不安定なこの世界(1)

 私はどうやら眠ってしまっていたようだ。覚醒したものの、すぐにまたまぶたを閉じてしまった。

 直前まで見ていた夢を鮮明に記憶しており、そのせいで夢と現実の区別がついていなかった。


 私は誰?

 羊飼いだったロックウィーナ? それとも病弱な女子高生の岩見鈴音?


 まぶたを開けるのが怖かった。

 起きてみて、周りの環境が自分の認識していた世界と違っていたらどうしようかと。


(しっかりしろ、私の取り柄は度胸が有る所でしょ?)


 私は意を決して瞳をフルオープンにした。


「……………………」


 薄暗いここはどうやらテントの中だ。王国兵団が使っていたものより狭い。冒険者ギルドが所有する六人用テントだろう。旅の間は二台の馬車の屋根に、それぞれテントを一張りずつくくり付けて運んでいる。

 裏付けるように、ギルドの仲間達がテント内で雑魚寝していた。

 一番端に私、それから執事のアスリー、すっぴんリーベルト、毛布を蹴っ飛ばしてお腹を出しているマキア、魔王にラリアットを掛ける姿勢で寝ているキース、うなされているアルクナイトの順だ。

 良かった。

 私の世界だ。私はロックウィーナ。


「………………ん?」


 安心した途端にとんでもない事実に気づいてしまった。

 ギルドのと…………雑魚寝!?


(お、男の人と一緒に一つの空間で寝ちゃった!?)


 意識の無い私へ手出しするような男は仲間内には居ない。そこは信頼している。問題は寝顔と寝相を見られたことに対する羞恥心だった。ヨダレ……は垂らしてなかったようだ。セーフ!

 口元を拭いボサボサ頭で上半身を起こした私に、穏やかな寝息を立てていたアスリーが気づいた。元有名傭兵は気配に敏感だった。


「おおロックウィーナ様、お目覚めになられま……」

「きゃあぁぁぁぁ!!!!」


 不意に声を掛けられた私は驚いて悲鳴を上げてしまった。テント内の男達がガバッと飛び起きた。


「うわっ、な、何!?」

「えっ? ええ!? 今の悲鳴はお姉様ですか!?」

「小娘どうし……ぅゲホゲホッ! 白、悪夢を見たのは貴様の腕のせいか!!」

「ロックウィーナ、誰かに何かいやらしいことをされたのですか!?」


 男達が私を心配して詰め寄ってきた。やめてー。寝起き顔を見ないでー。


「今の悲鳴は何だ!」


 テントの入り口が開かれて明るい朝日が射し込んだ。顔を覗かせたのはエンとユーリだ。見張りで外に居たっぽい。

 更にはもう一張りのテントで寝ていたエリアスとルパート、御者のオジサン二名までこちらのテントへやってきた。テント内の人口密度がえらいことになっている。御者さんは来なくていいだろうに。

 リーベルトが執事に詰め寄った。


「ちょっとアスリー、キミなら安全だと思ったからお姉様の隣にしたのに、まさか手を出したの!? まだ枯れてなかったの!?」

「ほっほっほ。誤解です。まぁわたくしは生涯現役ですが、ロックウィーナ様には誓って指一本触れておりません」

「本当? ホントーに!? 生涯現役ってトコに引っ掛かるんだけど!」


 無実の罪で責められているアスリーを助けなくては。


「ごめんなさい! 男の人と一緒に寝ていたことに気づいて驚いちゃったんです。誰にも何もされていません!!」


 男達はひとまず落ち着いた。


「ま、ウィーは純情だからな」

「ああ私のロックウィーナ、目が覚めて男の中に居た状況はさぞや怖かっただろう。やはり私が傍で寝て護るべきだった!」

「エリアスさんは駄目だろ。昨日すっごい真顔でコイツの寝顔見ていたからな。俺が居なかったらヤバかったろ」


 ユーリの指摘でまた叫びそうになった。ぎゃ~~。エリアスさんたら私の寝顔を見ていたんですか? 凝視レベルで!?


「エリアスさん……? 俺達が必死に財宝馬車を守って敵と戦っている間、アンタはコイツに何してたん?」

「落ち着けルパート、私は具合が悪くなった彼女を背負ってここへ運んだだけだ」

「夕べもそう聞いたけどさ、ウィーはすっげぇ幸せそうな顔して寝てたじゃん。具合が悪そうには見えなかったぞ?」

「ですよね……。だから起こすのが可哀想で馬車に移せなかったんですよね。良い夢の邪魔をしたくなくて」


 ぎゃあぁぁぁ。他の人にも……っていうか、男達全員に寝顔を見られていたっぽい!! これでも嫁入り前の娘なんですけど!?

 そして私はルパートとキースの言葉を脳内で反復していた。「幸せそうに」「夢を見ていた」私……。


(夢……。さっきまで見ていたあの夢のこと……だよね?)


