逃げる。
こうして俺は、関所への道をひた走った。
知らなかった。〈滅閃・走駆〉にこんな使い道があるなんて。
家族に見せられないような変態的すぎる移動だが、過程や方法なぞどうでもよい。
目的の為なら手段は選ばない。要は誰にも見られていなければいい。
§§§§§§
「グアァァァァァァァ…………」
遠くからただならぬ絶叫が聞こえ、思わず辺りを見渡す。
ここはモンスターとの最前線と名高いレッドフォードの地だ。それなりの心構えはしてきたつもりだ。
だがこんな声は聞いたことが無い。しかも明らかにモンスターの絶叫だった。
怯えた心を誤魔化すように、槍をぎゅっと握りしめる。
「うわぁ!」
不意に、人の声が聞こえた。男の声だ。
振り向くと、草木に隠れていたらしいノッポの男が、声を出したらしい小男を小突いている。
「馬鹿野郎、モンスターの声なんかでびびるな。お前のせいで気づかれただろうが」
「ご、ごめんよ兄貴。こうなったらもうやっちゃおうよ」
「しょうがねえな、さっさと行ってこい」
そんなやりとりをしている。
身なりの汚さと会話の内容から考えて、盗賊のようだ。
確かめる暇はない。
急いで馬に乗って逃げれば……モンスターには気づかれるかもしれないが、人間の野盗からは逃げられるはずだ。
「逃がさねえよ!」
ノッポの盗賊が何かを投げた。
投げ縄だった。ロープに先端に大きな輪っかが作られており、輪っかが馬の首に絡まっている。
馬は大きな声でひと啼きすると、怯えたように立ち竦んだ。
ロープの先端は、盗賊がしっかりと持っている。
すぐに解くことはできないだろう。短剣でロープを切るしかない。
だがもちろん、盗賊もそれは許さないだろう。
もう一人の小男が短剣を持って近付いてきた。
「お、大人しくしろ。そうすりゃ、命までは取らない」
「……計算違いね、盗賊。私には金銭も無ければ、地位も無いわ」
私は槍を構えた。盗賊どもは意外そうな顔をした。
「でも、黙ってついてくる深窓のご令嬢とは思わないことね」
不思議なことに、震えも無く、呼吸の乱れも一切なかった。
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