 ここではない何処かの世界。そこで私は高校一年生の岩見鈴音という少女になっていた。

 高校生という概念が私には無いはずなのに、私は高校生活がどんなものか知っていた。夢の中で私は鈴音に完全に同調シンクロしていた。

 ああそう言えば、以前エンが教えてくれた東国のはし。箸は岩見鈴音が存在する世界ではポピュラーな道具だ。だから私は知っていた……?

 それはつまり気づかない間に、私と鈴音は度々リンクしていたということだろうか? どうして?


(夢の中で、彼女は私を自分の分身だって)


 鈴音の願望から私は生み出された。いや、私だけではない。この世界そのものを彼女は創造した。

 そんなことが出来るのだろうか? 出来るのだ。だって彼女は……。


(岩見鈴音……、あの子は私達が神様と呼んでいるあの少女だ……!)


 聞き覚えの有る声。そして保健室の薬棚のガラス戸に反射して映った鈴音は、草原の夢で会った少女の姿をしていた。


(創造主…………)


 神というものは絶対的な存在だと思っていた。でも鈴音に対してその感想は湧いてこない。病弱な身体を嘆く力無き少女にしか見えなかった。

 彼女の唯一の心のり所は…………。


 私はエリアスを見た。私の視線を受け止めた彼は柔らかく笑い返してくれた。夢の中の衛藤先輩のように。

 衛藤先輩に背負われたあの日、あの瞬間、岩見鈴音は幸せだった。彼女とリンクした私が寝ながら笑顔になる程に。


「何いいムード作ってんだよ。やっぱりおまえら二人、寝る前に何か有ったのか……?」


 ルパートが物凄くおっかない顔ですごんできた。不意打ちキスしたアンタが言うな。


「……エリアスさんは抜け駆けとか不意打ちとかしませんよ。紳士ですもん」


 皮肉で返したらルパートの目が泳いだ。キス魔の自分を思い出したようだ。


「昨日は情けないことに、血の匂いに酔って体調を崩してしまったんです。それでエリアスさんに背負われたんですが、ホッとしてそのまま眠ってしまったようです」


 マキアが頷いた。


「ここにもアンドラの陽動部隊が出たんだもんね。キミ達が無事で良かった。敵の死体は兵士の皆さんが運んでくれたから、もう外に出ても大丈夫だよ」

「財宝馬車の方も大変だったの?」

「うん、結構な数の敵が攻めてきたよ。でも聖騎士の二人が鬼強だったし、他の兵士さん達も頑張ったし、キース先輩とアルがバリアを張ってくれたから、みんな無傷で何とか乗り切れたんだ」

「良かった……。でもアンドラも無謀だよね。勝てっこないのに挑んでくるなんて」


 ユーリが見解を述べた。


「本拠地が兵団に落とされて組織は混乱している。首領の指示が届いていない状態なんだろう。中堅以上の構成員はそれなりの頭が有るから、しばらくは身を隠して様子を窺うだろうが……」


 エンが追随した。


刹那せつな的な欲求に溺れる末端のチンピラ共に我慢は無理だな。邪魔な上が居ない今、財宝を自分達の物にできると喜び勇んできたんだろうさ」


 それで手に入れたのは己の死。欲を搔くと碌なことにならないな。


「……おいおまえ達、夕べの夢見は良かったか?」


 突然アルクナイトが妙な質問をしてきた。みんなは首を傾げながらも答えた。


「疲れてたから夢も見ないで寝ちゃいましたね」

「俺も~」

「僕もです」

「……そうか」

「夢がどうかしたのか? アル」

「いや俺は、白の腕に首を圧迫されたので夢見が悪かったんだ」


 恨めしそうにアルクナイトはキースを睨んだが、キースはどこ吹く風だった。


「ま、そろそろ起きていい時間だな。ユアンにエン、見張りお疲れさん。俺達が朝食の準備とテント撤去するから、二人は馬車で横になってていいぞ」


 ルパートがテントを出たのを皮切りに、みんなは朝の支度に移行した。私もテントを出て、前を歩く魔王の背中を軽く叩いた。


「ごめん。ちょっといいかな?」


 彼に相談したいことが有るのだ。アルクナイトは私の顔をじっと見た。洗顔前の酷い顔、ボサボサの髪について何か言われるかと身構えたが、魔王は静かに私の手を引いて林の方へ伴った。

 ここは昨夜私が隠れた辺りだな。他のみんなから見えないように大木の陰に入った私達。ルパートに先導された時は逢引きだった。それを思い出して少し緊張した私だが、振り返ったアルクナイトは真面目な表情だった。


「どうしたんだ」

「あ、うん。あのね、聞いて欲しいことが有るの。夢の話なんだけれど」

「夢? ……おまえも見たのか? アレを?」

「アレ?」

「………………」


 アルクナイトはもう一度私を真正面から見た。何だろう。


「……違うか。そうだな、おまえは幸せな夢を見たんだものな」


 違う? おまえは? そう言えば彼は悪夢を見たとか言っていた。


「アル?」

「何でもない。話せ小娘。聞いてやる」


 口調こそ偉そうだったが、彼にはいつもの威圧感が無かった。私はそれを少し不安に思ったのだった。

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